古賀蒼野と尾羽優、森を駆ける 九頁目
「終わった、のか?」
幾度にもわたり地響きと地震を起こしていた二頭が、穏やかな息を吐き、鼻を鳴らしながら静止する。
それを見て戦いが終わったことを確認した面々が、各々の武器を下ろし胸を撫で下ろした。
「よし、グランマ様に報告をする。諸君らは持ち場へ戻ってくれ」
「隊長。空から何かが落ちて」
仕事を終え、居住区へと戻ろうとする彼らの頭上から、巨大な塊が落ちてくる。
何事かと考えた面々が砂埃舞うその場所に集まり始めると、
「こ、これは!」
それを見た全員が、驚愕の声を口から発した。
「て、撤退だ……」
「グ、グランマ様!」
砂埃の中心にいたのは、全身を赤で染めた彼らの主の姿。
その男の変わり果てた姿に、戦士たちの背筋が凍る。
「か、敵うわけがない。あんな化け物。て、撤退……いや、一刻も早くこの場から離れなければ!」
「て、撤退、撤退! 各々持ち場を離れ、すぐに森から出ていけ!」
統率者の言葉に地上と居住区から我先にと森の奥へ逃げていく戦士たち。
側近らしき複数人が動けぬ主を背負い、先に進んでいった面々を追いかけるが、そのとき天を見上げたグランマの瞳が管制室で佇む影を確認した。
「やれやれ、まさか神教の野郎どもに助けられるとは」
思いもよらない事ってのは意外にあるもんだ
そう思いながらグランマ・アマデラは部下に担がれながら森の奥へと消えていった。
戦いが終わり、その場に立つのは蒼野に優、そしてグランマ・アマデラの三人。
彼らは数十秒前に終わった死闘などどこ吹く風という様子で、これからの話を始めていた。
「本当に俺達は助けると?」
「ああ、ゲイルには俺達からうまい事言ってみる」
「少なくとも、アイツは進んで人を殺そうと思うタイプには見えなかったし、アンタらも捕虜を傷つけたりはしてないんでしょ、ならまあ何とかなるわ」
「捕虜ってのはしっかりと生きてる姿を見せることが重要だからな。それに、万が一の時、誰一人傷ついていない場合とそれ以外なら、前者の方が待遇もいいってのも聞く」
「万が一の時……今回みたいな事態の時か」
穏便に済ますための条件は揃っており、これならばうまく纏められるだろうと、蒼野と優は確信し息を吐く。
そもそもよっぽど特異な者でない限り、戦争という事態は避けたいに決まっているのだ。そしてそれは、部下思いなゲイルも同様のはずだ。
「さて、それじゃあ後はアンタらがどうやって穏便にここから去るかなんだけど」
「普通に出て行ってもらうだけじゃダメなのか?」
蒼野の疑問に何を言っているのかという様子で優が再度息を吐く。
「いやまあね、全員が全員それで納得するような単細胞ならいいけど、大将がまだ動けて、敵がアタシとアンタの二人だと考えたら、部下たちはどういう行動に出ると思う?」
「え、まさかまた戦う事になるのか!」
「十中八九ね。だって戦えば人数差で押し込めるようにしか見えないもん。というか元々今回の作戦は、全員に袋叩きにされたらまずいからそれを避けるための作戦だったじゃない。うまくグランマが立ち回らなきゃ、厄介な事態にしかならないわ」。
「そりゃつまり……俺に一芝居うてって事かい?」
そう口にするグランマの言葉に、優の意地の悪い笑みが帰ってくる。
「そゆこと。この居住区で囚われている存在が貴族衆の面々ってことをすぐさま信用させられるなら、まあそれでいいけどね。そうはいかないでしょ?」
「まあ無理だろうなぁ。俺もライクルル殿があんな強硬手段に出なけりゃ信じられなかっただろうしよ。ま、仕方がねぇか」
優の問いに対し、蒼野は反論できない。彼自身未だに、自分の住む町を襲った人物がそこまで地位の高い者には思えなかった。
そんな蒼野を傍目に、頬をボリボリと掻いていたグランマが、全てを理解し割れた窓の方へと向かって歩いて行く。
「ちょい待って。その前に頭の怪我をある程度治しとくわ。流石に頭蓋骨やら脳が見えそうな状態でのダイビングはまずいでしょ」
「おう、何から何まで悪いな!」
「え…………お、おい」
これから先の展開を予期し、静止しようと手を伸ばす蒼野。
「ありがとよ。神教も悪い奴ばかりじゃねぇらしい」
しかしその手が目標へと到達する前に、男は快活な笑みを浮かべ言いたいことだけ告げ、50メートル下へと落下し地面に衝突する。
「だ、大丈夫なのか?」
