原口善、願いを聞く 一頁目
「ご、ば!?」
光の矢が康太の全身に突き刺さる。
両手両足はもちろんの事、腹部に胸部。肩や太ももなどに刺さっているその姿は、人間ではなくハリネズミやハリセンボンを連想させるものとなっている。
「見事でした……そして、これで終わりですね」
貫かれた場所から血を流しながら背後にある木にもたれかかっている康太を見て、仮面が砕け真っ赤な長髪を晒したアーチャーが優雅な笑みを浮かべる。
「あぁ終わりだ」
強烈な痛みが全身を襲い、指一本動かすことさえままならない。
そんな状況を何とかするために康太は水属性の粒子を使い徐々に傷を癒し立ち上がり、周囲に銃弾を散乱させたまま、大の字で地面に倒れたまま動かぬ男に近づいていく。
「だが、急所を狙わねぇように細心の注意をされた上での勝利だ。勝った、なんて大口を叩くことはできねぇな」
そうして何とか立ち上がれた康太は沈んだまま動かない男に対しそう告げると、それを聞いたアーチャーは穏やかな笑みを浮かべた。
「それは同じことでしょう。あなたとて、同じことをしていた。ならばこの結末が変わることはない。明確なものです」
「その手かげんの度合いが、あんたの方がずっと大きかったって言ってるんだけどな」
勝利した康太が息を吐きながら屈み、両膝に両肩を撃ち抜かれ、加えて両手を撃ち抜かれ動けない男を持ちあげ背負う。
「しっかし、距離を取りすぎた。おかげで戻るのも一苦労だ」
それから這いずるような速度で、銃弾と光の矢が地面に刺さる戦場から離れるために歩き出す康太。途中力が抜け背負ったアーチャーを落としかけるが、天狗の仮面を被った女性が現れそれを支えた。
「いつから我々が殺意のない、ただの演習相手だと気が付いたのですか?」
天狗の仮面を被った彼女が背後に控えていた目出し帽の部下に指示を出し回復役を呼ぶと、二人を回復させ始めその最中に康太に疑問を投げかける。
「まあ不自然な点は色々あるんだが、決定打は出撃メンバーが俺達だけと確定した時だな」
「ほう?」
「あんたら『無貌の使徒』が『境界なき軍勢』に加入すれば、連日騒がれるほどの一大事になる。そんな大変な事態が迫っているのに、立ち向かうのが俺ら『ウォーグレン』の面々だけなんておかしいだろ? 本来なら、ラスタリアから力天使やらそれこそセブンスターが送られてきても文句はない事態だ。それがないってわかったから確信した」
『無貌の使徒』の活動記録は凄まじいものであった。
様々な名ありの猛者やギルドを打ち破り、神の座が統べる軍勢さえ打ち破り、頭角を現し始めた原口善が、一個師団を操り立ち向かうまで無敗だった『十怪』の軍勢だ。
そんな彼らに立ち向かうのが自分たちだけなど、ありえない事態であった。
「まあそれまでも犯罪者相手に俺の勘が一切働かないなんていう不自然な点もあったんだがな」
「なるほど。やはり統王、いえヒュンレイさんの予想は当たっていたという事ですか」
「予想?」
傷が癒え動けるようになったアーチャーが康太の背から降り立ち上がる。
「ええ、康太君にだけは絶対にばれる、との事です」
「高評価どうも。さって、傷は癒えたし、動くか」
「おや、どちらへ?」
「家の暴走機関車のところだ。手こずって思わず殺しにかかる、みたいなことがあったら最悪だからな。説明が必要だ」
「なるほど、では私も同行しましょう」
「そうか……まあいいか」
今回の件のネタバレをしていいものかとふと疑問に思う康太だが、ここまですれば問題はないであろうとそれを許可。
二人は感知術持ちの目出し帽の言葉に従い移動を行いさほど時間をかけずに目的地に到達。
「おぉ…………マジか」
紫紺の炎が地面を埋めるその場所で見た光景に、康太の口から声が漏れる。
彼らのいる場所は炎が周囲を満たす以外にも地面がひっくり返り木々が根から抜けているというあれ具合なのだが、その中心に二人の男はいた。
