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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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深雪の地 ムスリム


「ここがムスリム……って寒!」

「うー、ここ来るのなら防寒具が欲しいわ。死ぬ」


 黒い渦を潜り抜けた蒼野達の目に入ったのは見渡す限りの銀世界だ。

 空からは絶え間なく雪が降り、大地を、木々を、建物を、自らの色に染めている。

 彼らが降り立ったのは人の影が見当たらない空き地で、膝まで埋まる柔らかな雪を視界に移しながら、そのあまりの寒さに体を強張らせた。


「くっそ、歩きにくいな。飛ぶか!」

「アタシもそうするわ。足が膝まで埋まる。てかマイナス五十度の中で新雪の同様の現象が起きるって、どうなってるのよムスリムは!」


 大雪原の町ムスリムは世界有数の寒冷土地だ。

 一年を通してマイナス百五十度を上回ることはない場所とされており、年から年中雪が降り地面を埋めている場所のため、徒歩や個人が所持している車での移動は推薦されておらず、町中を巡る蒸気機関車に乗っての移動が一般とされている。

また、この都市で生まれた人間は先天的に氷属性の粒子量と耐性が高く、世界各地に優秀な氷属性の使い手を輩出している。


「とりあえず移動するか。近くに駅は……って、どうした?」

「いや、そんな格好で寒くはないのかな、と」

「いやお前らじゃなくてゼオスの方だ」


 許可が下りている可能な高さでの飛行を行いながら、普段と変わらぬ姿で話をして指差す善。

 康太と優が善の指差した方角に視線を向けると、そこにいたのは紫紺の炎を全身に纏い巨大な火の玉と化したゼオスの姿だ。


「…………」


 普段顔に張りつけている普段の無表情は崩れ、余裕のない様子で炎を纏うその姿は少々奇妙である。


「……無駄口はいい。さっさと移動するぞ」

「いやその格好じゃ蒸気機関車の中には入れねぇぞ」

「……死ぬほど嫌な事だが、入る前には解く。だから気にするな」

「ああ、炎属性のせいか」


 が、すぐに事情を理解し康太が答えを口にすると、ゼオスは何も言葉を返さず、がむしゃらに頷いた。


 耐性というのは基本的に属性粒子の種類によって向き不向きがある。

 得意属性の耐性は基本的に高く、苦手な属性の場合は基本的に低い。

 ゼオスを例にするならば火事の中はもちろんの事、マグマの中でさえ平然とした様子で動くことができるほどの炎耐性を備えているが、水の中や冷えきったに対する耐性はそれに反比例するように低く、海を泳ぐことはできず、凍えるような場所では猫のように丸くなる。


「ゼオスの野郎も死にかけなようだし、さっさと移動するか。ついて来い」


 空を飛びながら先へと進む一行。

ほんの数十秒空を飛ぶだけで全身に大量の雪が付着するが、それに耐え巨大なショッピングモールの中へ入ると、体に付着していた雪が瞬時に溶け、それまでの寒さとは無縁の世界に様変わりしていた。


「うお、今度はあったかい!」

「ムスリムは年から年中寒さに襲われる都市だからな。その寒さから逃れるために色々な施策をしてるんだ。一度部屋を暖めれば三時間は逃さないような工夫、とかな。知らなかったか?」

「オレはお前みたいに世界中の事を調べたりはしないからな。よその情報なんて全く知らん」


 ショッピングモールの中へと進んでいき一階の奥にあるエレベーターの前へ移動しながら説明する蒼野。

 そっぽを向く康太を尻目に優が下行きのボタンを押してしばらく待つと、毛皮のマフラーや日用雑貨を買いこんだ奥様達が降り、一行が中へ入る。


「なーんか俺の方を凝視されてたんだが、なぜだ?」

「その格好が原因ッスよ」

「アタシとかもちょっと薄着なのに、善さんなんて上半身ほぼ裸じゃないですか。そりゃ変な目で見られますって」


善が不思議そうに思いながらそう呟き、康太と優が反論する間にもエレベーターの扉が閉まり善が地下三階のボタンを押すと、もの音一つ立てず、エレベーターは静かに下へと降りていく。


「……出てすぐにムスリムの外周を回る蒸気機関車が出ていたはずだ。それで図書館には行ける」

「その前に近くの民宿かホテルで人数分の部屋を取っておくか。今日一日は止まることになるだろうからな。しっかし思ったよりも詳しいな。観光……ってわけじゃなさそうだな」

