猫と戦士と逃走と 四頁目
「ああもう! 思ったよりダメージが重い! 体の傷が自動的に塞がらない!」
セロの相手を召喚した風の神クレマリア・エアロ・ゴットに任せたシェンジェンはログハウスへと向かうが、その動きに常日頃の軽快さはない。
たった数百メートル空を飛ぶだけだというのに一秒以上の時間をかけているという事実は当然のこと、時折ではあるが怪我の具合と痛みが原因で意識が遠のき、地上に落下しかけていた。
「中に潜伏した猫目メイの連絡によると怪我している様子はないようだけど、その報告が偽りで、もしも死んでたりするようなことがあったら、連中を全員爆死させてやる!」
それでも何とかログハウスの前にまでは移動しきれたシェンジェンは、空に浮かぶのを止め地上へ。
「生きてる、か。まずは胸を撫で下ろしてもよさそうだね」
自分の姿を隠すように風の膜を張ると、窓の外から風属性粒子を流し内部にいる数が猫の状態のメイも含め四人と断定。
疲労困憊な今の状態でも誘拐された狗椛ユイとメイを除いた二人程度ならば仕留められると思い、できるだけ物音を立てずに扉を潜り中へ。
「ですからここは――――」
「ヘェー」
「ハァー」
「ちょっと! 真剣に聞いてるんですの!?」
(………………何やってるんだコイツラ?)
そこでシェンジェンが目にしたのは、先ほどまでと同じく残った二人の原始人に勉強を教えているユイの姿と黙って見届けている猫の姿をしたメイの様子。
そしてその指導にしっかりと耳を傾けている二人の敵対原始人の様子で、シェンジェンは呆れ果て、同時にこの状況で不意打ちをしていいものかと迷い、
「――――――――!!!!」
その状況が数秒続いたところで今宵最後の状況変化が巻き起こるのだが、それは外にいた原始人が挙げた撤退を告げる咆哮によるものであった。
「オ、オマエ! シツコイ! サ、サッサトシネ!」
「馬鹿言うな。将来の婚約者を残して死ねるかよ。もし死ぬとしても、彼女に死体を見られない遠い場所だ」
シェンジェンがセロを引き付けていた一方、真逆の戦場では百機以上のロボット兵を従えた本隊と二十二人の原始人の戦いが続いていたが、状況は芳しくない。
死にたくない一心で貴族衆の面々は抗っていたが、一度崩れた均衡を再び自分たち側に傾ける事は出来ず徐々に追い詰められていき、状況打開のために動きたい刃渡東一郎はといえば、二十五兄弟の次男ドスの能力である『物体の貫通』を攻略しきれず、徐々に追い詰められていた。
「ソ、ソレニカンシテハ………………………………ゴメン」
謝罪しながら能力を使い、地面の中に体をダイブさせるドス。
「そのままどっかに言ってくれりゃ、こっちとしては楽なんだがな!」
その姿を目にした東一郎がそのような愚痴をこぼすが、無論そんな都合のいい方向に進むことはない。
地中に潜ったドスは土の中を海に見立てて泳ぎながら東一郎の元へと迫り、その足元から飛び出し腕を伸ばす。
「あっぶねぇなおい!」
これを大きく体を引いて躱す東一郎であるが、これはどれだけ切りかかっても無意味という理由だけではない。
ドスの物体を貫通する能力には人の肉体も含まれているため。
つまり心臓や脳に触れられれば、骨や鍛え上げられた筋肉の鎧をすり抜け、即座に殺される脅威があるゆえだ。
「辛いな!」
そんな一方的な状況が一分近く続き、発せられる声がやや弱いもの。
「シ、シネバ! ラクニナル!」
「冗談きついぜ!」
その声を耳にしたドスが嘲笑い東一郎はそれを一言で切り捨てるが、精神は折れずとも、肉体の方がついていかなかった。
「ッ!」
「スキ! アリ!」
極限まで引き締めていた集中力がほんの一瞬途切れ、力を籠め続けていた全身の筋肉が疲労により緩む。
