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拳の漢、その起源


 なぜそうまでして戦う?


 幾多の拳をぶつける中、ガルゴネシア・イドラは兵頭我龍そう問うた。

 いや正確に言うならば口には出さなかった。

 拳同士を交え先に当てようと躍起になる傍らで、念話として相手の脳にそう訴えかける。


 何がだよ?

 全身の骨が軋み、罅が奔り、折れている場所とてあるはずだ。加えて意識を保つことさえやっとだ

 ………………それが?

 なのになぜ戦う? 諦めたところで、誰も非難なぞしないはずだ


 内容は、未だ立ち上がる目前の男の戦い続ける理由。

 あと一撃拳を貰えば、間違いなく意識を失う状態で、勝ち目なんてないのになぜ戦うのか?

 歯を食いしばり、口や鼻の隙間から血を流し、諦めた方が楽なのにどうして動くのか?

 それがガルゴネシアにはわからなかったのだ。


 俺が憧れた人なら、そうするだろうからだ


 その問いに応じる我龍が思い浮かべるのは、幼少期から憧れ続けた背中。


 今は亡き自身の目標。


 ボロボロの学ランで身を包み、ワックスでガチガチに固めた髪の毛をした目つきの悪いその男は、かつて神教に所属し最高戦力の一角にまで名を連ねたが、自身の目的を叶えるためにその地位を捨てギルドに鞍替えした。

 その自由奔放な生きざまが、己の目的のために邁進する姿が、貫き続けた意地が、いつだって彼の心を焦がしていた。

 『俺もあんな生き方をしてみたい』と思わせたのだ。だからこそ


「俺は最後まで戦うんだよ」


 兵頭我龍は諦めない。自身の意識が途切れる瞬間まで、どれだけ体が悲鳴を上げようと動き続けるという思いを込め言ってのける。

 そしてその努力は確かな成果を出していた。


「イェア!?」

「しこたま殴りあってる影響だろうな。読めて来たぜ。テメェの動き!」


 己が本能に身を任せている状態のガルゴネシアは強い。これは間違いない事実だ。

 だがそれは自身の膂力に頼った面がとても強く、冷静さを主体としている場合と比較した場合、動きは大雑把で精細さが欠けていた。

 つまり常日頃から拳一つで戦い続けていた我龍にとっては、時間が経てば完璧に把握できる程度の動きであった。


「おらぁ!」


 屋内全域に聞こえるような咆哮の後、右の拳を突き出す。

 それはガルゴネシアの肘の裏を捉え、強固な鱗で守られていた腕は傷つきこそしなかったものの痺れ、普段通りの動きを発揮できなくなった。


「おらぁ!!」

「ア…………アァ………………」


 そうして目前の巨躯の動きが鈍れば、その差を更に大きなものとするべく更なる拳が撃ち出される。

 腹部に鼻先。脇腹に、新たに会得した速度に特化した拳を幾重にも撃ち込み姿勢を崩すに至る。


「おらおらおらおらおらおらぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 そうして生まれた千載一遇のチャンスに、我龍は拳の嵐を叩き込む。

 ジャブのような物からノックアウト狙いの大砲まで、様々な種類、様々な軌道のものが自身を超える巨体に刻まれていく。


「いいサンドバックだぜ怪生物!」


 固く鋭い鱗に触れている影響で拳から血が出るが構いはしない。

 不敵な笑みを浮かべながらそう告げる我龍は、当初存在していた劣勢極まりない状況を覆しかけていた。


「アァァァァァァァァァ!!」


 この状況でガルゴネシアは戦い方を変える。

 ただ拳を撃ち出すだけでなく、自身の肉体の真価を発揮する。

 刃のように鋭い鱗を散弾銃のように飛ばし、しなる鞭のような尻尾を振り回し、我龍の意気を削ぎ自身優勢に戻そうと画策する。


「効かねぇな! んなもん!」


 それ等の動きはほぼ初見であるが、死に体ながらも過去最高の集中状態に陥った我龍は完璧に対処するに至った。

 飛来する白い鱗は細かいステップを刻んで躱し、自身の体を再び拘束しようとする鞭は、虚空から発射した黒鉄色の鎖で相殺。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 そのような攻撃手段に頼った結果、わずかに手薄になった胴体に拳を当てていく。

 たった一か所に集中させ、強固な鱗の鎧に守られたガルゴネシアの内臓にまで衝撃を伝えていく。


「ェ………………!」

「………………っ!」


 その成果もあってガルゴネシアの口から苦悶の声が漏れ出るが、ここで我龍にとってもガルゴネシアにとっても想定外の事が起きる。

 彼の吐いた吐息の熱が超高熱なものであり、思わず怯んでしまったのだ。


「アァァァァァァァァァ!!」


 その隙をガルゴネシアは逃さない。

 両腕を限界まで酷使し、我龍のいる空間一帯をしこたま殴る。そしてそれを彼が両腕を交差させ防いだのを目にした瞬間、先ほどは弾かれた自身の尾を彼の胴体へ。


「これで、終わりです!」


 プールの中に渾身の力で叩きつけると追撃を仕掛けるよう飛びあがり、巨大な水しぶきの中心を見極め急速降下。

 右足を突き出し、施設全体が揺れる勢いで踏みつけた。


「そうだ。これで終わりだ!!」

「な、なに!?」


 ガルゴネシアにとって想定外な事があるとすれば、我龍の頑丈さに他ならない。

 我龍は拳を撃ち込み続け気分が高揚していくうちに万全のコンディションに近い動きを発揮できるようになっており、水中に叩きつけられた際には背中からぶつかるような事はなく両足でしっかりと着地し、急いで尻尾を解くと跳躍。

 吹き上がる水柱と共に上昇したためガルゴネシアはその姿を見失っており、気が付いた時には彼の頭頂部の真上へと移動しており、


「こいつで………………」

「メ、メメメェ~~~~」

「終わりだ!」


 彼の全身の中で最も鱗の薄い場所。すなわち頭頂部を渾身の力で殴り抜く。

 とすればガルゴネシアの落下と共に静まりかけていた水柱がもう一度あがり、


「怪生物が。手こずらせやがって」


 最後までプールサイドに立っていたのはただ一人。

 突けばそのまま崩れ落ちるのではないかと錯覚してしまう様子の兵頭我龍であり、


(急いで我龍さん! もう時間がない!)

「!」


 勝利の余韻に酔っていた彼は、けれど届いた念話を聞き思い出す。

 この戦いにおける勝利条件は対象のノックアウトではないことを。


「クソが!!」


 戦っている途中で確認したいくつかのターゲットへと向け、つい先ほど会得した鎖の投擲を行い始める我龍。


『試合終了! それでは! 結果発表と参りましょう!』


 そのおよそ十秒後、戦いの終わりを告げる声が鳴り響いた。

 


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


第二回戦終了。戦いの勝者は我龍。試合の結果は………………という感じで次回に続きます。


今回の話は我龍の内面の掘り進め。

そこにあったのは四章まで見てくださった方ならばよく知っている人物の影。

なのでもしこのさき彼がシェンジェンに己の目標を伝えた場合、すっごく気まずくなります。

『昔殺し合った』なんて言おうものなら、彼にとってかつてないガチバトルの開始です。


ついでに言うと拳系を極めようとする人らの憧れが彼なのに対し、剣系の場合マクドウェル卿。

つまりあの二人は、マジで全世界を沸かせるスター人物だったのです。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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