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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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無貌の使徒 二頁目


「は、原口善!」

「善さん!」


 予想だにしない男の登場に場の空気が揺れる。放たれる無言の怒気に後ずさり、『無貌の使徒』が構築した陣形が崩れかける。


「馬鹿者共が! 何を恐れている!!」


 その流れを咆哮の如き叫びで断ち切ったのは猿の仮面を被った大男だ。


「この時の、この時のために我々は集まったはずだ! あの日の雪辱を返すチャンスを求め! 我らは再び集った! 今! ここで! それを成しえず何とする!!!」


 人を包みこめるほどの拳を強く握り、力の限りといった様子で声をあげる巨体。

 その叫びに場の空気がこれまで以上に重みを増し、蒼野達を捉えるために編成された彼らの意思が、これまで以上に強固に変化。

 ただの敵意で周りの木が軋み、大地にヒビが生える。


「あ、ああぁぁぁぁ」


 それを見て蒼野の顔が徐々に青くなり汗が噴き出る。


 ふと思ってしまうのだ。


 善さんは強い。だがそれは個としての実力だ。


 一人一人は抜きんでた実力ではないとしても、これだけの数を相手にした場合、もしかしたら負けてしまうのではないのか、と。


「心配すんな、蒼野」


 そんないつぞやと同じような不安を抱いた蒼野の頭を、いつぞやと同じように善が撫でる。


「前にも言ったけどよ」


 それだけで彼の耳を占領していた木が軋む音が聞こえなくなる。


「俺は負けねぇよ」


 短い、しかし確かな自信がある言葉。

 それを聞くだけで、蒼野の顔色が元に戻り、滝のように流れていた汗もすっと引いていく。


「おめぇらの気持ちはよく分かった。だがそりゃ次の機会にとっておけ。今は気分が悪くてな。加減が難しい」

「戯言を!」


 吐き捨てるように言いきる猿の仮面を被った巨体。


「俺からおめぇらに伝えるのは警告だけだ。無駄な抵抗はよせ。俺達が移動するのを指をくわえて見ていろ」


 そう口にしながら善が蒼野達を縛っていた長髪碧眼の女性を指差すと、彼女は苦い表情をして一歩後退した。


「下らん下らん下らん!! 貴様はここで地を這う事になるのだ、貴様の提案など意味を成さぬ!」

「そうかい、そりゃ残念」


 それに対する猿の仮面を被った男の返事を聞き、善は咥えていた花火の炎を握り潰し、大地を蹴る。

 それだけで大地は粉々に砕け宙を舞い、それまでの比較的穏やかな表情ではない、激情が一目で見て取れる荒々しい表情が男の顔に浮かびあがった。


「ならま、実力行使だ。無理矢理でも通らせてもらうぞ!」

「行くぞ!」


 対する『無貌の使徒』は男の一喝に続き、二十人以上が一斉に行動。

 各々の得意な武器や能力を発動する準備を行い、目には強い意志を込め、力の全てを出しきるために叫び声を上げていく。


「え?」


 その内の一人、天狗の仮面を被った女性が不意に重い衝撃を感じたのはそんな時であった。

 突如訪れた衝撃を不審に思い自らの体を眺めてみると、心臓のあった場所に大きな空洞ができている。

 信じられない気持ちで前を見れば向かう先にいる男の腕は真っ赤に染まり、彼の周囲には自らのだけでなく、戦う事を決意した者達全員の心臓が握られていた。


「が、ふぁ!?」


 それを認識した瞬間、強烈な嘔吐感が彼女に襲い掛かり、耐えきれず血を吐きだし湿った地面に片膝を着く。


 すると脳に行くはずの酸素がうまく送られず思考がぼやけていく。

 鋼の如く固めた決意が失われていき、。全身が震える。

 そうして思い浮かべる言葉はただ一つ。


こんな化け物に、挑むべきじゃなかった


 コングマンの叱咤に軽々に乗り、無駄な勇み足を踏んだ自分に対する後悔の言葉であった。


「いやだ…………死にたくない」


 彼女は、ただ仕えるべき主の望みを叶えられればそれだけでよかったのだ。

 こんな結末など、望んではいなかったのだ。

 そんな彼女は後悔を抱きながら、そう口にして、明かりの届かぬ夜の闇にその身を預けた。




「大層な殺気をぶつけてくれたからな。ま、その意趣返しだ」


 地面に倒れ白目を向く面々を眺め善が口にする。

 その手は血に染まっていなければ、崩れ落ちる彼らの体に傷がついた様子もなく、蒼野達には何が起きたのかすぐには理解できなかった。


「ぜ、善さん。これって?」


 ゆえに蒼野が素直に疑問を口にすると、それに気がついた善が振り返り、指先で輪を作りながら説明。


