命短し駆けよ若人
「見事だな」
「……ああ。彼女、いや天致勇美は練気という概念自体のレベルを、既存の物から一段階持ち上げたと言っていいだろうな」
「どーいうこと?」
ヌーベの体に刻まれた複数の土色の斬撃。
この正体が練気であることに関してはシェンジェンとてすぐにわかった。
ただレオンに次いで語ったゼオスの『練気という概念自体のレベルを一段階持ち上げた』という意味に関しては理解できず、首を二人の方に向け、レオンがこれに応える。
「答える前に一つ確認だ。シェンジェンは練気の性質・特徴とはどのようなものか答えられるか?」
「一番目立つ特徴は神器によって無効化されない事だよね。ただ能力や属性粒子ほどの多様性はないし、特殊性もない。『神器には強いけど能力や粒子にはいまいち』っていう評価」
「その通りだ。その上で聞くが粒子の持つ力の特徴は? 基本形にはどんなものがある?」
「基本形は三つ。移動の際の推進力に使う『放出』に、個体化させて様々な形で利用する『具現化』、それに体に纏う攻防において安定感のある『装着』。で、特徴に関してだけど………………あ!」
続けて生徒に続きを促す先生のように問いかければ、シェンジェンは気が付いた。
天到勇美が行った、自分が一度も見たことがなかった事柄を。
「彼女の場合、二つの効果を一気に発動してるんだ! 最初に周囲に広げて敵の居場所を把握する『探知』。それに斬撃として飛ばす『具現化』が一緒に発動してる!!」
「正解。それが彼女の成した革新の正体だ」
ミレニアムやレオン、それにシュバルツのように一つの効果を発揮させているわけではない。
はたまたガーディアのように複数の物を使えるわけでもない。
最も近い例で言えば善の使う練気術が近かったが、あれとて自身や他者に付与できるというだけで、二つの効果を併用しているわけではない。
だからこそ、彼女の力は異質にして特別なのだ。
観覧席に集まったこの星において最強格の者達とて出来ぬ事をやっている。
『偉業』と称えられる行為ですらある。
「とはい、二つの力を一度に発現させている弊害もあるようだがな」
「そこまでわかっちゃうのね。流石」
「どーいうこと?」
「『二つの力を同時に発現する』。これは言い換えれば『一つ分のエネルギーを二つに分けてる』もしくは『二つ分のエネルギーを一度に支払ってる』という事になる」
「………………あ」
「彼女の場合前者みたいだが、そのせいで繰り出す斬撃の威力が足りてない。あれじゃ決定打にはなりえないだろう」
ただそんな彼女にも未だ不完全なところが存在する事をシュバルツは指摘。これを聞いた鉄子は目を丸くした。
「流石お目が高い。貴方の言う通り威力に関しては改善の余地ありよ。けど今回に関してはそこまで気にしなくてもいいかもね」
「………………確かにな」
かと思えば微笑みながら断言するが、これに対してはゼオスを筆頭に大多数が賛同していた。
なにせヌーベはこの局面に至った時点で満身創痍だったのだ。
普段ならば威力が足りないとしても、今回ばかりはしっかりとした効果があるのを片膝をついたまま動くことのできない様子から把握でき、彼等は悟る。
ヌーベと勇美の二人に残された余力から考えて、この戦いは数分としないうちに終わると。
「ちなみにどっちが勝つと思う?」
ここでそう尋ねたのはシェンジェンで、当の本人は勇美に一票。
「おいコラ。敵陣営を応援すんなお前」
「現実的、というだけの話だろう」
「どういうことだよちっこいの」
我龍が勢いよく不満を口にするが、エヴァの言う通りシェンジェンは気づいていたのだ、彼女の持つ練気術の、もう一つの大きな強みに。
「そのちっこいのにお前は完敗したわけだが………………まあいい。それよりもあの二人の戦いだが、これまで遠距離ならば絶対的に有利だった前提が瓦解し状況が大きく変わったという事だよ」
「………………どういうこったよ。もう少し噛み砕いて説明しろや」
「ならば問おう。あの斬撃を飛ばす瞬間、あの女は剣を振り抜いたか?」
「!」
そうだ。先の一撃は斬撃という形で発揮されたが、そもそもの大前提として練気術なのだ。
したがって彼女がそれらを発揮するのに姿勢を整えたり剣を振る必要などはない。