レオキングは拳を振り上げ血気迫る顔をして今にも振り下ろしそうな様子でいるのに対し、ゼオス・ハザードは微動だにせずそれを見上げる。
それが一秒、二秒と続き全く動かない事を理解し、康太とアーチャーは既に勝負が決している事に気が付いた。
「お、おのれ悪党め!」
「……同じ炎属性の使い手と思い油断したな。貴様の負けだ」
鬼人族は前述したように炎属性に長けており耐性も高い。それゆえ炎使いのゼオスは一見不利に見える。
だがゼオスが使う炎は属性混濁の影響で氷属性が混ざっており、その効果で炎属性が苦手とする、氷属性の冷気を纏う事ができる。
無論、冷気を振り払える程の熱を纏えば問題はないのだが、それをする様子はない。
「倒したのか。いやそれよりよく殺さなかったな」
「……俺とてこれが演習とわかれば殺しはせん。ヒュンレイ・ノースパスの怒りを買うのはごめんだからな」
ゼオスの言葉に康太が僅かに驚いていると彼の隣にいたアーチャーが予想外の返答に驚き、一歩前に出て口を開いた。
「おや、あなたも分かっていたのですか。ちなみにどこで?」
「……敵対する相手に殺意を一切湧かぬなど、ありえないだろう」
「まあ、そうだわな」
「そんな事よりも事情を理解したのならこの氷を溶かしてくれ! 寒くて敵わん!」
説明を行うゼオスとそれに頷く康太、加えてその様子を見守るアーチャーを前に叫ぶレオキング。
「うらぁ!」
「マ、ジか!?」
各々が好き勝手に行動する中、林を突き破り彼らの前に優とウォーラーが現れる。
「くっ、このっ!」
「らぁ!」
少女が発して言いとは思えない荒々しい声をあげながら、ウォーラーの体に拳を叩きこむ優。
ウォーラーはそれを棍で弾き、反撃の一撃を優の右肩に撃ち出すのだが、優はそれを受けても止まらず、ウォーラーの腹部を蹴り飛ばす。
「ちぃ! 吹き飛べ!」
「甘い!」
棍で地面をこ突き虚空に身を預け、地面に着地すると同時にお返しとばかりに右足で蹴り返すウォーラー。
優はそれを両手で掴み、力を込めることで彼の足の骨を折る。
「っ!」
「そこ!」
そのまま痛みでウォーラーが僅かに動きを静止した瞬間を逃さず地面に叩きつけ、さらに殴ろうとする優であるが、左足から放たれた蹴りで後ろへ吹き飛ばされる。
「う……っぐぁ!?」
少女が背後に生える木に体をぶつけ激しく咳込むのを確認し、ウォーラーは立ち上がり勝負を決するべく動こうとするが、
「ぐっ!」
優が掴んで負った足の痛みにより僅かに動きが止まり、
「お返、し!!」
その隙を逃さず優が動く。
自分の体に衝突した自身の体よりも太い木を根元から引き抜き、
「うりゃーー!」
渾身の力を込め叩きつける。
「調子に、乗るなぁ!」
足の痛みが原因で回避はできない。それでもそれを押し返すことはできる。
それが自身の扱っている棍のまねであると認識した彼は迫る脅威を棍の一撃で破壊する。
そうして意識が大木に向いた一瞬の隙に、
「水天!」
「!?」
既に木の幹から手を離していた優が傷口に手刀を突っ込み、その場所から大量の水を流し込む。
「う、ごばぁ!?」
全身の至る所に流れ込んだ水が穴という穴から吐きだされ、痛みではない、体の中を這う不快感が原因で意識を失うウォーラー。
「えげつねぇしやがる」
戦いが終わったところで、肩で息をしていた優の側に康太とゼオス、それにアーチャーとレオキングの四人が近づいてきた。
「あら、アンタ達も勝てたんだ。ゼオスはともかく猿じゃ無理だと思ってたわ」
目を細めいやらしい笑みを浮かべる優の言葉を康太が一笑に伏す。
「…………貴様はどこで気が付いたのだ」
「違和感は情報を集めてる時点で感じたわ」
「……ほう?」
「渡された構成員一覧の情報ってさ一切個人情報が載ってなかったでしょ。それを見て不自然だなーって」
「……不自然?」
荒ぶる康太を止め、優の発言をゼオスが聞き返す。
