兵頭我龍の新兵器
「メェ~~~~~~!!」
「あぁ? 何やってんだお前!?」
我龍が臨戦態勢に移った直後、彼の目前にいた竜と獣のハイブリット。フサフサの毛でおおわれた山羊の頭に、真っ黒な学生服の節々から真っ白な鱗が見える第二高校の代表選手。
ガルゴネシア・イドラの体が爆発する。
それは一目見るだけならば完全に自滅にしか見えない行為であるが、何を示すものであるかはすぐにわかった。
「いや…………違うな」
爆発と同時に飛び散った十数個の紫色の炎が落下せずに虚空に浮かぶと、何らかの指示を下された事がわかるように動き出し、フィールドである屋内プール内を周遊。かと思えばあらゆる方向に飛び散り、置いてあるポイント源である魚型のオブジェを燃やし始めた。
「面倒なことしやがる!」
「言ったはずだ! お前は! 『ポイントで大差』を付けた上で! 『無様な姿を晒す』形で敗北させてやるとなぁ!」
「うぉ!?」
目前に控える奇妙な生物の意図がどのようなものか把握すると同時に動き出す我龍だが、ガルゴネシアはそれを許さない。
紫色の炎の爆発と同時に生成した黒鉄の錫杖の先端を自身から視線を逸らした巨体の背中に叩き込み、我龍の背後にあるプールの中へと叩き落とす。
「もう一度行ってやるが、私はお前の事はよく知っている。その強さが己が肉体を頼りとしたところが大きい事も、防御など一切せず相手へと迫っていくノーガード戦法を得意としている事も知っている、もちろん使用している希少能力の範囲が既に解き放たれた能力には効果がない事もわかっている。加えて金槌とまではいかずとも、泳ぐことが不得手な事とて把握している。もちろんお前の性格からして、水中で空気を作り続けて潜伏するなどという事が無理な事も――――」
上へと昇ってこない我龍に対し、聞こえない事をわかった上でツラツラと甲高い声で語り続けるガルゴネシアだが、それは途中で遮られる。
「………………っ!」
鋭い瞳をした我龍が足元に敷いている地面を叩いた際に起こした衝撃波。
これによって二人のいた五百メートルプールの水が火山の噴火のように吹き上がったからである。
「その杜撰な反撃とて把握しているのだー!!」
そのまま飛び出て殴りかかろうとする我龍だが、その動きをガルゴネシアは予期しており、
「メェ~~~~!」
(ふざけた声と格好してるくせにやりやがる!)
身をよじり綺麗に躱すと、手にした錫杖で背中を叩き再び我龍を同じ場所へ。
屋内プール全域にかけられている術式により建物の損壊が修復され水が新しく満たされると、彼の巨体は再び水中に沈んだ。
『一分経過。ポイントマーカを追加します」
このタイミングで無機質な伝言アナウンスが鳴り響き、ガルゴネシアが放った紫色の炎がそちらへと移動。ものの数秒で大半を燃やしていき、屋内プールの中に設置されている普段は映画などを映すための大画面に、彼が取得したポイントが二十三点を超える事が表示される。
「………………む」
かと思えばこれまで一点も入っていなかった我龍側に初めてポイントが刻まれ、彼は『プールの中にあったのか』などと想像するが、その思考を遮るように誰が撃ち出した者か一目でわかる鎖がプールから飛び出してきた。
「効かん!」
とはいえその速度はさしたるものではなく、ガルゴネシアは余裕の様子でそれを手にしている黒鉄色の錫杖で弾き、この時点で気づいた。
「上にあがっていたか。それでどうするつもりかね? 君の持つあらゆる力に関して、私は調べ尽くしている。すなわち勝ち目などまるでないんだぞ?」
水中に沈んでいた我龍が、先ほどのように飛び出すのではなく、こっそりと自分から離れた場所にあがっていたことを。
さらに言えば疲労のほどは肩で息する様子からすぐに把握できるほどで、その様子を見た二種族のハーフである青年は、表情にこそ出さなかったが、内心では自身の勝利を確信した。
「俺に関するデータは叩き込んでるつったな。ならよ。こいつはどうだ?」
確信に陰りが入ったのは直後の事。我龍が見せた事もない挙動を始めた故に。
「………………ファイティングポーズだと?」
構えなど一つもなく、ただ前に突き進んで、敵を圧倒的な暴力で駆逐する事を是とする彼が、腰を軽く落とし、握り拳を作ると右腕は顔を隠すような位置に。左腕を脇腹を隠すように移動させた。
「喜べ怪生物。クソ生意気な後輩用に会得した新兵器の練習台にしてやる」
これがボクシングの構えであることは頭がよく知識量に優れているガルゴネシアとてすぐにわかる。
軽いステップを踏み続ける様子からも断言できる。
(放置は危険か)
問題なのは、その姿勢を取り始めた瞬間から、我龍の呼吸が落ち着き始めている事。