「……そのことについても今夜話してやる」


 ゼオスの言葉に善が説明を行い善が捕捉する中、一行は厚さ五センチはあるであろう鉄の扉の前に辿り着き、それを開いて駅構内に到着。

すぐに伝言掲示板を確認し宿泊施設が集まる場所へと移動するために都合がいい場所へと移動する蒸気機関車が5番に集まっていることを確認すると、跨線橋に昇り目的の場所に移動。

それから数分待つと頭にかぶった雪を溶かしながら真っ黒な蒸気機関車がホームに到着し、それに乗り込み移動をする。


「しっかしすげぇ防寒技術だな。いや、この場合は保温技術か。電車が現れる際に正面の扉が開いたってのに、冷たい風が一切入ってこねぇ!」


 蒸気機関車が現れた際に開いた厚い扉の事を頭に思い浮かべながら、康太が感嘆の声を上げると、蒼野が座席に腰を下ろしながらその問いに答えた。


「俺も気になったことがあるから調べたんだが、どうやら炎の属性粒子を駅構内に留め、氷の属性粒子を外に出すような仕組みになってるらしい。その仕組みのおかげで、駅構内は一定の温度が保たれてるってわけだ」

「長時間の温度調整ってことは能力の類じゃなくて科学か」

「ああ」


 様々な力を発揮する能力と比べ科学が明確に優れている点は長期的な利用を行う際の利便性だ。

 能力が永続的に効果を発揮させる場合その度に粒子を用いなければならないのに対し、科学はシステムさえ出来上がれば、それに沿った動きを延々と続けるため、粒子の使用量が削減されるという特徴を持つ。


 その事に気がついた康太が指摘すると、蒼野はそれを肯定。


「はー、こういう発明を見てるとよ、科学ってのも馬鹿にできないと思うな」

「ほんとにな。俺もいつか科学の勉強でもしてみようかね」


 康太が感心している間にも蒸気機関車は進み続け新たな駅に到着し、一行はそこで降りるとエレベータで上へ昇り、建物から出てすぐにあるホテルで、人数分の部屋を取る。


「んじゃ、図書館へ向かうか」


 少年少女の体は疲れを訴えかけているが休む暇はない。

 荷物一つない五人はホテルで休憩を取ることもなく再び地下へと降りていき蒸気機関車に乗車。

 図書館前というアナウンスが流れてきたところで立ち上がり、駅を降りた。


「ところで、何で図書館に行くんですか?」

「お前らの知りたがってた情報を知りにだ」

「……『無貌の使徒』の情報は厳重にロックされていて見れないものだ。それをどう攻略する?」


 ゼオスが不審げに尋ねるのだが、それに対し善は然程問題がないという様子で口を開いた。


「その厳重なロックをしたのは俺だからな。なんの問題もねぇよ」

「マジっすか善さん」

「ああ、マジだ」


 康太が声をあげ驚いていると一行はエレベーターに乗り地下から地上へと移動。

 図書館に入り厚手の服を着こんだ人々が散見する木材を使用し温かみのある色合いを基調とした書庫を抜け奥にある読書用の個室に移動すると、善が懐に付けていた革袋からノートパソコンを取り出し、個室についているコンセントに接続する。


「ここをこうして……こうして、こうだったな」

「善さん、これって」


 善がいくらかタイピングを行っていると次々とページが切り替わり、その末にパソコンの画面に映しだされたのは花で作られた王冠が背景のデスクトップだ。

 デスクトップの左端には七つのアイコンがあり、善はその内の一つ、上から二番目のアイコンを指定しダブルクリック。

 デスクトップを埋めるように古ぼけた本の目次が現れる。


「神教にある大図書館の最深部。持ちだし禁止書庫の検索ページだ」


 そう口にしながらも手を休めることはせず、タイピングとクリックを繰り返し、何度も現れるパスワード画面を超えていく善。


「うし、開いた」


 その末に彼が開いたページには『無貌の使徒』活動記録と書かれた茶色維表紙が映っており、その表紙を何度かクリックすると、善の体から青い粒子が溢れ、パソコンの中に侵入。


「うし、これで一冊完了だ」


 十秒ほど経ったところで粒子の吸収が収まり持ちだし許可を得ている者であると画面が認識すると、パソコンの画面が波打ち、二百ページ程をひとまとめにしたA4サイズの本が現れる。


