元十怪 『統王』 ヒュンレイ・ノースパス 三頁目
「…………俺の動きの予想。それが、お前が俺に勝る理由か」
善の言葉を受けたヒュンレイの腕がピタリと止まるが、それでも表情を崩すことは一切なく、銃口を向けたまま口を開く。
「…………そうだ。あの戦いから八年間、いつか勝つために私は君を観察し続けた。その結果が今の私だ」
ヒュンレイの言葉を聞き善は息を吐く。
体を蝕む病を患ってからこれまで、ヒュンレイ・ノースパスという人間は思うように動くことができなかった。
そのため戦うことができず戦場における冴えや勘は鈍ることはもちろんの事、走ることさえ困難になった。
そんな男が、八年間戦場を駆けまわり強くなった自分と全力で戦っている。
そのためにどれだけの努力をしてきたか善には想像することもできないが、少なくとも八年間十全に動けた自分に追いつけるように対策してきた事実には賞賛の念を抱いた。
「…………ま、賞賛なんぞしてる暇もないんだがな」
ヒュンレイの言葉が真実ならば、普段の動き全て見透かされている。ならば恐らく普段から自分がよく使う手は通用しないはずであり、この場で慣れた動き以外の新しい手を思いつかなければ勝機は薄い。
「ん……ぐっ!」
「クソッ、もうかよ!」
対峙し睨み合いを続けながらヒュンレイ・ノースパスの意表を突く作戦を考える善であるが、その思考を遮るようにヒュンレイが口から血を吐きだす。
それを見て善が走る。
持ちうる限りの最高速度………すなわち光速に至るその脚力による接近。
右足が凍ったことで万全の速度を出すことはできなかったが、それでも圧倒的な早さでヒュンレイに肉薄。
「こんな終わり方で不満だろうが……悪いな」
不意を突くような一撃でもなければ、初見の動きでもない、ただ早さを追求した肘打ちを、うずくまったまま動かぬヒュンレイの腹部へと向け放つが、そこにヒュンレイの姿はない。
「こんな手を使い卑怯というかもしれませんが……」
気が付けば彼の体は善の体の真上にあり、
「テメェ!」
「これは行儀の良い戦いではなく、泥臭い喧嘩だ。だから悪く思わないで下さいね?」
普段ならば決して見せない、悪ガキが悪戯を成功させた時のような笑みを浮かべ、銃口を善の頭部に付きつけた。
「そして、これで終わりです」
そのまま撃ちだされる銃弾の雨を善は寸でのところで躱す。
途中感覚を奪われた右足が理由で銃弾の雨に体が晒されかけるが、何とか感覚がはっきりしている右腕から打ち出す拳圧で全て叩き落とし距離を取る。
その後すぐに声の真上に目を向ければ、氷で形成したスケートシューズを履き、氷の道を滑るヒュンレイの姿。
「さあ、足掻くがいい。怨敵よ!」
陸と空に氷の道が敷き詰められ、動けぬはずのヒュンレイ・ノースパスがスケートシューズから強烈な突風を吹き出しその上を縦横無尽に駆けていく。
「この野郎!」
「雪華山珊!」
距離を詰め接近戦に持ちこもうと考える善であるが、氷銃から勢いよく放たれる冷気を固められた不可視の銃弾が壁を作り善の行く手を阻む。
それを砕いて前に進む善であるが、片足が機能しきっていない現状では普段のような縦横無尽な動きをすることができず、自在に動くヒュンレイを捉えきれず翻弄される。
「ぐっ!」
「マイナスバウンド!」
自身の周辺一帯を氷の華が咲き乱れ、その勢いに押された善が地面に手を置く。
その瞬間、地面に触れた彼の左手が凍りついた。
思わず顔をしかめる善であるが、ヒュンレイ自身に触れたわけではないため感覚を失う程の冷気に襲われたわけではない。
「そこだ!」
しかし張り付いた腕を剥がすために力を込めた一瞬を突き巨大な棍棒が振り下ろされ、善はこの戦いで初めて打撃の直撃を喰らい、彼の体が大地に沈んだ
「ヒュンレイ!」
無論、超人と言われるこの男がその程度の一撃を受けただけで動けなくなるほど脆い体であるはずがなく、怒声を発し睨みつける。
それでも、ヒュンレイ・ノースパスは余裕を崩さない。
