倭都の姫君と過去の残影 二頁目
「初めて土の味を付けさせたってことは………………初敗北ってことですよね?」
「そうよ。付け加えるなら二人は幼馴染でもある」
「なんか結構複雑な関係なんですね。どういう事ですか? ちょっと前にヌーベさんに関して調べたけど、あの人は倭都出身じゃなかったはずですよ」
園内全域が戦場となった、両校の大将が出てきて戦いを繰り広げる最終戦。
それを見ながら聞こえてきた声の方に視線を向ければ、年齢に似合わぬ小生意気な少女のような笑みを浮かべた鉄子の姿があり、シェンジェンの問いを聞き語り出すのだ。
「うふふ。それはねもう何年も前の話。あれはそう――――」
二人の始まりの物語を。
「逃がさん!!」
崖が崩れ、轟音と共に起きた岩雪崩により生じた砂埃が周囲一帯を包み込む。
その際に飛び出た一つの影を見据え叫んだ彼女は、手にしていた刀。
刃渡家が作り出した傑作を鞘に戻し一捻り。何度かカチリと音が鳴ったタイミングで駆け出せば、彼女の足裏から六家系の翡翠色の結晶が生まれ、これを足場にして地上にいた時と同等の速度で距離を詰めていく。
「に、偽物!? ならば本体は!?」
そうして近づいた時に目にしたのは人型に整えられた雲の塊で、彼女が急いで真下に視線を向ければ、砂埃から飛び出し、空に浮かぶ自分を指さす宿敵の姿が。
「空砲・掃射!」
「貴様は! いつもいつも小狡い手ばかり!」
撃ちだされ、自身へと迫る風属性を用いた不可視の砲撃。
これを大きく弧を描きながら躱した彼女が叫び声をあげながら思い出すのはかつての記憶。
三年ものあいだ修行で訪れた場所で味わった屈辱の日々だ。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
「これまで見せた力は『自己再生』に『刀身の延長』。それに『空中を駆ける手段』の三つ」
倭都で生まれ育った子供たちは、十歳になると初めての出稼ぎに出る。
これはそれまで外の情報に関して最低限しか知らなかった少年少女に、『外の世界がどのようなものか』を教えるために行われる教育の一環であり、身分の違いなど関係なく誰でも受けるものである。
となれば倭都を統治する大将軍の娘である天致勇美とて当然受けているもので、当時の彼女は意気揚々とした様子でヌーベの生家であるレイ家へと向かった。
あとはそこで世間の一般常識に触れ、学びながら、倭都に住む侍としての心得を続けていけば初の出稼ぎは終了。
彼女は一年もせず倭都に戻るはずであった。
『勝者! ヌーベ様!』
『そ、んな………………!?」
初めての事だったのだ。
試合や学業は当然の事、他の何をやっても勝つことができないというのは。
同い年の子供は勿論の事、大人たちが混じっていたとしても、優れた才能と確かな努力をする彼女は『何か一分野』だけならば必ず相手を上回ることができた。
しかしである。同い年のヌーベにだけはそれができない。
どんな分野、どんな事柄で挑もうとも、彼女は必ず負けていた。
しかも勝った彼はいつだって涼しい顔を浮かべており、内心の『勝って当然ですが何か?』という思いが彼女には見え透いていた。
その牙城を崩すために彼女は修行の期日を過ぎてもレイ家に居座った。
自分の立場を利用しやってくる迎えを押しのけ、三年ものあいだレイに戦いを挑み続けた。
しかし一度だって勝てなかった。
いつだってヌーベは彼女を上回り、腹の立つ笑みを、彼女ではなく周りに浮かべていた。
『許さん! 絶対に許さんぞヌーベ・レイ! 私は………………私は勝つ! お前にだけは絶対に!!』
そしてそんな月日は少女の精神を歪め、ヌーベ・レイ個人に対してだけは凄まじい執念で迫る怪物を生み出した。
その結果が彼を追ってオルレイユに転入してきたこと。
そして半年ほどで戦える立場にまで上り詰めた事であるのだが、当の本人は彼女を避けた。
