古賀康太、暗躍する
草原を抜け、忌まわしき邪教の信徒から離れ、すぐ近くにあった雑木林の中に紛れ込む。
幸いな事にこの付近の木々は人の身長の5倍ほどの長さにまで育っているため、慎重に動けばこちらの動きを読まれることはない。
「まさか、あんな怪物と出会ってしまうとは」
ウークに行けば、全身の傷も治せる。その後神教の者が貴族衆の御曹司から離れたところを狙えば良いのだが、立ちふさがったあの少年の力をどうにかしなければ勝機は薄い。
「我らが信ずる知恵の神、大賢者はなぜこのような試練を与えられるのか」
殺すべき相手の事を思い浮かべながら悲しみに明け暮れる。
「むぅ……」
少年に負わされた両足の傷が原因で歩く力さえ体から抜けていき、先を急ぎたい気持ちを抑え付近にあった石に腰かけるが、それだけでさらに力が抜けてしまった。
「……仕方がない。援軍を呼ぶか」
極力したくなかった事ではあったが、ここで文句を言っても仕方がないと諦め、息を吐く。
それから腰に付けていた巾着袋から電子機器を取りだそうと手を伸ばすが、なぜか掴めない。
「ん?」
ぼやける頭を必死に働かせ、なぜかと問うたところで、腕の先に熱さが宿っているに気が付いた。
「なに?」
腕が……ない。その事実に意識の大半を持っていかれた時、
「悪いが」
自らの背後から、死神の声が聞こえてきた。
「死んでくれ」
そして彼の意識は刈り取られた。
必殺の意を込めて放たれた銃弾。それが対象へ届くその瞬間、影が割り込む。
影の主は水で作った巨大な鎌の刃の部分を広げ、銃弾を叩き落とす。
「ずいぶんと……」
その瞳に友愛の類の感情はなく、
「手荒い真似をするのね」
敵意をありったけに込めたドスの聞いた口調で尾羽優は問い、
「このまま追手を呼ばれる可能性を考えれば、当たり前の行為だと思うがな」
そんな彼女を相手にしても、古賀康太は銃を下ろさず優に対して照準を合わせていた。
敵は満身創痍、殺す必要は既になく、今回の件の重要参考人として生かして連れて帰るだけだった。
そこに現れたのは古賀康太だ。先程聞いたゲイルの部下の話から、古賀蒼野を追ってきた可能性はあると踏んでいたのだが、それでも今ここで自分に向けて銃を構えてくるとは思ってもいなかった。
「なんのつもりかしら?」
ふと優は考える。自分がこの男から敵意を向けられる理由が存在するかどうか。
「どれだけ思い返してみても、ないわよね。絶対」
だが覚えている限りの過去を振り返ってみてもそれらしい記憶はない。
ならば別の理由が?
世界中を旅して、多くの人を助けてきた。
時には紛争地帯に突撃をかけたこともあったし、要人の警護や手配書に載るような悪党を捕まえたこともあった。助けた人たちもいれば、助けられず死なせてしまった人もいる。
「アンタさ、アタシが覚えてないだけでどっかで面識あった?」
「いや、全然」
ここまで嫌われている理由をはっきりさせねば、そう思った矢先に聞いた彼女の質問は、ほんの少しの間も置かず返される。
「……マジで勘なの?」
「あぁそうだ」
「このクソ猿がぁ!!」
答えを聞いた途端、反射的に声が溢れる。情け容赦のない怒りを込めた声だ。
がしかし、それを聞いても康太の様子に変化は一切なく、口を閉じたままこちらをじっと睨む姿に気圧され口を閉じる。
「犬っころ、お前に聞いときたい。お前は人を殺すか?」
そんな様子の優に対し、康太は静かに語りかける。
「殺したいほど憎い相手なんてなかなかいないわよ! あんたは半殺しにしたいけどね!」
「聞き方が悪かったな。この世界で、人を殺す事はいけないことだと思うか?」
「それこそ愚問ね」
投げかけられた康太の問いを、優は一蹴する。
「殺す事を良しとされる状況なんてあっていいわけがないわ。どんな理由があろうと、どんな時代であろうと、『殺しを許す』なんて事はあっちゃいけない」