「ほれ、誰かもっとけ」


 パソコンから出てきた本を蒼野達の方に軽く投げて再び画面を弄ると、今度は『無貌の使徒』構成員一覧と書かれた本の表紙が現れる。


「二冊目っと」


 それを康太に渡し、三冊目、四冊目と作りだした所で彼は手を止める。


「ヒュンレイの、いや『無貌の使徒』についての情報は全てその中に収められてる。それを読んで色々と知るといい」

「…………情報は必要だがそんな悠長にしている時間はあるのか? 奴の目的を考えれば、早急に手を打つべきではないのか?」


 のんびりと、さして焦った様子もなく語る善に対しゼオスがそう尋ねると、彼は腕を組んだ。


「目的か。そう言えば俺は今回あいつがこんな暴挙に出た理由を知らないんだが、なんつってた?」

「『無貌の使徒』は『境界なき軍勢』に所属するって言っていました」

「まじか」


 蒼野の短いながらも十分な説明を聞いた善が頬を掻き、困ったようにため息を漏らす。


「どうやらちんたらしてる暇はねぇな。ただ、今回の件は俺一人で何とかできる規模じゃねぇ。お前らにもある程度の対策をしてもらって、協力を頼みたい」

「協力って……」


 その後善がやれやれと言った様子で口を開くのだが、それを耳にした蒼野は唖然とした。


 今まで蒼野達が難しい、不可能と考えた依頼を善やヒュンレイが代わりに行った事は何度かあれど、その逆や協力を申し出た事は一度もなかった。


 ゆえに蒼野は善が対処できない事態に自分たちが付け入る隙があるのだろうかと疑問を浮かべるが、真剣な表情で協力を要請する善の姿を見れば断ることなどできるはずがなかった。


「わかりました。どこまで力になれるかわからないですけど、頑張ります」

「たく、善さんも人が良すぎる。んな風に改まる必要なんてねぇ。いつもみたいにオレ達に指示を出せばいい。『今回の戦いに加われ』ってな」

「そうそう。アタシ達は善さんを信用してるのよ。いつもみたいに命じてくれればいいわ。それに、アタシだってヒュンレイさんを止めたいのよ?」


 がだからといって怯むことはなく、彼らの答えは決まっていた。

 彼が口にした言葉に対し返ってくる言葉は、どれも力強い意思が込められている。


「「で、お前は?」」

「……」


 その後あらかじめ申し合わせておいたかのような三人の声が周囲に響き、その視線がゼオスへ移動。


「…………貴様の指示に従うのは、ここにいる俺からすれば当たり前の事だ。気にせず命令をしろ」


 するとゼオスは一度だけため息を吐き、いつもの無機質な声で返事を返した。


「そうか……」


 彼らの言葉を聞き、ほんの少しの間善は瞳を閉じ意思を固め、


「それなら、ギルド『ウォーグレン』の司令塔にして隊長として指示を出す。

 俺達の本部を奪い、あまつさえ世界を揺るがす一大勢力『境界なき軍勢』に加担しようとしている『無貌の使徒』を、俺たちの手で討伐する!」


 いつもと同じように、力強いはっきりとした声で宣言する。


「出発の期日は二日後の午前六時。俺とお前たちは途中で分かれて、別々の場所で戦う。それまでに各自情報を頭の中に詰め込んで、四人で大人数相手に生き残れるような戦術を考えておけ」


 その後発せられた善の指示を聞き、すかさず蒼野は手を挙げる。


「どうした?」

「えっと、今の指示で気になる点があるんですけど、今回の戦いの最終目標は討伐なのに、俺達は勝つことではなく生き残ることが目的なんですね。つまり時間を稼げばいいってことですか?」

「そうだな。今回の戦いは実質俺とヒュンレイの一騎打ちだ。連中はヒュンレイに心からの忠誠を誓ってるから、ヒュンレイが降伏すればそれに従って暴れるのを止める。お前らの戦いは、その状況に持っていくための露払いの意味合いが大きい」

「足止めで十分、ってことね」


 優の言葉に善は頷く。


「そうだ。さ、指示は出したしやることをやり始めてくれ。俺の方は俺の方で、やるべきことがあるんでな。先に退室させてもらうぞ」


 そうして立ち上がった善が個室を出て、どこに行くかも言わず去っていく。


「……………………」


 そんな善の様子を、ゼオスと康太は疑い深い視線をしながら見守っていた。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


という事で雪降る大都市ムスリムでの行動開始です。

といってもここでの行動はそこまで長くなく、ここが終われば起承転結の

『転』に当たる場面に突入です。


前もって次回に関して告げると、タイトルは『無貌の使徒 三頁目』に戻ります。


それでは、明日もよろしくお願いします

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