倭都の姫君と過去の残影 一頁目
「っっっっ!?」
腹部に深くのめりこんだ、砂を纏った飛ぶ斬撃。
これをモロに食らったヌーベの体が吹き飛んでから静止したのは百メートル以上先のこと。
遊園地エリアにあったコーヒーカップを二つ粉々に砕き、飲食店が集まっているショッピングモールの壁を貫通し、戦場の様子を映すカメラにぶつかったタイミングである。
「おーい! カメラが壊れたぞ!!」
「早く見させてよぉ!」
「この二人の戦いが映らねぇとか人類の損失だぞ!!」
これにより現場の状況が確認できなくなり観客が口々に不平不満を漏らすが、当然ながら運営側もこういう状況に陥った場合の対応策は取っている。
『失礼しました! それでは新しい物を付近に設置するまでの間は、上空にある俯瞰カメラに映像を切り替えます!』
選手たちの様子をじっくりと見るために漂わせていた透明化の細工が施されたカメラが壊された時のために用意してある上空からの映像に切り替えるが、そこで映った映像は凄まじい。
『これはすさまじい攻撃の数々! どうやらカメラが映していない一瞬の間に! イサミ選手が自身の得意な領域にまで接近!! 第一位であるヌーベ選手が防戦一方になる勢いで攻撃を繰り出していたようです!!!!」
自身の持つ刀の届く距離まで迫った第二高校の大将・天地勇美が一方的に攻めているのだ。
たった一人で数十人にも見えるほど残像を残している彼女は中央に立ち攻撃を防ぐしかないヌーベを囲う檻のようで、画面越しからでも感じられる狂気に似た敵意は、熱気を伴う観客たちの声援の中に、怯える声を生み出すほどであった。
「――――雷砲」
「!」
その空気を払拭するように、それまで体を丸め防戦一方であったヌーベが動き出す。
体を丸めたまま右手の人差し指だけをそっと出すと、残像の中に潜む天地勇美の本体を正確に見極め、指先に雷属性粒子を圧縮。
彼女がどれほど動こうと照準は決して外さず、指先に出来上がった球体が勢いよく膨らむのと同時に彼女は後退。
「この距離は僕の領域だ」
こうして両者のあいだに生まれた距離はおよそ十メートル。
決して近距離とは言えぬほど距離が開くと、『攻守交替だ』とでも言うようにヌーベがそう告げ、丸めていた体を広げ客人をもてなすよう両手を持ち上げると、己が背後に四つの巨大な白雲。
彼の強さの象徴たる希少能力『クラウン・クラウド』を展開し、強烈な冷気が集まっていく。
「二の太刀・砂塵蝗!」
「な、にっっ!?」
それが発射される瞬間よりも本当に一瞬前に、黒い軍服に身を包んだ美少女は双眸に炎を滾らせ、奥歯を強く噛みながら動き出す。
手にしている刀の切っ先を石畳にこすりつけ火花を散らし、刀身部分に纏っていた極小の砂を刀を上へと勢いよく持ち上げるのと同時に解き放つ。
そうする事により放出されたのは、彼女の前方一帯を範囲とした砂の津波で、散弾銃を遥かに超える勢いでヌーベへ。
「ぐっ!」
既に攻撃態勢に移っていた少年は避けきれず咄嗟に両手を交差して顔や胴体を守ったが、着ていた白い学生服を貫通し両腕に突き刺さった極小の凶器は、皮膚を突き破り肉を抉り、その奥にある骨にまで到達し彼に激痛を与えた。
(イサミは………………彼女はどうなった!?)
とはいえこれは彼に限った話ではない。
彼女が攻撃する直前の時点で、ヌーベの背後にあった四つの雲に内臓されていた大量の氷属性粒子は、既に発射寸前の状態にまでなっていたのだ。
彼女が刀を振り抜くのと同時に無数の氷柱は撃ちだされ、それを躱せなかった彼女には同等以上のダメージが期待できた。
「この程度で――――」
「!」
その答えが提示されたのは直後の事。
地面に突き刺さった氷柱と勝ち上げられた刀により生じた砂煙の奥から天致勇美が出てきたゆえなのだが、その姿は実に痛々しい。
突き刺さった黒い軍服の奥にあった両腕に突き刺さり大量の血が滴り落ちるなどかわいいもので、脇腹からは内臓を損傷したことが一目でわかる色の血が零れ、瞼の上には脳に到達しているのか心配なほど深々と刺さっている。
「私が止まると思ったのか貴様はぁ!」
それほどの怪我を負ったというのに彼女の闘志に陰りはない。前に進む足取りに躊躇はない。
血を吐きながら苛立ちを感じさせる声を上げ、全身の傷を白い煙を発しながら直しながら再び己が得意な領域まで接近し、動揺するヌーベの脳天へと向け大上段の一撃を発射。
「君はっ………………!」
防ぐ事は不可能であると感じたヌーベはこれを一歩大きく後退する事で躱すが、次の一撃は躱しきれない。
「鈍い!」
彼の宙に浮いた足が地面に再び触れるよりも早く繰り出された蹴りがヌーベの腹部を捉え、最初の一撃を受けた時と同じような勢いで吹き飛んでいき、今度は森林エリアにあった一際大きな木の幹に衝突し静止。
「仕留める!」
轟音を立てながら崩れていく大樹。
