ギルド『ウォーグレン』、リターンズ 四頁目
まるで隕石が目の前に迫ってきているような迫力が、目の前の拳にはあった。
「あぶねぇ!」
あまりの勢いに呆気にとられた康太が、思考停止から復帰し寸でのところで回避。
次の瞬間その判断が間違ってはいなかったことを、すぐに理解する。
「う、お!?」
男が地面を叩くと、一行と『無貌の使徒』の軍勢がいる範囲全てに巨大な亀裂を作り、少しの間を置いて、木々や土を全てひっくり返す。
「むぅ、悪党がちょこまかと!」
「む、無茶苦茶だ!」
蒼野が先頭に立ち風の壁を作ることでそれらの衝撃を防ぎ、何とか無傷で耐えきる一行だが、
「我が筋肉はこの程度では止まりはせぬ!」
崩落する大地を前にしても浅黒い肌に金色の顎髭を蓄えた獅子の仮面を被った男が、歩を止める事はなく、前へとたった一人で進軍。
「マジ、か!」
迫る脅威を前に少年少女の全身の毛が逆立つ。
命の危機が目の前に迫っているのを理解し、鼓動が早くなる。
「むぅん!」
一刻も早くこの場から脱しなければと考えゼオスが能力を発動し、崩れた足場をものともせず軽快に進んできた優が黒い渦に入る。
続いて康太が中に入り蒼野も足を踏み入れようとするが、それを阻止しようと浅黒い肌は伸びて行き、
「……燃えろ」
その二人を割くように、ゼオス・ハザードが立ちふさがり紫紺の炎を操る。
「ゼオス!」
「……早く入れ。つっかえていては俺が入れん」
「うわっと!」
自身を救ってくれた男の姿に目を丸くする蒼野であるが、そんな彼をゼオスは押し込み、自らも入ろうと一歩後退。
「きっかーん!」
「……!」
そのまま自身も退避するために視線を外すが、それからほとんど間を置かず、天に響く大咆哮が木霊した。
「おいおい、マジかお前」
そこにいたのは黒いライダースーツを脱ぎ去った一人の男。浅黒い肌を輝かせ赤銅色へとした肉体を備え、頭部に角を生やしたその姿は、希少種にして最強クラスとされる亜人。
「……鬼人族か!」
「そのとおり!」
ゼオスの言葉に、男はこれまた天を衝くような声の大きさで肯定する。
鬼人族は炎属性と地属性の扱いに先天的に長けている人種だ。
地属性の特徴である身体能力向上の恩恵はもちろんの事、炎属性の耐性は異様に高く、熱で殺す事は不可能とされている種族だ。
また詳細な場所は知られていないが角が生えた姿に興奮すると赤銅色に変色するという他の種族とは違う見た目から、人里離れた場所で集落を作り暮らしていると言われている。
「……分が悪いな」
迫る攻撃を最小限の動きで躱し黒い渦へと滑りこもうとするゼオスであるが、目の前の鬼人族は腕を突き出しそれを防ぐ。
「させん! 我が右腕が、肉壁となり貴様の道を閉ざしてやろう!」
「……邪魔だ」
「ふん、我が肉体を貴様程度の一撃で超える事ができるわけが……痛い!」
が、それに対してゼオスが怯むことはなく、男が自慢気に出す右腕を斬り裂くため大上段に構え振り下ろすと、皮膚を切り裂き僅かにだが肉を切る。
「ま、マジかおめぇ!」
「……ちっ!」
予想よりもはるかに浅い結果にゼオスは舌打ちを行うが、それでも男からすればその結果は予想外だったようで、腕を振り上げ騒ぎ立てる。
「お、おのれ悪党が! おめぇは絶対に俺が修正してやる!」
「……できれば二度と会いたくないものだな」
声高に宣言されるわけの分からない悪態を受け流し、黒い渦の中に入って行く。
「や、やっと来やがったか!」
「……全く、運がないな」
その先で見た光景を前にゼオスは息を吐く。
彼が目にしたのは、真っ黒な仮面を被った身長百八十程の棍を構えた青年。
資料に記されていたその姿は、親衛隊最後の一人、ウォーラー。
彼に加え前方には固有の仮面を被ったものも含め二十人ほどがおり、背後は崖という絶体絶命の状況。
「ウォーラー様。お二人が到着されました」
「ご苦労さん。なら君がやられると困るから、後方待機で頼む」
「かしこまりました」
「おいおい、この状況でそれかよ」
加えて、恐らく資料に書いてあった転送能力持ちの仕業であろう。
「先程は不覚を取りましたが、今度はそうはいきません」
「はっはっはっは! すぐに会えたな少年!」
「……」
先程飛ばしたはずのアーチャーに、離れたところにいたはずのレオキングの二人が合流。一行の前に立ちふさがる。
「まったく、最悪だなこりゃ」
「ご理解していただけたのならば結構です。幸いこちらに死傷者は少なくけが人も僅かです。降伏していただければ、これ以上貴方達を痛めつける事はありません」
先頭に立つアーチャーの言葉に、彼らの額から汗が流れる。
絶体絶命、そんな言葉が康太の頭に思い浮かぶ。
元々自分たちの役割は敵の誘導で無理をする必要はなく、実力差は歴然。
ここらが潮時か、
そう考え両手を挙げて降伏しようとする康太を、
「待て、康太」
蒼野が止める。
「…………なんだよ」
