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咆哮のガルゴネシア


「にしてもあんな隠し玉を持っていたのに、なんで俺の時は使わなかったんですかね?」


 戦場から離れた位置にあるテント。すなわち第二高校の待機スペースで話しているのは二人の人間。

 一人は先ほど我龍と戦った刃渡東一郎で、彼は一回戦で負った傷を修復すると、腕組みをしながら隣に居る人物にそう話しかけた。


「それはおそらく、無意味だと思ったからではないでしょうか?」


 これに応えたのは緑色の髪の毛を短く切り揃えた美女で、穏やかな言葉遣いに持っていたペンを口元に持っていく所作。加えて空いた手に持っている黒色のクリップボードからして文系の秘書官といった具合である。


「無意味?」

「我龍さんから見た場合、貴方の攻撃はまるで通じていなかったじゃないですか。でしたらいつも通りの戦法でも対応可能。いえむしろ勝率が高いと考えて普段通りの戦法を使ったんだと思います」

「対するガルゴネシアの場合、手にしたデータをもとに戦術を考えていたから、その場合はデータにない戦術の方が勝率が高いってことか。納得できるが………………ちとまずいな」

「はい。とてもまずいです」


 彼らの見ているモニターの先では我龍による一方的な攻勢が続いており、チームメイトである山羊顔の青年に無数の拳が叩き込まれるが、その姿を前にして不安を募らせる。

 そしてその不安は、ガルゴネシア・イドラがプールサイドから上がった直後、現実のものとなる。


「エイァァァァァァァァァ!!!!!!!」


 彼の口からそれまでとは異なる咆哮が轟き、その姿が徐々に変化していく。

 と同時に着ていた学生服が弾け飛び真っ白で鋭利な鱗に包まれた肉体が露わとなり、次いで口から炎交じりの吐息を吐き、


「…………アレクシィさん」

「そうですね。あの方のために、一度計画を練り直す必要がありそうですね」


 その姿を目にした直後、話していた二人は思い描いていた企てがうまくいかない事を悟った。




「エイァ!」

「おいおい。さっきまでの『自分知的データキャラです』って素振りはどうしたよ。野生に帰ってるじゃねぇか!」


 大きな姿の変化に次いで起きた出来事は、先ほどまでの戦闘スタイルの放棄であった。

 体をブルブルと振って全身に張り付いていた水気をきったガルゴネシアは、手にしていた黒鉄色の錫杖を両手の膂力だけで真っ二つに。

 そのまま固い金属で構成されたそれを掌で包み込むと、必要ない事を示すよう全力でプールの中に投げ捨てるが、その際に発せられる周囲一面に解き放たれる狂気で染まった強烈な敵意に、さしもの我龍も固まり、


「こ、この!」

「あん?」

「ロクな脳みそをしてない下等生物がぁ!」


 そんな中で投げかけられた言葉に彼は呆気にとられる。

 先ほどまで纏っていた落ち着きと丁寧な空気を完全に投げ捨てた乱暴な言葉にすぐに返事ができなかった。


「獣と竜! 二つの種族の力を兼ね備えた私にぃぃ!」


 そうしている間にガルゴネシアは動く。

 全身を強張らせ己が肉体を構成している筋肉を膨れ上がらせると、先ほどの我龍とは比べ物にならないほどしっかりとしゃがみ、静止。


「何をしたァァァァァァ!!!!」


 纏っていた紫色の炎をジェット噴射の推進力として足の裏から発すると、全く間に距離を詰め我龍の顔面に白い鱗に覆われた拳をめり込ませた。


「が、あぁ!?」

「エイァァァァァァァァァ!!!!」


 攻撃はなおも終わらない。

 奥内プールの壁に叩きつけられた我龍が体を痙攣させている間に、破けた服の中から飛び出た竜とも山羊とも思えない鞭のように長い尻尾を腕の延長線上が如き様子で操り、我龍の胴体に巻き付ける。