先程善に対し自分が九割方勝つと宣言したのはただの挑発で、実際のところそこまで高い確率ではなかった。
だが実力が拮抗し五分五分の戦いになった時、勝負を左右するのはより多くの手札を持つもので加えて最後まで冷静である者だという信念を崩さず、結果善の右足と左腕を奪い取った。
「らぁ!」
善が空と地面を縦横無尽に動き回るヒュンレイの通る道を砕き、落ちてくるところを蹴り上げるため空を駆ける。
「甘い!」
対するヒュンレイはその場に留まれるよう空中に氷の足場を作り体勢を整え、二丁の拳銃を装備。
「右、右、左……真後ろからの左!」
「ちぃ!」
「遅い、遅いぞ原口善!」
片手片足という飛車角を奪われた善の猛攻は今や確実に視界に収められるほどの速度まで減少し、カウンター気味に放った銃弾が善の胴体を確実に捉えた。
「おおおおぉぉぉぉ!」
「まだ来るか。さすがだな!」
何度もぶつかる銃弾の勢いで体勢を崩し落ちかけた善だが、それでも前へ進むことは諦めず跳躍。迫る数十発全てを拳圧で相殺させ、咆哮を吐きだしながら自身の領域に足を踏み入れる。
「おらぁ!」
そのまま『クイック』を使ったノーモーションの拳を撃ちこむが、それすら予期したヒュンレイが体をずらし回避。それを直前で察知した善はすぐに首の根元を掴もうと自由に動く右腕を開くが、それよりも一歩早くヒュンレイが善を殴る。
「雪華乱蘭!」
今度こそ地上へと落下していく善へと向け、再び放たれる数百を超える弾丸の嵐。
「ちぃっ!」
「氷の破片……ここに来るまでの間にまた握っていたのか!」
それを前にして合わせるかのように、善が右手に握っていた凍った地面の破片を投擲。
密集した無数の弾丸は、善の前で凍った地面の破片に触れ爆発。善の体に到達することなく氷の華を咲かせ、その隙に地上へと落下していく。
「させん!」
無論ヒュンレイがそれを黙って見ているわけがない。
右腕を掲げ自身の体から吐きだした氷属性粒子を結集させ、先端が尖った細長い槍を幾重にも作りだしすぐさま投擲。
それらは虚空に裂き乱れた氷の華を貫きその奥にいる善へと向け飛んで行くが、それらは善の体を貫くことはなく地面に刺さった。
「……悪運の強い、いや頭の回転の速い奴だ」
事の顛末を上空から見上げていたヒュンレイがそう口にする。
氷の破片は地面を砕いたタイミングで拾ったことはすぐにわかった。既に先程された事だ。
恐らく氷の弾丸は何かに触れればすぐに爆発することは理解されたであろうし、その後に出来上がった大輪の華に触れたところで凍ることはないことまで理解されただろう。
「だが、それがどうした」
だがしかしその事実はそう大した問題ではない。
例えそれがわかったとしても体術が主体の善にとっては近づかなければならない事に変わりはなく、属性粒子を利用し防ぐことができないことは、身近にいたヒュンレイが一番良く分かっている。
そこまでわかっていてなお――――どうしようもない程の胸騒ぎがする。
今の一瞬の出来事が致命的な失敗であると、勘が告げる。
「流石だな、ヒュンレイ」
そしてその予想は現実のものとなる。
数発の槍が地面を抉ったことにより辺り一面を覆っていた煙が晴れ、再び善の姿が顕わになる。
「善、君のそれはまさか」
その時彼が目にしたのは、未だ健在の善の姿にそんな彼の全身を覆う青いエネルギー。
「まさか……いつのまに第二段階に到達した…………」
それをしっかりと認識したところで彼はこれまでにない程動揺し、その姿をただただ凝視する。
「さて、いつだったか」
返ってくる答えを聞き歯噛みするが、纏う闘気が膨れ上がったのを察知し、すぐにそんな雑念を放り捨て意識を集中。
「さあ、終わらせるぞ」
そんなヒュンレイ・ノースパスに向け、彼ははっきりとした声でそう伝えた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
という事で本日もヒュンレイのターン。
恐らく次回くらいから善の反撃が始まります。
お楽しみに!
明日もまた見ていただければ幸いです