その時思わぬところから来た静止の言葉を聞き僅かに反応が遅れるが、平静を装い口を動かす。
「降伏せずに戦おう」
「は?」
のだが、普段は決して口にしないような言葉を聞き、今度こそ平静を保てず素直な感想が口から漏れる。
「戦うって……おま、状況を理解してるのか?」
「理解してる。理解してるから戦うんだ」
足は震え、額からは大量の汗が流れているその様子は、この絶望的状況をしっかりと理解で来ている証だ。にも関わらず未だ戦いを続けると口にする彼の真意を、康太は計りかねていた。
「今ここで俺達が捕まれば、善さんの時間が稼げなくなる」
「……貴様に賛同するのは癪だが、その点については同意してやる」
「そうね、ここで降伏なんてらしくないし、いっちょやりますか」
「お、おいお前ら!?」
思わぬ方向に転がっていく様子に狼狽する康太。
その姿を前に今度は蒼野が動揺する。
「てかどうしたんだ、らしくないぞ康太」
「何がだよ」
「こういう危機的状況で突破口見つけるのが、お前の得意技じゃないのか?」
「いや別にそんな特技を持った覚えはねぇよ」
口にしながらも内心でため息をつく。
確かに、普段の自分ならば死に物狂いで足掻くだろう。
それが少し追い詰められたくらいで降伏宣言とは、いくら理由があるとはいえ情けないにもほどがある。
「ふん!」
両手で頬を思いっきり叩き、気合いを入れる。
強く地面を踏み、弱りきった気持ちに喝を入れる。
「そろそろ答えを聞かせてもらおうか」
「ああ。少し仲間達と話したんだがな、答えが出た」
そう言いながら両手をあげ膝をつく康太。
蒼野にゼオス、そして優が驚愕の表情を浮かべ、『無貌の使徒』の面々が武器を下ろす。
「徹底抗戦だ!」
そうして全体の空気が弛緩しきった瞬間、その場にいる誰の目にも止まらぬ速さで二丁の拳銃を抜き、引き金を引く。
「っ!」
「なにぃ!」
銃弾はウォーラーとアーチャーの指に当たり彼らの持っている武器を叩き落とすと、それを見たレオキングが豪快に笑う。
「いいな! そういうのは大好きだぞ俺は!」
残ったレオキングが地響きを立てながら巨体を揺らし康太へと接近。
「……瞬迅斬・二重!」
「ぬお!」
その道を防ぐように、ゼオスが立ちふさがり視線がぶつかる。
「お前は」
「…………どうした、ほんの数分前の会話を忘れたか筋肉自慢」
「な~にぃ?」
「……確か、この俺を倒すなどと、口にしていた覚えがあったが」
「…………ウォーラー! アーチャー! 俺がこの餓鬼を仕留める。手出しはするな!」
「いえ、手出しうんぬんよりもむしろ我々の手伝いを」
「させねぇよ!」
そう呟きながら離れた位置にある武器を取ろうするアーチャーだが、正確無比な弾丸が彼とウォーラーの足元に放たれる。
無論獲物は持たずとも猛者たる二人からすればそれを防ぎきることはさほど難しいことではないのだが、それでも武器を拾いに行くのを邪魔することはできる。
「クソ犬、ウォーラーの方に行け。俺はアーチャーと戦う」
「お、らしくなってきたな。俺はどうする。誰かの援護か?」
「馬鹿、親衛隊に全戦力を注ぎこんじまったら他の奴らを止めれねぇじゃねぇか。お前は一人で他全部を止める役だ」
康太の言葉に対し、顔を青くする蒼野。
「…………それって無理ゲーじゃね?」
「一対一で親衛隊の相手をすんだ。かかる比重は大して変わらねぇよ」
「それもそうか」
思わず出てきた弱気に対し康太が自分たちも同じ立場であるというが、実際のところ蒼野にかかる比重は重い。
親衛隊の面々は必ず一体多で戦わなければいけないという大前提であったが、それは事前の情報がなかった場合の話だ。
実際のところ彼らは、この二日間で最も彼ら三人について研究している。
それに対し、他の面々はといえば、危険人物数十人程度ならばある程度の対策を考えていたが、二十対一の戦いなど、もちろん想定していなかった事態である。
「ああそうだ。俺をその気にさせたんだ、しっかり働いてもらうぞ」
だが、今回に限ってはそんな仕打ちをしても良いと康太は思った。
終わるはずの戦いを続ける道を選んだのだ、その程度の仕返しは許されると考え、普段ならば決してしない、意地の悪い選択肢を蒼野に選ばせた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
蒼野達少年サイドは佳境に突入、という様相の最新話でございます。
ただ先に断っておきますと、こちらはダイジェストでお送りすると思います。
この先は、この物語の確信部分に迫るので。
一つ書いていて迷ったのは、親衛隊と蒼野達の実力差についてです。
以前の物語で結構な実力差があると書いたのをすぐに覆すことになったこの行為は、書く側としては元々前提条件の違いで覆す予定だったのですが、皆さまはどのように思われたでしょうか。
もしよければその点について指摘が欲しいです。
それではまた明日、よろしくお願いします