「そ、大体こういう公式資料って犯人たちの本名も出てるし、出自だって書かれてるはずでしょ。でもそれがなかった。もし本気で対策するのなら、必要な情報なはずなのに。それを見て思ったの。実は善さんはこの依頼に真剣に取り組む気はないんじゃないかって。でないと、こんな中途半端な情報は渡さないでしょ」
それに加え、康太と同じくメンバーの選出が不自然であることを不審点にあげるが、それを口にした瞬間康太の顔が歪み、その表情を見て察した優の顔も歪む。
「まさか我々が負けることになるとは思わなかったが、とにかくこれで終わりでいいだろう。こちら側も君たちも、限界のようだ」
「うわ、回復速い!」
そうして喧嘩を始めようと二人が構えそうになったところでウォーラーと名乗る男は意識を取り戻した。
「まあ、俺は親衛隊の中でも守り専門だからな。そう簡単に戦線離脱しないようにはなっているのさ」
「え、気絶してちゃダメなんじゃ……」
「すぐ立ち上がるからセーフだセーフ!」
「は、はぁ」
あまりの暴論に毒気を抜かれた康太と優。
「だが解せませんね。私が負けたのは手加減が理由。レオキングはまあ、馬鹿……いえ相性を理解していなかったから。ですがウォーラーはそうではありません。正直、負けるようなプレイングはしない男なのですが」
「おいおめぇ。今俺の事を馬鹿って言いかけただろ!」
「ああ、それね」
顕わになった禿げ頭にまで血管を浮かべ怒りを顕わにするレオキングだが、そんな彼の様子はさして気にせず、優がその理由を説明する。
「他の二人にしても昔の動画を見てたから十分に対策してたんだけど、ウォーラーさんは別なの」
「別?」
「ええ。昔の記録だけじゃない、最近の戦闘記録を見る事ができたから、対策が特に捗ったの。ウォーラーさん、つい先日ロッセニムで戦ったでしょ」
「…………なるほど。俺の戦闘データだけは万全だったわけか」
伝えられた理由を聞き、ウォーラーは納得する。
基本戦闘データは多ければ多い程、細心の物であればあるほど良い。
それを元に対策を立てるのだから当然だ。
そのデータが数日前の、しかも全力を尽くしているものとなれば、量は少なくとも意味は大いにある。
「っと、こんなことしてる場合じゃない。早く蒼野を迎えに行かなくちゃな」
「……あれの心配は必要なかろう。ゾンビの類だぞ」
「人の兄弟を『あれ』とか『ゾンビ』とかいうな。今回は大変なのを任せっきりにしちまったからな。早く行って真相を伝えなけりゃ、無理しすぎる」
返された返答に対し、激しい敵意を持って返す康太。
「ハハハ、お仲間はかなり血気盛んなようで。では急ぎましょう。人が死んでは大事です」
「いやそれだけはないと思うが。まあいい、急ぐか」
それに対しアーチャーが朗らかな笑みを浮かべながら言葉を返すと、彼らは未だ紫紺の炎が残るその場を離れ、蒼野の元へと向かって行った。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
というわけで少年少女組の戦いのダイジェストです。
一つ一つ細かくやって行くと今回の本筋からずれるのでまとめたのですが、
ザックリ言うと、
康太VSアーチャー
そもそもアーチャーが勝つ気がなかった。今回の目的が子供達の成長とわかっていたので、むしろ負ける気だった(とはいえ、康太は予想以上に強かった)
ゼオスVSレオキング
相性の差、そして油断の差。炎属性同士の戦いで自分がダメージを受けない事で天狗になっていたところ、鬼人族が元来耐性のない氷属性の『寒さ』をぶつけられノックアウト。
炎では炎を完全には消せず、レオキング敗北。
優VSウォーラー
事前情報マックスVS事前情報ゼロの戦い。『無貌の使徒』は動きから怪しまれないようヒュンレイから情報を渡されていない状態でのスタートなので、情報量の差が実力差を埋めた。
となっております。
それでは、明日もまたよろしくお願いします。
追伸:タイトルの善さんの名前が愉快な間違いをしていたので訂正しました




