新世界日常記 七頁目
厄介な存在が一人から二人になった。
それは1という数字が2に変化したというわかりやすいもので、100や1000という数字と比べればあまりにも微々たる変化であった。
「邪魔だなぁキミ!」
「十属性が一つ。風を司る大神にそんな評価を貰えるとは。私の力も捨てたものじゃないな」
がしかしである、こと戦場に限った話であれば、この変化は凄まじく大きい。
たった一人に意識を集中させていれば万事解決という状況から、別々に動き回る二つの影に意識を注がなければならない状況に変化したのは言葉以上に大きな意味があった。
「あぶないわ! とってもあぶないわ!」
「っ!」
加えて今回の場合、加わった戦力の質がかなり良い。
正直なところ妖精に似た二体の風神は、小馬鹿にするためとはいえ反撃を封印している現状では、シェンジェン一人を相手にするだけでも中々に苦労していた。
『しっかりと意識を注げば負けはしないが、片手間で相手にしようとすると勝てない』程度の戦力差であったのだ。
この状態で加わった戦力がシェンジェン並、いやそれ以上の物であるとなれば、それまで抱いていた余裕が崩れるのはさしておかしな話でもない。
「クソッ! 下からバカスカと無意味な攻撃を!」
これに加え更に少年型を苛立たせるのは、自身の真下から降り注ぐ攻撃の雨で、それらは彼を傷つけるような事はなくとも意識を僅かに下に逸らしていた。
つまり本命である二人へと割かれるはずであった意識を奪う役割をしっかりと果たしており、
「ッ!」
「ひ、ひぃ怖い!?」
鋼属性を固めた光球が自身の下半身を吹き飛ばした直後、彼の意識が真下へ移動。
射手である肥え太った少年に対し苛立たしげな空気を飛ばし縮こませるのだが、それはあまりにも大きな『隙』である。
「いただく!」
意識が自分から逸れたのを把握したヌーベが迫る。
下から撃ちだされる攻撃の嵐などものともせず、その腕を少年型へと伸ばしていく。
当然ながら掌には彼を仕留めるにたる封印術が展開されており、
「危ないわ!」
「!」
接触まで間一髪というところで、少女型が間に入り難を逃れる。
しかしそれは見方を変えれば彼女が犠牲になったという意味でもあり、自身と同じ背丈をした者が氷結晶に包まれ意識を失う姿を目にして、相棒である風神の意識は変化。
「――――――!!」
「む!」
「僕の煽りも無視して実力行使に出るか………………こっからはアッチも手加減無しの全力。その実力を存分に発揮してくるはずだ。無事に明日の朝日を拝むために死力を尽くそう生徒会長」
「生徒からのお願いを安請け合いするのは止める事にするよ。その結果が命がけの戦いなんて馬鹿げてるからね」
煽りを受けやめていた風属性の行使を、この段階に至り使用する事を決意。
風の神たる証にいて至高の一。
『クレマチス』の名を冠する風が、空高くへと昇っていく桃色の肉体を持つ神の身を包み、
「クレマチス・エアロ!」
「総員回避ー!」
掲げられた腕の先に形成された『超圧縮された風属性粒子』を見た瞬間、シェンジェンが声を上げる。
技の正体はわからない。
けれど危険度だけは明確に伝わって来た事で、自身の背後にいる生徒達を避難させる道を選んだのだ。
「全部! 吹き飛ばす!」
当の本人はと言えば逃げずにその場で静止。
少年型が球体を完成させ真下へと落下させてきたタイミングを完璧に把握し、それを押し返すように風の大砲を撃ち出すが、思うような結果にはならない。
「ボム!」
風の大砲が球体に接触した瞬間、超圧縮されていた風属性粒子が半径一キロ圏内を席巻。
地上にまでは届かなかったゆえにシェンジェンが勧誘した生徒達に怪我人は出なかったが、範囲内にいたシェンジェンは勢いに押し負け、瞬時に形成した氷の壁ごと校舎の壁へと叩きつけられた。
「なんだかんだ言ってもさぁ!」
