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新たなる敵 四頁目


 繰り出された一万近くの斬撃は間違いなく全てシュバルツの体に注ぎ込まれた。

 これにより生じた衝撃は爆心地であるシュバルツ付近の草木を大きく揺らし、地面に敷かれている砂利は巻き上げられ、周囲一帯を包むように砂煙が立ち込めた。


「………………なぜだ」


 しばらくしてそれが止み元の景色が戻った時、声をあげたのはシュバルツを囲んでいた三人のうちの一人。やや低い女性の声で、困惑していることが誰でもはっきりわかるような声をあげた。


「我々は間違いなく貴方の体に、完璧に同じタイミングで一万にものぼる斬撃を叩き込んだ。その証拠に物体にぶつかった感触だってあったのだ。だというのになぜ原型を保っている? 全方位から完璧に同じタイミングで繰り出された万の斬撃を受けなぜ無傷なんだ!?」


 理由はまさしく、今しがた彼女が早口でまくし立てた通り。

 確実に血肉を切り裂けるだけの猛攻を受けたはずの巨大な的が、怪我一つどころか服を一切汚していない状態で姿を表し、戦闘開始直前から変わらぬ様子で声のした方向に顔を向けたからだ。


「完璧に同じタイミングとは言うが、細かく見ていけばノミ一匹分くらいのずれが散らばっていたからね。その事実さえ見極めれば、あとは近いのから順に対処するだけさ」

「なっ!?」

「当たるまでの間に五十センチくらい隙間があったからな。それだけの隙間があれば一万くらいならなんとかなる」


 続けて語られた内容を聞き、声を荒げた者が息を呑んだ。次いで理解した。

 『目の前にいる存在は次元が違う』と。

 『これまで戦ってきた誰よりも強い』と。


「まぁ今の攻撃の仕組みに関しては色々と学ぶところがありそうなんだが………………まだ戦うかね? 今の衝突で趨勢は覆せないところまで来たように思えるが?」


 その胸中の変化を察し、シュバルツが自身の目前に立つ存在。

 三人の中で最も練り上げられた戦意を持つ者に話しかける。

 とすると受けた存在は肩を上下に揺らした顔と思えば数秒ほど無言を貫き、


「アイ、サヤ。私に付き合うのはここまででいい。これからは己が領分を存分に発揮するんだ」


 その末に厳かな声でそう告げる。

 ここからが本番であると。


「…………は………………ハッ!」

「わかりましたぁ!」


 とすると呆気に取られていた女性の声はしばしの時を経て戦意を取り戻し、もう一つのかわいらしさが強調された女性の声は、緊張からか呂律が回りきっていなかった。

 とはいえその状態でも、二人は己が本領を発揮する事ができるだけの実力を持っていた。


「ハァ!」

「練気をそんな形で纏うか。面白いな!」


 やや低い声をした黒豹の仮面を被った女性は、雑草生い茂る地面に手をついたかと思えば体全体を低くし、四足歩行の獣の如き姿勢に移行。

 直後に乾坤一擲の声をあげればそれに呼応するように赤色交じりの紫色の練気が全身から溢れ出し、全身を包むように広がって行ったかと思えばネコ科の大型獣。それこそ顔に付けている仮面と同じ豹に似た形の練気で身を包むに至る。


「よし! お相手しよう!」


 その姿を前にしてシュバルツが高揚した声をあげた直後、彼の視界が映す景色が変わる。

 下手人は己が本領を発揮した女性で、音どころか雷さえ置き去りにした速度の突進が彼の体に突き刺さり、離れることなく二人はシュバルツの背後にある湖畔へと直進。


「これは………………中々に豪快だな!」


 彼等は海の中に沈むようなことはなく、『自分らのいる場所は全て地面である』とでも言うように水上を駆け続ける。


「!」


 このタイミングで自分に向け注がれる敵意に気づきシュバルツが頭をあげれば、そこには無数の護符を己を囲うように展開した黒衣に黒豹の仮面を着込んだ刺客の姿があり、その内の数枚がシュバルツに急速接近。


