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猫と戦士と闘争と 五頁目


 どんな世界どんな場所においても誰かを慕う『ファン』と『アイドル』という概念は存在する。

 代表的なものは、何らかの情報伝達ツールで紹介される者達。所謂お茶の間をにぎわすスターで、とはいえここまで大規模でないにしても極々身近なところに『アイドル』は存在する。

 例えばそれはイレ・スペンディオで、多くの人から熱狂的に慕われているその姿は『ファン』を抱えていると『アイドル』と表現しても申し分ないだろう。


 そして実はシェンジェン・ノースパスもまた、『ファン』を抱える『アイドル』となりえる。

 彼を背後から支える『ファン』の正体は、彼の父や父の親友から繋がる縁。

 すなわちやや度を過ぎた『親心』や『過保護』の思いを抱えた者らであり、その先鋒にして最大クラスの壁が今、撤退を始めたセロたち二十五人の前に現れる。


「あの子は死んだ親友の一人の息子でな。命の危機を感じさせるような危険な奴が出た場合は、即座に駆けつけて斬り裂くと決めてるんだ。運がなかったと思って――――――」


 一本ではなく二本の神器をその手に持ち、風と炎を熟練の技術で使いこなす現代最高峰の剣士が一人レオン・マクドウェル。

 彼の登場により事態はセロの想定していたものと異なる方向へと向かって行く。


「――――諦めろ」

「ヤメロ! セロニテヲダスナ!」

「コレイジョウスルナラ! コロス!」


 開口一番に繰り出された、炎を纏った飛ぶ斬撃。

 これは他の二十五兄弟の側を瞬く間に通り抜け、奥にいたまとめ役であるセロの肩を見事に捉え切り裂くのだが、この事態に気が付いた他の者らは即座に激怒。

 接触した直後に行われたセロの静止も脳の中から投げ飛ばし、激情に身を任せ飛び込んでいくが無駄であった。


「あと十九人!」


 レオンは風属性の扱いに関して言うならばシェンジェンやシロバよりも幾分か劣っている。

 しかしそれを補って余りあるほど優れた身体能力はシェンジェンを遥かに超える速度を生み出す十分な要素となっており、月明かりが照らす中、手にしていた神剣。

 すなわち銀色の両刃剣で六度綺麗な弧を描けば、それに追従するように鮮血が宙を舞い、原始人たちの体が大地に沈む。


「十三! 十!」


 その様子を目にすることなくレオンは動く。


 呼吸すら挟まず更なる前進を行い、神業と称するにふさわしい刃の軌跡に魅了された一同の前まで肉薄。

 更なる速度で繰り出された斬撃は、セロを守るように前に出ていた個体たちを瞬きすらさせる暇のない勢いで切り飛ばしていき、本命であるセロが構えるのと同時に最速の一撃が繰り出される。


「チィ!」

「固いのが混ざってるな」


 これをその身をもって食い止めたのは長男であるウノで、他の者らとは違い吹き飛ぶことなくその場で踏ん張ると、その瞬間攻守が移り変わる。


「はぁ!」


 自身の神器を掴んだセロが一歩前に踏み出し、その猛攻に押されたレオンが後退。

 付近にある壁まで追い込んだところでその向かい側。レオンを挟み込めるような位置の崖に体を隠していたドスが、真下へと落下しながらレオンの脳を破壊するため手刀を繰り出す。

 セロはといえば兄に意識を向けさせないため、これまでにないほど大ぶりで神器を振り抜き、


「………………負けはしたが追い詰めた、というところか。シェンジェン君はまた強くなったようだな」

「アヒィン!?」

「ぐっ!」

「全開時なら、もう少しいい勝負ができたかもしれんな」


 その全てをレオンは蹴散らした。

 手にしていた魔剣の神器で背後から迫っていた山ごと真っ二つに切ってしまい、真正面にいたセロの繰り出した二千を超える刺突は、神剣による守りで一蹴。

 余裕の表情を浮かべたまま真っ黒な魔剣の切っ先をセロの頬に触れさせると一筋の血の涙が流れ落ち、そこからほんの少しでも腕を動かせば全てが終わるのは明白であった。


「やめろ………………レオン・マクドウェル!」

「!」


 その段階に至った彼が手を止めたのは、セロの口から自分の名前が飛び出たから。

 いや実際のところ、それ自体には何ら問題がない。自分が有名人なことをレオンは自覚している。


 問題なのは、そこに親愛に近い感情が込められているという事実。

 いや相手が自分のことを詳しく知っているような素振りで接して来ることであり、


「!」


 ここまで完勝していたレオンが、直後に困惑する。

 それは自身が愛用しているレザーアーマーの裾を勢いよく引っ張られたからという思いが二割。

 それを掴んでいる腕に見覚えがあるという理由が残る八割で、


「ぐっ!」


 凄まじい膂力と速度で引き寄せられる中、それでもレオンは場の空気に支配されず空いていた魔剣を自分の前で一振り。

 それにより自身の着ていたレザーアーマーの裾を掴んでいた腕が離れるが、その先で目にしたものは予想通りの、されどそうであってほしくないものである。


「ブドー………………」


 そこに立っていたのは新調したためか黄ばみが少ない道着を着込んだ筋骨隆々の大男。

 レオンの後を継いでロッセニムにおける闘技場の主となったブドーであり、彼はその目に少量の敵意と大量の申し訳なさを込めながらレオンを見つめる。


「助かったよブドーさん。先に撤退させてもらう」

「………………そうするといい」


 これに応えるようにレオンが視線をぶつけると、その隙を縫うようにセロが撤退を開始。

 動けない兄弟たちは動ける者達が背負い、剣呑な空気を発する二人の戦士。

 旧知の仲であるレオンとブドーから離れていく。


「………………」

「すまん」

「そうか。退かないか」

「………………うむ」

「それは奴らが、巷で暴れてる連中の中でも中核を担う役割の者の内の一人だと知ってか?」

「………………………………………………そうだ!」


 これを追おうとレオンが一歩前に出ればブドーが道を塞ぐように体を割り込ませ、その様子をしっかりと確認し、レオンは覚悟を決める。


「………………残念だ!」


 理由はわからない。


 しかしもはや衝突を避ける事はできないほど事態は不幸な結果に向けて進んでいるのだと。


「レオグン!」


 そしてその思いはブドーもまた抱いていたものであり、レオンが何かをするよりも早く一歩前に踏み込むと、空と大地を揺らしながら拳を千度前へ。

 これにより撃ちだされ周囲の木々を捻じ伏せる千発の獅子の頭部をレオンは手にしていた二本の神器で対応する構えを見せ、


「クソッ!」


 全てが終わり砂煙が晴れた時、残っていたのは誰の気配もない戦場の跡地だけであった。


 斯くして慌ただしかった一日が終わる。


 貴族衆に名を連ねるほどの名家のお嬢様の誘拐から始まった此度の一件は、多くの謎と不穏の種を残していったのであった。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


皆様お久しぶりです。およそ一週間ぶりに帰ってきました。

夜も遅いのでこちらも短めにさせていただきますが、本編はまさしく後始末回。

多くの謎の答えは先に進んだ時に詳しくわかるはずです。


次回からは久々の日常編。馬鹿みたいなスクールライフを存分に楽しんじゃいましょう!



それではまた次回、ぜひご覧ください!

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