「ッ!」
「結局のところ厄介なのは二人だけなんダ。その二人さえ仕留めちゃえば終わりだよネェ!」
風神の猛攻は止まらない。
もはや力の行使をすることに対し躊躇しなくなった少年は、続けて自身の右足に風属性粒子を集中。
クレマチス・エアロ・シックル
対象を両断する風の鎌が、校舎の壁に埋まりかけていたシェンジェンへと飛来する。
「いいのかよ。僕の意識を奪ったら、繋がりが消えて強制退去だよ?」
「召喚者様の情けないやられ顔が見れるんだ。それで勘弁してやるヨ!」
「性格悪いなぁ!」
これを躱したシェンジェンであるが、気づいた時には背後を奪われており、振り返ると同時に接近戦を開始。
小さな手足を補うように風の神の両手と両足には高速回転する竜巻が装着されており、一手間違うごとにシェンジェンの皮膚は切り裂かれ、血肉が飛び散った。
「けどまぁ、やっぱりまだ現世を満喫したい気持ちもあるからさぁ、できるんならもう一人の子の意識を奪った方が都合がいいんだよネ」
「!」
「危ない!」
ここで援軍として現れたのはシェンジェンが頼った最大の援軍。
すなわち生徒会長ヌーベ・レイであるのだが、その動きを読み切っていた少年型はすかさず方向転換し、風属性粒子を掌に集中。
「クレマチス・エアロ・スピア!」
撃ち込んだ風の突撃槍はヌーベが咄嗟に展開した氷と木の守りを易々と貫き、その奥にいる本隊の脇腹を深々と抉った。
そしてその結果として彼は力なく地上へと落下していき、
「見せろぉ! 敗北者の無様な顔ヲォ!」
その際に浮かべる表情を見たいがために、邪魔者を仕留め勝利を確信した少年型はヌーベに接近。
「わぶ!?」
しかし途中で行く手を分厚い鋼鉄の壁で防がれると、ダメージは受けないものの通り抜けるような事はできない彼は静止。
「そこだ!」
「ウ、ワァ!!」
その一瞬を逃さなかったシェンジェンが風の大砲を押し当てれば、彼の小さな体は鋼鉄の板ごと先ほどまでシェンジェンが埋まっていた校舎の壁にぶつかり、
「ぜーんぜん! 痛くないよーダ!」
「………………片方落として油断したな」
「え?」
「そのせいで君は負けるんだ」
舌を出しながら小馬鹿にする中、彼は引き寄せられる。
校舎から飛び出てきた細長いチューブ。すなわちイレが短時間で作り上げた巨大な掃除機のホースに、風で形成された彼の軽すぎる体は飲み込まれ、
「う、ワァ!?」
何が起きているかわからず困惑する中、ダストボックスにまで到達。
隙間が一切ない狭い空間は彼が抜け出す余裕がなく、『ならば突き破るまで』と考え風属性粒子を練り始めるが――――遅かった。
ダストボックスの中に仕掛けられていた必勝の仕掛け。
科学の発展により構築された技術。
粒子さえ注いでおけば好きなタイミングで内蔵していた能力や術技を発動できる『メモリ』が、高度な封印術を瞬く間に展開し、少年は何らかの不平不満を言う暇なくその中へ。
「厄介なのは僕と生徒会長だけ。そんな風な甘い思考だから足元を掬われるんだよ………………まぁクソガキに何言っても効果なんてないんだろうけどねぇ!」
勝利したことを察すると、シェンジェンは最高に意地の悪い笑みを浮かべそう断言した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
VSクレマチスは無事終了。コンパクトにまとめるつもりだったので上手くいって良かったです。
勝因に関してはシェンジェンが語った通りですが、やはり封印意外に勝ち目がなかったので、そういう意味では属性神の面目を保てたのではないかとも思います。
次回はシェンジェン超すっきり回という名の後始末回。
そして山あり谷ありの夏休みへと向かいます。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




