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ホテル『バンピーロ』 三頁目


「報告しますマスター。時計が午後十一時を過ぎた時点で就寝中の全ての獲物から血液の回収が済みました。未だ起きている三割ほどのお客様からの回収はこれから三時間後。いつも通り午前二時を過ぎた時点で眠っている方を対象として行わせていただく所存です」

「ご苦労。現状問題は何もないが、不測の事態が起こらないとも限らない。警戒態勢を保つように」

「ハッ!」


 ホテル『バンピーロ』のとある場所で、声が響く。

 貴族衆から来た子供たちが泊まった宿よりも遥かに高級な調度品や家具で埋められたその場所は、ホテル『バンピーロ』の主である淑女の私室であるのだが、主の怜悧な声を聞き恭しい態度で片膝をつき頭を垂れていた青年の姿は少々奇妙だ。


 なにせ彼の体は大きく欠けている。


 両腕と両足はある。首もしっかりと付いている。それは間違いない。

 けれど右脇腹にはぽっかりと穴が開いており、顔の右半分が欠損。左腕の手首から先は失くなっているし、背中などはおろし金で削られたかのように削れている。

 当然、普通に考えるならばそれ等は死に至ってもおかしくないほどの傷であるのだが、そのような欠損や傷のある場所には粘性のある紅い液体が付着しており、部位を埋めるように蠢いていた。


「お前には血を与えてあげましょう。そのように無惨な姿は、高貴なワタクシに仕える者としては相応しくない」

「ありがとうございます!」


 彼が人間でない証を示したのはその直後。主である女性が金の装飾をあしらわれたハイヒールの音を立てながら近づき、短刀で傷つけた親指の先端から血を流した時の事だ。

 垂れてきた血を欠けていた顔面で『飲む』のではなく『受け止める』と、彼の体の修復速度は勢いを増し、瞬く間に復元。


 蝋のように真っ白な肌をした、金髪を短くまとめた真っ赤な瞳の青年。

 我龍によって屠られたはずの彼は万全の状態に戻り、主の部屋に敷かれている真っ赤な絨毯の中に体を埋め、消え去った。


「少々の抵抗があったようだけど問題なく、結界の方に手が加えられた様子もないようね」


 その姿をなんの感慨も湧いていない様子で見届け、踵を返し奥にあるデスクにまで戻るホテル『バンピーロ』の主であるが、次に彼女が頭に浮かべたのはこの場所の秘密。

 シェンジェンがたどり着けない絡繰に、外部との時間の違いに関する絡繰に関してである。


「あぁ、我がことながら………………素晴らしい仕組み。美しさに眩暈さえ覚えてしまう」


 結論から言うと、ホテル『バンピーロ』という場所は確かに存在するのだが一定の条件を潜り抜けた者しか到達できないよう結界が敷かれていた。


 その結界を超え、この場所に至るために必要な条件は三つ。

 

 第一に主のお眼鏡に叶う血を体内に循環させている事。

 健康である。年齢が求めている物であるなど条件は多岐にわたり、この審査を通り抜ける必要がある。

 第二に神器を持っていない事。

 これは様々な能力を仕込んだこの場所に神器を持った人物が入った場合、異変に気付かれ厄介事が起こるゆえで、シェンジェンがたどり着けない理由はこれだ。

 そして最後に暗示などに対する耐性が基準値を下回っている事。

 これはこれから説明するこの場所に関するトリックを破られないためで、この三つの条件を超えたものが宿泊できるのだが、この場所は中々に特異な場所だ。


 なにせこのホテル『バンピーロ』のオーナーである淑女が構築した異界は、中に入った者の認識を様々な手段で狂わせる。

 

 三つの条件を突破しホテルのロビーに到達した時点で、やって来た対象に対しが『今が夕方の六時頃』であると誤認させるように認識阻害の能力を撃ち込むし、案内された部屋に入ったところでオーナーが部屋の中に仕込んだ暗示により眠りに誘われる。

 これに陥った者達が次に目を覚ました時には『夕食を取らなければならない』と脳が認識しだし、睡眠薬の入った食事を食べた者達は食事後に部屋へ帰宅。

 本来の時間が何時であろうと、結界内を包むよう形成された夜闇と睡眠薬の効果。それに部屋にかけられた時計や持っている携帯端末の操作により、時間を誤認し眠りにつく。


 これがこのホテルのオーナーである女性が施した仕掛けの流れである。


「!」


 その流れを崩したのはホテル全域を襲った地響き。我龍が行った最後のあがきで、これにより事態が動く。


「これ、は?」


 第一にこの場所の住所を送りやってくると思っていたシェンジェンに対しメッセージを送っていたヌーベがロビーで異変を察知した。

 

「エラッタさん」

「………………かなり揺れましたね。先に眠ったお二人の様子を見に行きましょうか」


 第二に夜更かしをしていたアレクシィとエラッタが意識を部屋の外。震動の発生源である狗椛ユイと猫目メイの部屋に移動するのだが、このとき彼女らは最善の選択を取っていた。

 『何か危険な事があるかもしれない』と考えしっかりと周囲の確認をしていたし、いつでも戦えるよう能力や術技を発動できるようにしておいたのだ。


「この荒れ具合は………………いえそれより!」

「あれは兵頭我龍………………なぜ女性の部屋に。いえこの様子は、三人とも貧血状態です。いったい何が!?」

「どうやら非常事態が起きてるようですね。皆を集めましょう!」


 明かりのついていない部屋の中に入った後の選択も迅速であるし間違いはない。

 予想だにしない事態を前にして自分達だけで動こうとせず、仲間達と合流し事態の解決を図ろうとして廊下に出たことに間違いはないだろう。


「おっと、そうはさせねぇよ」

「「!!」」


 その行く手を阻むように、刺客は解き放たれる。

 二人をこれから仕留める相手だと認識したうえで流暢に語りかけてくるのは、上半身を黒いタンクトップで、下半身を藍色の短パンで包んだ、蝋のように白い肌をしたたらこ唇の男で、二つの瞳に加え額に第三の目を付けており、周囲一帯を見渡しなが床につきそうなほど長い剛腕で二人を攻撃。