「逃げ回りながらでも『探知』さえできれば効果を発揮するってことか!」
つまり今しがた我龍が言った通りの事が可能であり、だからこそシェンジェンは彼女の勝ちに票を投じた。
それからしばらくして他の者らが意見を言い合う中、
「躱しきれないかっ!」
戦場は強者たちの予期した通り、最終局面に至る。
探知さえすればノーモーションで斬撃が叩き込まれるのをヌーベは知り、加えて『探知』から『攻撃』のあいだに、僅かだが間があることも把握した。
この特性を理解した彼はとにかく一か所に留まらず園内全域を動き回る事にしたが、それで脅威が去ったわけではない。
「覚悟!」
躱せるようにこそなってはいるが、常に襲い掛かってくる危険がある斬撃に意識をかなり注がなければならないこと自体が厄介で、その対処のために意識を割けば当然のように天致勇美は空いた隙間を縫うように攻め込んできた。
幸い広範囲攻撃をすれば大雑把な狙いでも彼女を退けたり当てる事ができたが、それも喜べなかった。
不幸な事に彼女が今使用しているメモリーは自己再生。つまりどれだけダメージを与えても、傷は修復されていったのだ。
であれば彼の脳内に浮かぶ勝利の形は一つのみで、
(お前の狙いは読めているぞ!)
対峙する少女は理解していた。自身が敗因する最大の要因。
それが粒子切れによる自己再生の不発であると。
(躱して! 躱して! 攻める! 問題ない! 時間は! 私の味方をしてくれている!!)
それがわかっているからこそ、彼女は攻めの姿勢を貫きつつも焦らない。
自己再生を過剰に使わないよう迫る攻撃全てを回避し、その間に行使するのはわざわざ近づくことなどせずとも効果を発揮する練気術。
『探知』と『具現化』の二つの力を混ぜた奥義『無影刃』であり、彼女はヌーベの体力を削り、足が止まる事に意識を注ぐ。
「っっっっ!!」
そしてその瞬間はやってくる。
およそ五分。園内全域を駆けながら広範囲攻撃とノーモーションの斬撃を繰り出し続けていた両者であるが、先に足が止まったのはヌーベであり、
「今度こそ終わらせるっ!」
その動きに偽りがない事を察し、彼女は動く。
負傷が重なることによる自己再生不発のリスクさえ投げ捨て、ヌーベに近づき勝ち越すために、風と雷が踊り狂う嵐の中に飛び込んでいく。
「――――――もらった!」
雷の雨を体の至る所を焦がしながら抜け、氷柱や冷気による肉体の欠落を瞬く間に治し、不可視の斬撃も津波による広範囲攻撃も意地と今日まで鍛え続けた技の数々で抜けきり、その刃をヌーベへと届かせる。
「捕まえ、たぞ………………!」
「むぅ!」
その一撃はヌーベの脇腹を抉り、夥しい量の血が零れ出る。
おそらくあと数秒放っておけば危険域に達し、判定負けの場外への強制転送となるほどの量だ。
「はぁ!」
つまりこれから数秒が最後の抵抗。
残された粒子全てを使った最後の攻防であると察した彼女は、真後ろに投げ飛ばされてすぐに周囲一帯にあった土属性粒子を集め、体内に残っていた分まで放出し抵抗する意志を示し、
「いてっ! この土壇場で一体何が………………?」
「なに?」
「な、なんでこっち着てるんだよ天致勇美!?」
直後に聞こえてきた声の主は、異なる戦場で戦っているはずの別の高校の代表選手で、
『し、試合終了! 試合終了です!! これは何と意外な結末か!!! 両校の大将! 第一位と第二位による大一番は! 第二位勇美選手のルール違反による敗北だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
直後聞こえてきた声を聞き、彼女は己の犯した失態を知った。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
オルレイユ高校生ランキングトップ2の戦闘はこれにて終了!
ここまでお付き合いしてくださった皆様。本当にありがとうございました!
さて次回に関してですが、今回の戦いに関するちょっとした解説回。
そして物語は誰も想像できやしない展開へと続きます。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