かつての日々とは真逆に、追いかけてくる彼女をあの手この手で躱し続けたのだ。
「追い詰めたぞヌーベ!」
「………………っっ!」
「ここは砂漠エリア。私の庭だ!!」
そんな彼を、しかし此度の対抗戦で天致勇美はついに追い詰めた。
舞台を整え、策を弄し、この大将戦に引きずり出す事が出来た。
そこまでの成果を挙げた彼女の背には美しい姿に相応しくない悪鬼の姿が浮かんでおり、ヌーベを倒すために頭は極めて冷静に、しかし言動は荒れ狂う嵐のように激しくしながら、両腕を大きく広げ叫ぶ。
「サンドボム!」
自身の背後に人一人が入れる大きさの砂の球体を四つ作り、同じものを複数ヌーベの周囲に展開。
「行け!!!!」
主である勇美が怒声に近い声をあげれば、それ等は全てヌーベの元へと向かって行くが、それ等は躱される。もしくは雲に阻まれ目標の身には到達しなかった。
けれども彼女からすればそれでよかった。
「これで――――もう逃げ場はない!」
「む!」
「サンドロック。お前を逃がさぬ砂の牢屋だ!!」
砂の地面や雲に衝突し破裂した砂の球体であるが、それらが崩れた際に溢れた砂は、地面に落ちることなく爆発した瞬間を形どったまま静止していた。
つまりヌーベが動く場所を縛る障害物としての効果を発揮しており、逃げ続けていたヌーベはこの状況を前にして足踏み。
「初太刀! 砂利蜻蛉!」
そのタイミングで彼女は手にしていた刀を戻し手首を捻ると、直後に振り抜き五本の線として撃ちだされたのは最初にヌーベを吹き飛ばした砂を纏った飛ぶ斬撃で、破壊力を理解しているヌーベは防ぐ道を選ばず躱す事に専念し、限られた範囲の中で体を酷使し、無理やり躱しきった。
「甘い!」
けれどヌーベのそんな選択を、勇美は完璧に読んでいた。
彼の側を素通りしたまま彼方へと進んでいく斬撃は、そのまま消えるよりも早く方向転換を行いヌーベへと最接近。
「っ!?」
完璧に躱しきったと考えていた彼の頭上から襲い掛かり、その身を砂の中に埋めた。
「これでおしまいだ」
その姿を見届けた彼女が再び刀を鞘に戻し手首を捻ると、砂漠エリア中の砂が彼女の側へ。
「死ね! ヌーベ・レイ!!」
ヌーベを包んだまま人二人分近く入る球形となり浮かびあがると、見上げる主の前で、元々の半分の大きさにまで圧縮。滴り落ちる血が真下にある砂を濡らすと、彼女は真っ赤な瞳孔をした瞳を細め、渋い表情を浮かべ、
「多くの人が尽力し、その結果やって来た最終戦。そんな状況でまだ私と戦わない事に拘るとは。下らん。私が追い求めた存在は、想像以上に矮小な腰抜けだったらしい」
そう宣言。ため息を吐くが
「これ以上は体が持たない。施してる仕掛けもここまでだと信じるしかないな。それに」
「!」
「矮小な腰抜けと蔑まれて黙っていられるほど、僕は人間ができてるわけでもない」
ヌーベ・レイは喋ることができた。
自身を包み込む砂の圧縮を、己が従える真っ白な雲の膨張で吹き飛ばし、
「個人のエゴだけで決めれるなら逃げるんだがね。これは学校を巻き込んだイベントだ。悪いが」
「!」
「君には、敗北の味を覚え直してもらおう」
続く言葉が彼女の耳に届き脳から全身へと染み渡ったところで、ヌーベ・レイの反撃が始まった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
最終戦その3ですね。
自分としてはしっかりと書いてるつもりなのですが、閲覧数を見ればそうでもない様子で悲しみ。
もしかしたらあまり関心を抱いてもらえていないのかも、などとも思いますがここまで来たからには最後まで描きます。
さてさて次回からはようやくヌーベ君反撃のターン。
多少なりとも楽しんでくだされば幸いです。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