「致命傷になりうるほどの攻撃をあれだけ受けても死ななかったんだし、何とかなるでしょ。てか本人がああやって落下していった事からして、死にはしないわよ」
不安がぬぐえない蒼野が身を乗り出し外を見れば、部下に担がれながらも二人へと向け手を伸ばす男の姿が見え、それを見て蒼野も胸を撫で下ろす。
「さて、じゃあ後はゲイルの仲間達の解放だな」
「それも重要だけど、ライクルルをどうにかするのが先よ」
管制室にある機器の類に異常はないかを優が見渡し、一仕事終え蒼野が息を吐く。
「むぅ、一刻も早く助けてやりたいんだが、まあ優がそう言うならあっちを先に片付けるとするか……え?」
言いながら、馬上の方へと飛んで行った男の方へと視線を移す二人は、そこで目にしたものに絶句する。
「…………神教……………神教神教神教しぃんきょう!!!」
そこにいたのは、この世界全てを呪うように呪詛をこめた言葉を紡ぎ続けるライクルルだ。彼は今にも崩れ落ちそうな様子ではあるがなんとか立ち上がり、腕を掲げる。
「ここから先の世界に地獄を」
ライクルルの呪詛のような、小さな呟き。
それを耳にした蒼野と優だが、思わぬ事態を前に咄嗟に動きだす事ができない。
その間に男は再び砂を集め無数の刃を生成。それを二頭の巨馬へと向け、
「ちょ、そんな事したら!」
「やめろ!」
「ぬん!」
一思いに振り下ろす。
「――――――――!!!!!」
背を貫く痛みに二頭の怒声が、世界を揺らす。
力強い野生の叫びに木々が揺れ、動物たちが逃げ惑う。
「ははは、はははは!」
再び暴れだす二頭の巨馬だが、その勢いは先程の比ではない。
その場で荒れるだけに留まらず、勢いよく動きだし、二大宗教を繋ぐ門のある方向へと向け進み続ける。
「まずいまずいまずいまずい!」
「優、さっきここにある機械を調べてたが、操作方法はわかるか!?」
思ってもいなかった事態に優が動揺し、蒼野が管制室にある機械を見渡しそう尋ねる。
「え…………ま、まあある程度は。どれも見た事がある奴だわ」
「ならこっちは頼んだ!」
それだけ伝え、優が静止の言葉を駆ける暇もなく蒼野が跳ぶ。
辿り着いた先は暴れ続ける二頭の片側、黒い巨馬の背中部分。
そうして蒼野は、もう一頭の背で振り落とされぬよう懸命に堪えるライクルルと再び対峙する。
「神教…………!」
「流石にしつこすぎだぜ。あんた!」
満身創痍、しかし未だ衰えぬ殺意を宿したライクルル。
それを撃破し世界を守ろうと意気込む古賀蒼野。
両者が対峙し、己の障害を砕くため、一直線に進み始めた。
風の刃と、鋭利な刃物のような切れ味の砂が乱舞する。
古賀蒼野にはまだ余裕があり、ライクルルは満身創痍。時間をかければ必ず倒せるほどの差だ。それほどまでに両者のコンディションには差がある。
「風刃・蛇!」
それでも、古賀蒼野は一分一秒でも早く仕留めるため、これまで以上に意識を集中させ、目の前の男を仕留めに向かう。
「らぁ!」
「ぬぅん!」
拡散弾の如き泥が蒼野を襲い、あらゆるものを貫通する風の刃が、男の肩と足に向け襲い掛かる。
それらはどちらも躱され、勝敗を決めるには値せず、ゆえにライクルルが嗤う。
「わけわかんねぇ…………わけわかんねぇよ! ここまでやってどんな意味があるって言うんだ! たとえ二大宗教の境界を門から超えようとしても、阻まれて終わりだ!」
「貴族衆はこの世界における特権階級。二大宗教間の移動を管理する門は必ず開く。それが契約だ!!」
ライクルルの発言を聞き、蒼野の全身から血の気が引いていく。
「ならなおさらの事だ。なぜ賢教にこの暴走した二頭を移動させる!」
「……例えば、貴族衆御用達の移動手段が付近の町を襲えば、それに乗っているのが貴族衆の御曹司でなく神教の住民ならば……どうなると思う?」
「そりゃ場合によっちゃ大事に………………あんた、同じ賢教の町を犠牲に」
まさに悪魔の如き発想であった。
罪のない人々を巻き込んででも、神教を必ず潰すというドス黒い執念。
それを聞き蒼野の吐く息に熱が籠る。
「そこまで…………そこまでするか! もしこいつらが町にぶつかれば、犠牲になるのはあんたと同じ賢教の住民だぞ!」
「神教の民を殺すためならば、同族たちは喜んで命を差し出すだろう!」
蒼野がライクルルの佇むもう片方に移動、近接戦へと移行するために接近する。
「しぃんきょぉう!」