「ノア殿と同じ類か! 便利でいいよな!」


 目標の場所にまで到達すると端の部分から勢いよく燃えていき、跡形もなく消え去ったと同時に複雑な模様の魔法陣が出現。

 噴き出た火山弾や風の刃をシュバルツは左手一本で対処。同時に自身へと張り付いている猛獣を連想させる勢いの刺客の胴体を右手で掴むと真上へと放り投げ、


「いただく!」

「いいタイミングだ!」


 右脇腹ががら空きになったその瞬間を狙うように、音と気配を消した最後の一人が、持っていた白銀の刃を躍らせ弧を描く。

 とはいえシュバルツがこれに当たることはない。

 ガーディア・ガルフの打倒を目指していた彼は微塵も動揺せず屈んで躱すのだが、それは攻め込んできた三人の刺客にとって都合がよい展開であった。


「――――――!!」

「もう一度来るか! いいぞ! 何度でも相手になってやる!」


 足を止め、向かえ撃つ心づもりを口に出すシュバルツ。

 それを前にして豹の形を模した赤と紫の混じった練気が再び突進するが、


「これは?」


 彼はすぐに気が付いた。


 本体が中にいないと。


「アァッ!!」

「おぉう!?」


 ではどこにいるのかと考えれば、答えはすぐにやって来た。

 隕石や彗星の如き勢いで一対の影が上空から落下し、水上で佇んでいたシュバルツの全身に衝突。

 彼を水中へと引きずり込んだ。


「い、行きます!」

「頼む!」


 その様子を最後まで見届けるよりも早く無数の護符は動きだしており、水中へと移動。


「巻き付いて! 凍れ!」


 湖畔の水全てを活用した巨大な渦が形成され始めたかと思えば、天上へと昇っていく水柱へと変化。

 かと思えばカチカチに凍り付き、


「――――私は」


 その光景を見届けた最後の一影が語り出す。

 柱のど真ん中に立つ、目指し続けた『果て』へと視線を注ぐ。


「『剛』の剣を極めました。『俊』の粋にも至りました。『数』だって人の練れる限界まで鍛えました」


 続いて湖畔の上で腰を下ろすと鞘にしまった刀に触れ、一歩前に踏み出す足運びには淀みなどまるでなく、彼の心の内を示すように、湖畔に小さな波紋が一度だけ浮かぶ。


「ですから、腕を増やしました」


 直後に彼の側に現れたのは、練気で作り上げた無数の腕。そして鞘に閉じ込められた手にしている者と同じ無数の刀で、


「居合! 無尽平!」


 一瞬前まで身を包んでいた静寂な空気が嘘のような怒声と共に、彼が培ってきた『全て』が解放。

 十万を超える数の斬撃は氷の柱を無数の氷片ではなく砂のように細かく切り刻み、


「あの時は伝えていなかったから仕方がないが、そういう考えは好きじゃないな」

「!」

「一つ覚えておくといい。『極めた』『至った』『限界』という言葉はね、どれも我々の間ではタブーなんだ。 なにせそれは『自分はこれ以上成長できません』って告白しているわけだからね」


 その全てを手にしていた二本の水の長剣で切り崩し、シュバルツは自身の射程まで接近。

 この戦いが始まって以来初めて攻勢に移り、振り上げた二本の得物を振り下ろすために一歩踏み込み、


「気に入らない言葉を聞いたからって反撃するな木偶の棒」

「む」

「いや違うな。お前はそんな奴じゃない」


 その途中で、腕が止まる。

 自身の全身を多種多様な拘束術で締め付けられたゆえに。

 無論シュバルツの力ならばそれを振り解くことは容易に可能であったが、これを仕出かしたのが誰かわかっているゆえに抵抗するようなことはなく、


「大方『貴方の知らない世界を見せてあげよう』なんてわけのわからん善意が理由で反撃に移ったんだろうがな、やめとけやめとけ。間違いなく死ぬぞ」

「いやその辺もしっかりと理解した上で私は」

「若い頃にそれが原因でシャレにならない被害を出したのを忘れたか? ここで一個ずつ言ってやるぞ?」

「それはいやだ!」


 直後にエヴァに脅迫まがいの説得をされると、無数の拘束術を易々と破壊しながら持ち上げていた腕を下した。


「ここまでだ。お前たちもいいな?」

「はい」


 その姿を見届けた上でエヴァが顔を真横に向けると、シュバルツの前に立っていた男は顔に付けていた黒豹の仮面を外す。


「ご教授ご鞭撻のほど、誠にありがとうございます。本当に………………夢のような時間でした」


 すると穏やかな声と共に奥から出てきたのは、優しい眼差しをした初老の男性で、その頬には先ほどまで泣いていたことがはっきりとわかる涙の跡があった。




 


 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


これにて両者の顔見世は終了。少々物騒かつ結果は一方的なものでしたが、まぁ相手がシュバ公なら当然と言えば当然で、挑戦者たちは強く生きて欲しいです。


とはいえ本題はこれから。

これまで語られることの少なった領域について深掘りしていきます。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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