 そのまま上下を繰り返し叩きつけると、大の大人を上回る巨躯から水とは異なる紅い液体が零れ始めた。


「アァァァァァァ!!」


 そのまま自分の側にまで引き寄せると、尻尾の拘束を解かないまま拳を連打。


「こ、こいつ! いきなりどうしちまったんだよ!?」


 交差させた腕の上からでも狂ったように殴り続けるガルゴネシアの様子に戸惑いを隠せぬ我龍であるが、端的に言ってしまえばこれは彼の『悪癖』だ。


「証明! 証明証明証明ィィィィッ!!」


 口では己を『優れた種』であると語るガルゴネシアであるが、実際には二種族の混血に関して強いコンプレックスを抱えていた。

 二つの種族のハイブリットと口にするものの、その裏で『自分はどちらにも属しきれない半端者である』という意識があったのだ。


 そしてそんな感想を回りにも抱かれていると思っていた彼は、勉強でも運動でも戦闘でも、他人より秀でようと思った。

 『人にはない要素を複数兼ね備えている自分こそが強者である』と認めさせようと考えたのだ。

 無論それは簡単な事ではなく、当然ながら格上も存在する。


 勉学において彼以上の才能を発揮するものも複数人存在し、オルレイユ全八校の生徒達で構成された個人戦ランキングにおいても彼より上は複数人存在する。

 だが優れた知恵を持つ彼は、意極残念な思いはあれどそれを認めていた。

 世の中には努力している自分を上回る存在がいるとわかっていたのだ。


「貴様のようなぁ! 不真面目な人間がぁ! 私を超えているなど夢にも思うなぁぁぁぁ!!!!」


 とはいえだ、認められない存在。つまり例外という者も存在する。

 それが素行の悪い者や真面目でない者。

 言い換えれば強くなるため、賢くなるための努力を行わない者で、彼等に敗北した瞬間、彼は意識的にも物理的にも爆発する。


 『努力せぬ者が努力する自分を超えるなどあってはならない。断じて許さない』という認識の元、対象を再起不能にしようと動き出すのだ。

 付け加えるならこの際の爆発は普段溜まっている鬱憤が大きいほど激しいものであり、今回の場合は半年分以上の鬱憤が爆発の燃料となり、我龍一人に注がれていた。


「ハァ~~~~~~………………」


 その爆発が終わりを迎えたのは五分経過したことを示すアナウンスが屋内一帯に鳴り響いたタイミングで、口から熱を伴った吐息を吐いた彼は、全身から力を抜き俯いた様子の我龍を近くにあった壁へ投擲。


「…………しまったな。頭に血が上っていたせいでこの戦いの勝利条件を忘れていた。いつの間にか戻していた繰り火を出さなければ」


 周囲一帯が我龍の体から飛び出た血痕で汚れている事など毛ほども気にしていない様子で、いやむしろ口調こそ丁寧なものに戻りつつあるものの実際には未だ極度の興奮状態であるゆえに、自身が果たさなければならない『一つの仕事』から目を背け、『もう一つの仕事』。

 すなわち勝利のために邁進する。


「イェア!?」


 そんな彼の顔面に、強烈な拳が突き刺さる。

 それは視界が極端に狭まっていた彼にとって一切考慮していなかった事態であり、衝撃は脳を揺らし、上手く受け身が取れなかった彼の体は数メートル先にあった壁に衝突した。


「壁に叩きつけてくれてありがとよ。おかげで目が覚めた。だから今のはその礼だ。遠慮せず受け取れ」


 それほどの一撃を誰が撃ち込めるかと言えば、この場においては一人だけ。

 対戦相手である兵頭我龍その人で、全身血だらけ。なおかつ息は荒く、覚束ない足取りながらも、未だ戦う意思を示すよう拳を強く握る。


「き、さまぁ!!」


 ガルゴネシアは噴火した火山を背負っているかのような怒気を発しながらその姿を睨み、


「俺を放置して的に夢中とはいいごお気楽だな。獣と竜の混ざりものじゃ、人間様のような高尚な脳みそは持ち合わせていねぇのか?」


 発せられた煽りを聞いた瞬間、彼の脳の奥でプッツリと理性の糸が切れた。


「殺しはダメ。それは常識だ。だが四肢粉砕に大切な大切な内臓が存在しない下半身を潰すくらいなら許されるだろう」


 怒りが臨界点を突破したというのは、まさに今の彼のような状態の事を言うのだろう。

 強烈な怒気。吐き出される息の熱はなおも高温、羅列される言葉は物騒だ。

 だがその声色は穏やかな日差しを連想させる温かなもので、顔には菩薩を連想させる笑みを浮かべており、


「御託はいいんだよ。さっさとやるぞ」


 応じる我龍の言葉は最低限。

 つまり彼の身が既に限界を迎えていることを示しているのだが、なおも彼の口からは負けん気の塊のような言葉が吐き出され、


「「!!!!」」


 示し合わすことなど無論していない。

 けれど阿吽の呼吸を思わせるような勢いで二人は動き出し、全く同じ大ぶりな動作で相手へと向け殴り出した。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


第二回戦中編。ガルゴネシア君の胸中に関して。

わりとあるあるな妬みや恨みではないかと思ったりします。


そしsてお互いの活躍や新たな力の発揮部分が終わって戦いは佳境へ。

次回、第二回戦終了。


それではまた次回、ぜひご覧ください!


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