それにより降りかかる太い木の枝を一切守る様子も見せず己が身で受けながら、彼女はは再び距離を詰め断言。
対するヌーベはシェンジェンと戦った時には見せなかった勢いで逃走の一手を選ぶ。
「――――――せいっ!」
「な、に………………?」
これによりヌーベは彼女と百メートルほど距離を取るが、それでも彼女は逃がさない。
掴んでいた刀を腰に携えた鞘に仕舞うと手首を捻る。
すると柄の部分で『カチリ』という音が鳴り、直後に剣を抜けば先ほどまでとは比べ物にならない刀身。
視界全てを覆えるほど長く伸びた鋼鉄の塊が現れ、逃げるヌーベの脇腹を捉え、木々を折りながらエリアの端にある巨大な崖に叩きつけた。
「刀の中に何か仕組んでるね。そういう動きだよあれは」
こうして会場内において一方的な展開が繰り広げられる中、観客席で頬杖をついていたシェンジェンがそう指摘する。
「おぉ! 気づいたかシェンジェン! 前に会った時より腕をあげたな!」
「そ、そうでしょそうでしょ! 強くなってるんだよぼ・く・は!!」
これに対し満面の笑みを浮かべながら応じたのはシュバルツで、心からの賞賛を送られたシェンジェンが頬を紅潮させ胸を張りながらそう言い切る。
「おいおい勝手に盛り上がるなよ。仕掛けってのはなんだよ?」
ここで口を挟んだのはシュバルツの隣に座っていた我龍で、やや苛立った様子でそう尋ね、エラッタも説明を求めるような視線でシュバルツとシェンジェンを凝視。
これに答えたのは二人ではなく、少しばかり離れた場所に座り、この場において解説役と化していたレオンであった。
「二人が言ってるのは天致勇美の刀の中に施してる仕掛けの事だね」
「「!?」」
「彼女はさっき手首を捻っただろう? そのタイミングで鞘の中に滞留させている粒子が大きく動いていてね。おそらく中に複数のメモリを入れていて、刀を入れた状態で捻ると、別の能力や術技が発動するようになっているんだと思う。そうやって的を絞らせないのが目的だろう」
「………………付け加えるのなら、纏っている狂気に似た空気もハリボテだな。動きの中に確かな理性が見える。目的はおそらく、意気で押し切って相手の冷静な思考を乱す事だ」
「あ、その………………あ、あざっす!!」
そこにゼオスが加われば校内では不良のレッテルを張られている我龍とて委縮する事しかできず、慌てて頭を下げる。
「にしてもさ、あの女の人無茶苦茶…………というか無茶し過ぎじゃない?」
「どうして?」
「いくら意気で押し切るのが目的で自己再生系の力が使えるとはいえ、先端部が尖った氷柱の中に飛び込むのは凄すぎというよりやり過ぎでしょ。一歩間違えたら気絶しておしまいじゃない?」
そんな我龍と、彼の大きな体を渾身の力で叩くエラッタを尻目に、シェンジェンは未だ続いている天致勇美のターンを見ながらそう発言。
「姫様にとっては、それだけの事をする相手ってことよ」
「………………ど、どなた様?」
返答は新たに観覧席へと入って来た者によって行われたが、シェンジェンは首を捻った。
なにせその人物には見覚えがない。
顔の至る所に深い皺を刻み、年齢ゆえに色素が抜けた真っ白な髪の毛をしている穏やかな目をしたその女性は、茜色の着物に袖を通しているのだが、そんな姿の人物に関してシェンジェンは覚えがなく、頭を捻って出てきたのは花魁のような派手な着物に身を包んだ鬼人族の長の姿で、
「お久しぶりです鉄子さん。貴方も来ていたんですね」
「雷膳も来てるわよ。あの子はあっちと合流したけどね」
口にするよりも早くレオンがその正体を指摘。
「ちょっと前に息子にね『いい加減年齢相応の立ち振る舞いをしろ』って言われちゃってね。それ以来本来の姿なの」
「そ、そうなんですね。なるほど童子さんが………………いえそれより『それだけの事をする相手』ってどういうことですか?」
目を丸くしたシェンジェンは彼女の言葉を聞き納得すると、気になるところを指摘。
すると彼女は語り出すのだ。
「ヌーベ君はね、初めて姫様に土の味を覚えさせた子でね。それ以来ずっとリベンジの機会を狙ってて、今回ついにそれが叶ったという事よ」
園内で戦う二人の闘士。
そこに秘められた因縁を。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
続く戦い。天致勇美による攻勢ターンと、その戦術の解析回です。
本編で語れきれなかった部分をちょっと付け加えておきますと、彼女は久々に出た土属性使い。しかもただの肉体強化ではなく砂を中心に使うタイプです。
そこに本編で語った通り色々なメモリを付け加えているので、本編に登場した学生の中ではトップクラスに器用と言えるでしょう。
そんな彼女の過去。更に言えばヌーベに関する情報は次で。
それではまた次回、ぜひご覧ください