「援護をお願いできますか?」

「わかりました!」


 これを後退して躱す二人は、お世辞にも戦場で主戦力に慣れる類ではない。

 しかしあらゆる属性を最低限は使えるエラッタが前に立つと、所有している希少能力で万物の流れを好きなように弄れるアレクシィが一歩後ろへ。


「マグマウォール!」


 右手の人差し指をクルクルと回すと、エラッタが自身と刺客の間を阻むようにマグマの壁で廊下を防ぎ、


「捩じります!」


 エラッタが固体化しているそれを液体化するよう念じ地面へと下る中、アレクシィが能力を発動。

 自由落下するはずであったマグマは希少能力『歪み道』により軌道を曲げられ、光属性に近い速度で目標の体に襲い掛かった。


「………………………………」


 これに対応しきれなかった男は上半身を失い残った、残っていた下半身が覚束ない足取りで数歩後退したかと思えば真っ赤な絨毯の上に沈んでいく。

 そして残った焼け口から徐々にだが血が流れ真っ赤な絨毯を汚し始めると、二人は悟る。


 自分達が相手を殺してしまったと。

 すると二人はユイのように呆気にとられ、


「――――まだ!」

「!」


 しかし二人はすぐに気が付いた。


 まだ事態は終わっていないと。自分たちの身に強烈な敵意が放たれていると。

 

 ゆえに周囲に意識を向けながら、解きかけていた気を引き締めると、彼女らは認識するのだ。


「な、あ………………」

「白い肌をした………………奇妙な大群?」


 自分達にへと向け迫ってくる二十人以上の刺客の姿を。

 そしてそんな刺客達が呆気に取られている自分たちの間に割り込むことによって、分断されてしまう現実を。


「――――――――!」

「あ………………」


 至極残念な事に、彼女らは単体で見た場合はさほど強くはない。

 人の波に飲み込まれ身動きが取れなくなってしまえば、注射器を刺されてもそれを振り解くようなことはできず、四肢を掴まれ身動きが取れなくなった彼女らは、勢いよく血を奪われていくと真っ青な表情をしながら意識を失った。


「現場に駆け付けた二人の女学生は捕獲。血を抜いたあと、部屋にお連れしました。ロビーで異変に気付き周囲の探知をしようとしていた学生に関しては、ロビー担当だった者が周囲の様子を確認するため待っていてほしいと頼み了承。下の階で待機しています」

「ごくろう。女学生二人に関しては捏造した記憶を植え付けなさい。ロビーの学生に関しては、少し時間を置いて開放してあげなさい」


 こうして我龍の最後の抵抗により始まった戦いは何事もなく終わりを迎える。

 ホテル『バンピーロ』のマスターがあらかじめ決めていた非常時の対応策に敗れたのだ。


 その数分後、何事もなかったと報告を受けたヌーベも疑いなく自室に戻り就寝。

 ホテル中の旅行客が眠ってからしばらく経た後。

 各部屋に設置されてる時計が午前二時を過ぎたところで刺客達は動き出し、彼等から血を吸い出す。


 それで事態は全て終わり。

 次の日の朝、彼等はすさまじい倦怠感を覚えながらホテルを出る事になる。


「な、なんだこいつ。針が刺さらねぇ!」

「………………メェ?」


 予想外の事があったとすれば、客人の中に予想外の稀人が居た事。

 半分とはいえ竜人の血を継いだガルゴネシア・イドラという少年がいた事で、睡眠薬の効果を跳ね除け目を覚ました彼が目にしたのは、針を刺すため努力している青白い肌をした小人の姿で、首を横に向ければ同居人である東一郎も同じ状態であり、


「ッ!」


 反射的に繰り出された振り払いが自身の体の上に乗っかっていた小人を吹き飛ばし起床。


「う、うぅぅぅぅ………………」

「貴方は!」

「なんですかぁ………………なんなんですかこれぇ」


 そんな彼の前に現れたのは隣の部屋で眠っていたはずのリイン・アンリアルで、この二人により事態はホテル『バンピーロ』のオーナーの予想だにしない方向へと転がっていく。 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


我龍最後の抵抗による第二戦が開始! そして終了!

結界内部の紹介に奇妙な相手に関する情報提示!

そして目を覚ます普段は目立たないサブキャラクター二名!


ここまでを一話に圧縮できたので、作者としては割と満足。

読者である皆様にも気に入ってもらえたら嬉しいです。


本編で話しきれていない、というよりそこまで細かくは書かなくてもよいと考えていた裏話をここに記載するのですが、まだ姿をしっかりと描写されていないオーナー淑女の行った暗示やら薬やらは結構強力なものです。

それこそこれ以上となると最上位層。アイビス・フォーカスやエヴァ・フォーネスが出てくるレベルの、一般層が使える最高クラスとなります。


ただ効果があるのは成人未満の若者や老人。それに戦場に縁がない者達全般だけです。

これはやはりこの星に住む人らの耐性値が基本的にバカ高いゆえですね。


なお、朝起きて倦怠感を覚える者が多いのにこのホテルの評判が悪くない理由は、単純に食事や部屋の質がいいため。

ここら辺はオーナーの企業努力の賜物です。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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