「この力がものをいう世界で、蒼野同様不殺を語るか。夢を見過ぎだ」
「馬鹿ね、夢の一つも語れないでどうするのよ」
「………………そうかい」
自らの問いの答えを聞き、康太は確信した。目の前の少女は避けて通れない障害である。
「オレは殺すぜ。家族の命を守るためなら。例え法に触れるような事態があったとしても、例え全世界を敵に回すとしても、大切なものを護るために引き金を引く」
それはとある日に、誰にも言うことなく、ただ一人心の奥底で誓った思い。
目の前の光景が霞む程の豪雨。走り回る人々。その中心で倒れる一人の男の姿。それを見た時憤りや復讐心が芽生える事はなかった。
芽生えた感情は、命は簡単に消えていくという事実に対する恐怖感。
青年は、蒼野の手によって助けられた。だが康太は、あの時目にした大切な人の命が失われていく喪失感を拭い去ることは出来なかった。
だから銃を持った。
家族を護るために引き金を引き、家族に害をなす全ての存在を抹殺する。その決意を、初めて人を殺すと決めた時に、誰にも言う事なく決心した。
「自分の人を殺す事を是とする考えを、アタシが反対してるから気が合わないってわけ? そしてその答えを会った時から、直感で理解したってこと?」
事この状況に至り、彼女はやっと康太が自分を嫌う理由に至ったと確信するが、
「やっぱお前は、何もわかってねぇ」
康太は肩を震わせ滑稽だと嘲る。何もわかってない愚者だと優を侮辱する。
「お前の信念なんて関係ねぇよ」
「ならなんで」
「このままいけば、お前はいつか蒼野を殺す」
言いきる康太を前に優が口を開きかけるが、反論する暇など与えはしないとばかりに、続けざまに言葉を紡ぐ。
「蒼野は人を殺さないと誓ってる。自分の手が届く範囲の人の命は、全て救おうとする」
「あいつには時間回帰がある。だからどれだけの窮地だろうと、構わず突っ込み人を助けようとするだろう。一般人なら死ぬような場面にも、突っ込んでいく」
「どんな傷だろうと時間内ならばすべて元に戻せる希少能力。だがあれは自動で発動するわけじゃない。あいつ自身が思い浮かべる事で、発動する」
決して万能ではないと、知る限りの情報を康太は説明する。
「あいつは世界を回るのが夢だ。だからお前に憧れた」
「あいつは自分の考えの賛同者がいなかった。だからお前に親しみを持った」
「あいつは森の向こうに、賢教に行けるなんて思った事がなかった。だがお前が訪れ先へ進めるようになり、賢教へと進もうと思った」
少女が害であると。お前さえ来なければ、蒼野は変わらなかったと訴えかける。
「籠の中の鳥だったからこそあいつは生きてこられたんだ。広い世界へ飛び出せば……想像を絶する化け物が蠢く外に出れば、あいつは死ぬ」
だからどこか遠くへ消えてくれと彼は願う。
家族の命を脅かさないでくれと懇願する。
「憎いよ尾羽優。俺から家族を奪おうとするお前がな」
それこそが、お前を嫌う理由だと康太は言う。
銃口を突きつけ、今にも絞りそうな引き金を必死に耐え、彼女に語る。
「…………」
ムカつく奴だと心底思う。違うとすぐにでも言い返したかった。
しかし優はこの時、少年の言葉に反論することができなかった。
「よ、蒼野」
「康太! いつからここに」
それから少しして康太が蒼野達と合流する。信頼できる義兄弟の登場にあまり深く考えを巡らせず喜ぶ蒼野だが、
「…………」
先程言われた言葉に明確な答えを返せなかった優は、少年の合流を素直に喜ぶことができなかった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
という事でこれにて第二幕は終了。
彼らの冒険の部隊はしばしの間賢教に移ります。
投稿は今まで通りの一日一話に戻るので、よろしくお願いします。