「ある程度の指向性を持たせて、俺の本気の殺気を放った。俗に言う気当たりだ」


 善はさも簡単そうにそう口にするがその効果は絶大だ。

 向かって来ていた面々に加え、隠れていた面々が泡を吹いて気絶している。

 拳を振るう事なく、両者大した傷もなく勝負を終わらせるその技量に蒼野に限らず康太やゼオスからも感嘆の声が漏れるが、


「原口善!」


 その時、彼らの安堵を突き破るような怒声が、森に響きわたる。


「善さん!」

「ま、それでも所詮は気当たりだ。耐えきれるだけの胆力があれば、問題なく動ける」


 みると唯一善の気当たりに耐えきったコングマンが拳を掲げており、蒼野達のいる方に頭を向けていた善へと向け、渾身の力で振り下ろす。


「え?」


 その瞬間、善の左手が消え、攻勢に出ていたはずのコングマンの体が後退。

 わけもわからず唖然とした声を発するコングマンであるが、直後に訪れるのは、大地を揺らす程の大きな衝撃。


「ぐ、おぉ!?」


 目視できぬ速度で殴られた事に気が付いたところで、彼の巨漢は数メートル程吹き飛んでいたのだが、それでも彼は空中で体勢を整え地面に着地。


「ふ、はは」


 その事実にコングマンが笑う。


「見たか原口善。この進歩を! あの日、止められなかった一撃を耐え切った我が姿を!」


 過去を思い浮かべ、その日味わった屈辱を超えたと誇るコングマン。


「一撃だけか?」

「なにぃ?」


 その瞬間、原口善の姿は自身の目の前に移動していた。


「ば、馬鹿な!?」


 気が付いた時には彼の体に雪崩のような衝撃は奔り、二メートルの巨体が宙に浮く。

 ほんの一瞬の間、言葉と言葉の間に交差し放たれた百を超える拳が、コングマンの体を抉り続けていたのだ。


「き、貴様、一瞬でどれだけの」

「それがわかんねぇうちは、俺に勝つのは無理だな」


 木々を突き破り、点になるほど小さくなったところで崖に衝突する巨体。

 その体が再び立ち上がってくる事はなかった。


「さて」

「あ…………」


 ほんの十数秒の間、蒼野達は夢を見たかのような感覚であった。

 四人が追いこまれるほどの実力と人数を相手に、一人を除き全員を気当たりだけで沈め、残る1人も大差で勝利したその姿に対し、彼らは言葉を発する事すらできない。


「遅くなって悪かったな。ちと仕事が長引いてよ」


 そんな空気を払拭かの如く、普段と変わらぬ様子で花火を咥え火をつける善の姿を見て、回りの空気が弛緩していく事がわかる。


「っと!」


 緊張が解けてしまえば体の力も抜けてしまう。

 ゼオスと優は離れしていたため一度大きく息を吐くのみだったが、蒼野は意識を手放しかけ、康太が尻もちをつく。


「おいおい、大丈夫かよ」


 意識を手放しかけた蒼野を優が支え、尻もちをついた康太の元に善が行き手を差し出す。


「教えてくれ善さん」

「ん?」

「ヒュンレイさんはいったいどんな人生を歩んできたんだ。『無貌の使徒』はいったいどれだけの規模の組織なんだ。人数はどれくらいで、どんな奴らが所属してるんだ」


 そうして安全になった後で康太の口から出るのは、聞くことができなかった数多の質問。


「…………俺達はヒュンレイさんを信じていいのか」


 その最後を締めくくる弱弱しい発言を聞き善は目を細め、


「そうだな。知りたいことがいっぱいあるよな」


 彼は決心する。


「わかったよ。優、インスタントホームは無事か」

「ええ無事よ」

「少し距離を取ろう。ゼオス、お前が空間移動できる範囲で図書館のある場所はあるか?」

「……ある程度の規模を求め、なおかつ神教内ならば『コルク』か『ムスリム』だな」

「…………『ムスリム』か」


 ゼオスの口にした言葉に懐かしい名を聞いたと考える善。


「『ムスリム』が選択肢にあるならそこに限る。時期が時期だからちっと寒いかもしれんが、そこは我慢してくれ。ゼオス」

「承知した」


 ゼオスが黒い渦を展開し、少年少女が中に入って行く。その場所の大きな意味も知らずに先へ先へと進んでいく。





ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


というわけで善と合流、そして新たな町への移動となります。

話を広げる起承転結の『承』の部分はもうちょっとだけ続きます。


よろしくお願いします。


それと、たぶん近日中に本編とは何の関係もない短編を一話投稿するので、そちらもよければぜひ


それでは、また明日もよろしくお願いします

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