つまり疲労さえ忘れるほどの集中力を発揮しているという事で、その状態を崩したいと考えた彼は、今現在現れている全てのポイントを破壊した紫色の炎に新たな指示を付与。
様々な方向から、自身の標的である巨体の逃げ場を奪うようジリジリと距離を詰めるよう動かす。
「早い!」
彼にとって最大の誤算は、その姿勢で動き出した我龍の速度。
これまで相手を委縮させるためにわざとゆっくりとした足取りで迫っていた彼は、此度の戦いで新たな顔を晒す。
音を超え、稲妻を連想させる軌道と速度で迫ると、予想だにしていなかった展開を前に硬直しているガルゴネシアへと右拳を発射。
無駄な動作などまるでない。最短距離をまっすぐ突き進んだそれは驚異的な物であるが、優れた血統を持つガルゴネシアならばギリギリ反応できる速度で、手にしていた黒鉄色の錫杖で明後日の方角へと弾き安堵するよう息を吐くが、それだけでは足りない。
「うぼぉあ!?」
彼が反撃の一手を撃ち込むより早く左拳が発射され、黒い学生服の下に隠れた腹部に直撃。
ガルゴネシアは苦悶の声を上げながら体を痙攣させ、四角い瞳で我龍を凝視するが、そんな時間も長くは続かない。
「追加だ。よーく味わえ怪生物!!」
「メェ~~~~~~~~!?」
弾かれた右腕は既に次弾を発射させる準備が終わっており、左腕に関しても同様だ。
ゆえに最短最速の拳は幾度となく目標の肉を骨を内臓を捩じり、勝敗を決するために繰り出されたアッパーはしっかりと山羊顔の顎を捉え、ガルゴネシアは勢いよく天井へ。
かと思えば頭部が突き刺さらなかったゆえに真下のプールへと落ちていき、大きな水しぶきが戦場を埋めた。
「業腹だが、あのピンク色の親父に感謝すべきなんだろうな」
彼が今のような戦闘スタイル。
一撃必殺といっても遜色ない剛の拳ではなく速の拳を撃ち込んでいくスタイルを得たのは、夏休み前の出来事。
風の神の一角おやじ型との戦いがきっかけだ。
その戦いの際、彼は自身の撃ち出した攻撃全てを単純な膂力差により跳ね返され、思わず愕然とした。
『さてどうする少年。このまま通用しない攻撃を続けるか?』
『っ!』
『今のスタイルには相応のこだわりがあるようだがの、ひとたび戦場に出てそれを続けた結果、今のように真正面から負けた場合どうする? その誇りとやらを守るためだけに死んでしまうつもりか?』
『そりゃ………………』
そのまま攻められれば彼は何の抵抗も出来ず敗北する運命であったが、未来ある若者が大好きなおやじ型はそうしない。
腕を組んだままガルゴネシアとは違う『言葉にあった厳かな声』でそう尋ねかけると、我龍も即座に反論する事はなく、そんな彼におやじ型は新たな道を師事。
結果、おやじ型の体に設置されていた的を複数壊すに至ったのだ。
「使用者が意識を失ってもあの紫色の炎は消えねぇのか。ならそろそろ動かなけりゃまずいな」
三分を過ぎた事を示す伝言アナウンスが鳴り響き、我龍の意識が過去の回想から現在の問題に移行。
その意識は新たに出現したターゲットに注がれるが、長くは続かない。
「メェ~~~~………………」
「あんだけ叩き込めば仕留められたと思ったんだがな。思ったよりもかなり頑丈だなお前」
顔を覆うフサフサの羊毛と着ている黒の学生服を水浸しにしたガルゴネシア・イドラが立ち塞がったゆえに。
「メェェェェェェェェェェ………………エェェェェ………………」
とはいえ我龍は焦らない。
先ほどの接触で自身の新たな力が十二分に通用した事を知っているゆえだ。
「あ?」
しかしである。その意識が即座に変わる。
自身の肌を突き刺す敵意が先ほどまでと異なる物になった事を理解したからで、
「エ・エ・エエエエエエェェ………………エイァァァァァァァァァ!!!!!!!」
「っ!」
再びガルゴネシア・イドラを中心とする爆発が起きた瞬間、状況は急変する。
彼の全身を包んでいた学生服が弾け飛び、体の至る所にあった白い鱗の範囲が急速に広がっていく。
そして最も山羊らしさを表現していた四角い瞳孔が縦に割れ、彼は隠していたその本性をさらけ出すのだ。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
第二回戦前半。我龍君の成長回。
やってること自体はそこまで新鮮なものでない自覚はあるのですが、それまでノーガードの前進野郎がこういうのやるのって楽しいですよね。少なくとも作者は好きです。
次回は後半戦。
我龍君に怪生物と言われ、地の文でも色々な表現をされてる珍獣ガルゴネシア君のブチギレフェーズ。
さてどうなるのでしょうか
それではまた次回、ぜひご覧ください!