迫る蒼野を前にしたライクルルが、もはや狂気の域に達した執念をたよりに、途切れかけた意識を覚醒させ砂を繰る。
細長い鞭として、無数の弾丸として、一撃必殺の意思を込め繰り出される攻撃は、蒼野の反撃を一切許さず攻め続ける。
「ッッッッ!!」
それでも、限界は訪れる。
蓄積されたダメージからライクルルが膝を折り、放たれ続けた攻撃が鎮まる。
蒼野と優から与えられた三度の攻撃のダメージが、ライクルルの執念を凌駕し、僅かな間ではあるが意識を刈り取ったのだ。
「風刃・一閃!」
「ふ、ふざけるな。ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その隙を逃すことなく放たれた四本の風の刃が、男の両肩と両膝を寸分の狂いなく貫き、男は断末魔の叫びをあげながらついに倒れた。
「これで…………て、え?」
そのまま近づいた蒼野が男が動かぬ事を確認した瞬間、彼の瞳が映したのは巨大な門。
いつか超えて見せると誓った、この世界を分かつ境界が開く様子だ。
「これが…………この先が!」
今は考えるべきではないという事は十分に分かっている。
しかしそれでも、彼らの乗っている巨馬が二大宗教の境界を跨ぎ新たな世界が視界いっぱいに広がった瞬間、蒼野は言葉を失った。
いつか行ってみせると胸に誓ったその場所に、形はどうあれやって来た事実に何も言えなかったのだ。
ゆえに彼は気が付かなかった。
「え?」
突然の事態に声が裏返り思わぬ事態に混乱する。
ため息を吐き完全に油断していた状態の蒼野の肉体にへと放たれた砂の塊。
それは彼の体をしっかりと捉え、側にある壁へと勢いよく叩きつけた。
「っ!?」
ライクルルの放った最後の一撃の直撃。それにより襲い掛かった衝撃に全身が悲鳴を上げ、「すぐに対処しなければ」と考えるが、肉体は思うように動くことなく、意識を手放した。
少女の手が踊り狂う。
無数の機械に触れ、手探りにこの事態を解決することができる機能を探す。
無論、そんなものが付いているなどと断定することはできない。付いていない可能性とてあるのだし、ある程度は分かるとはいえ全てを理解できるわけではないのだ。見落とす可能性だってある。
「これも違う。あれも違う。あそこのスイッチは……違う!」
それでも少女はこの事態の収拾に向け抗い続ける。諦めずに足掻く。
だがそんな優に時間の壁は容赦なく襲い掛かる。
二頭の巨馬さえ容易く通す程の巨大な門。
二大宗教を分かつ境界は既に通り過ぎた。
暴れ狂う二頭の速度はかなりのもので、優の予想通りならばほんの数分で最も近い町に到達する。
そうなれば大惨事は避けられず、最悪の場合、ライクルルの思惑通り二大宗教による戦争へと陥る可能性も十分に存在するのだ。
「うう~~~~~~」
それ以前の問題として、先程のような普段は人が入るのをためらう森ではなく人が行き来する草原ならば、通行人を惹き殺す可能性さえ存在するのだ。
「ああもう!」
正面に設置された大小様々なスイッチを確認するが、目当てのものは見つからない。
万事休す、止める事は不可能なのだろうかと、胸の奥で嫌な思いが溜まっていく中、背後にある扉の方から足音が複数聞こえてくる。
「こんなときに……」
牢屋に囚われている彼らを少女は未だ助けてはいない。そんな余裕は一切なかった。
とすれば船内に残っていた敵の残党である可能性は高く、
「めんどくさいわね!」
瞬時に振り返り、拳を構える。
「落ち着いてくれ。私たちは敵ではない!」
拳を握った先にいたのは先程牢屋にいた顔ぶれ。
思ってもいなかった再会に敵の罠を疑うが、こちらの敵意に慌てふためく様子は戦士の見せる姿ではない。
「どうしてアンタ達が?」
「あ、ああ。奇抜なファッションをした少年が助けてくれたんだ。それより、状況は?」
「奇抜なファッション?」
すぐに浮かんだ疑問を口にするが、壁に何かが衝突する音が耳に響きそれをかき消す。
何事かと思い音のした方角に視線を向けると、蒼野が砂に押しつぶされ意識を失っており、反射的にライクルルの方を見れば、そちらも同じように意識を失い倒れている。
「状況は……最悪ね」
その状況に、彼女はそう返すことしかできない。
「居住区を背負って走る二頭が暴走して、今はそれを止めるためのスイッチを探してるの。すぐに何とかしなくちゃいけないんだけどいい方法はある?」
「ドムとゴモが暴れているのか! マスターキーは?」
「ここにあるわ」
優が投げたそれを手に取った男が、急いで操作を行い始める。
「何してんの?」
「二頭を止める最も効率の良いの手段だ。奴らは今暴走しているが、若の命令だけはいついかなる時も必ず守るように調教されている。だから若を今すぐこの場に呼ぶ」
「あいつは今ジコンに閉じ込められているはずなんだけど、どうするつもり?」
「このマスターキーには、持ち主転送機能が付いている。それを使えば若に限りどこにいても呼び出せる」
「流石貴族衆。金掛かりそうな便利な機能を持ってるわね。それがあればどんな犯罪を犯しても捕まらないってわけね」
優が嫌味を口にしている間にも男は渡されたマスターキーを地面に置き魔方陣が浮かんでくる。
描かれているのはフォン家を現す黄金の鷲の紋章。それが黄金色に輝きほんの一瞬目を開けぬほどの光を放ったかと思えば、先程まで紋章が描かれていた場所にカウボーイハットを手にしているゲイルが現れていた。
「お、マスターキーの転送効果か。てことは問題は全て解決……」
「のんびり話してる暇はないの! お願い、あいつらを止めて!」
「何言ってんだよおたく……てうお! 何でドムとゴモがブチ切れてるんだよ。あいつらかなり温厚な性格のはずなんだが!」
「説明は後よ後! アンタさっさと止めなさいよ、てか止めれるのよね!」
「あ、ああ。あいつらは俺の言う事を何でも聞いてくれるからな。いけると思うぜ」
「じゃあ早く! もうウークが目と鼻の先に」
悲鳴のような叫びをあげていた優の声が途中で止まる。
二頭の巨馬の目と鼻の先に、『一踏みの湖の町ウーク』が見えた事で、思わず言葉を失ってしまったのだ。
「お、おい。止まれお前ら! 町に突っ込むぞ!」
急いで伝えられる主の言葉に、草原を走る二頭がこれまでにない反応を見せる。
何も考えず勢いに任せ走っていた動きが、ただの一言で緩慢になり脚を止める状態へと変化、程なくしてその足を止めるだろう状態へと移行していく。
「こ、こいつぁ!」
「ま、間に合わないっ!?」
だがそれでも、一歩足りない。
目と鼻の先にまで迫った町を前に二頭の動きは着実に静止する方向へと向かっているが、それでもあまりにも距離が近すぎる。
迫る恐怖に、ある者は目をつむり、ある者は最後まで諦めぬよう声を張り上げ、ある者は何とかして止めようと動きだすが、
その時――――時が止まった。
二頭の体が青白い光に包まれ、逆再生映像のように後ろ歩きで境界を超えて少ししたところまで戻っていき、それから再び前へと動き始める。
「え、え?」
まるで白昼夢でも見たかのような光景に、その場にいた面々の空いた口が塞がらない。
「驚いた」
そんな中聞こえてきた声に優を筆頭に複数人が声のする方へと顔を向けると、
「五分戻すつもりで戻しきれないなんてほんと久しぶりだ。それでも時間は足りたみたいだけどな。まあ――――――無事でよかったよ」
「おたく……」
そこにいたのは、満身創痍という様子で大の字で倒れている一人の少年だ。
それから程なくして、二頭の巨馬はさらに速度を落とし完全に動きを止めた。
「た……」
「助かったぁ~」
優が肩を落とし、ゲイルが腰を抜かしその場に倒れる。牢屋から出てきた彼の部下も思い思いの行動を取り、非常事態を超えた事を実感する。
事態を収めた張本人はといえば事件の顛末を思い返し、恐ろしさのあまり気絶していた。
依頼主 ゲイル・U・フォン
依頼内容 貴族衆、Uの家系、フォン家の部下を救出せよ。
完遂
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
連続投稿の三話目を投稿させていただきました。
深夜零時から追ってくださった方々は本当にありがとうございます。
また、この機会に初めて見てくださった方も、ありがとうございます。
願わくば末永いお付き合いになればと思います。
さて、話は変わるのですが、次の話にて第二の冒険は終わりであると思われますので、よろしくお願いします。
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少しでも付けられると、それが励みになりますので。
長文失礼しました。第二の冒険の最終話は深夜零時過ぎにあげますので、よろしくお願いします。