とすればその瞬間を見切ったドスの腕が伸びていき、回避しきれない東一郎の心臓へと迫る、
「……どうやら、間に合ったようだな」
のだがこの瞬間、彼等が待ち望んだものがやってくる。
それは送られてくる予定であった援軍。
貴族衆内の治安維持を任されているプロテクス家の強者たちで、大型犬の血が濃い彼らは、戦場を四足で疾走。
劣勢を強いられている紳士淑女の元に辿り着くと、対峙している原始人たちに噛みついていき引き離し、東一郎の側に寄った個体は、ドスの腕が心臓に届くより僅かに早く彼の服の裾に噛みつくと、そのまま後方へと引きずって行き、
「報告によれば、敵はあらゆる物体をすり抜ける力を持っている。つまり貴方がたが相手取るには厄介な相手だ。ここは私が受け持とう」
「頼みます」
その者に話しかける声があった。
それは援軍としてやって来た面々の中でも最後尾にいた人物。
此度の一件において唯一プロテクス家からの援軍ではなく、ギルド『アトラー』から派遣された者で、彼はトレードマークである臙脂色のマントと真っ赤な髪の毛を揺らしながら鬱蒼とした森を抜け戦場に到達。
「むん!」
「ウ、グゥッ!」
クロバ・H・ガンクの右腕であるクドルフ・レスターは、手にした賢教由来の神器を掲げ一閃。
神速の踏み込みと共に繰り出されたそれは通り抜けることなく胴体に直撃し、ドスの体を傷つけた。
「…………固いな。よく鍛えられている」
想定外であったとすればこの一撃が深手にならなかったことで、呟いたクドルフはドスの方に振り返ると再び疾走し肉薄。
一撃ではなく三撃。重ねるように繰り出されており、
「!」
それを防ぐように原始人の一人が立ち塞がるが、問題なのはその硬度だ。
クドルフが繰り出した斬撃を受けても皮膚一枚切り裂かれた程度で済ませており、しかも最後の一撃を掴むほどの反射神経まで備えていた。
「退く、ぞ」
加えるなら他の者と比べると理性的であり、背後にいるドスに対し聞き取りやすい音程でそう提案。
「セロ、が………………オレタチの希望ガ、まけた………………だから、逃げる」
「!!」
それを聞いたドスが『なぜだ』とでも言いたげな視線を飛ばすが、自分の前に立ち塞がった原始人の言葉を聞いた瞬間、丸い目を大きく見開き動揺。
「――――――――――!!」
直後に挙げた咆哮を聞いた瞬間、彼等は動き出す。
「ア、アァ!」
「ベインテシンコ! オ、オレタチノ! キボウ!」
「イソゲ! イソゲェェェェ!!」
言葉などわからずとも、彼等はドスのあげた叫びの音程を聞けば途端に意味を察し、対峙している相手から視線を離しセロの側へと向け移動を開始。
「コレ! モラウ!」
「オレイ! コンドヤル!」
「あ! ちょっとお待ちなさいな!」
それはユイの授業を最後まで聞いていた個体にしても同じで、二人はユイが取り出していた教科書や本を腰に巻き付けると足早に移動。
入り口の側にいるシェンジェンの事など無視してセロの元へと向かって行く。
「ま、待てってば!」
無論シェンジェンは彼らを追いかけようとするが、戦場一帯から殺気が消え去った事で空気が和らぎ、身に纏っていた緊張感が消失。
それにより強烈な疲労感が襲い掛かると片膝をついたまま動けない状態となり、彼等を追えなかった。
「クソ………………何者なんだよあの原始人共!」
直後に欲していた情報を得られなかった悔恨の念が口から飛び出すのだが、
「ま、今は回復に努めるべきね。若いからって無茶しすぎちゃダメよ」
「え!?」
このタイミングで、彼は思いもよらぬ声を耳にする。
「ゆ、優さん!」
「『鍵』の解除を頼み込むほどの状況と聞いて急いでやって来たんだけど死にかけってワケじゃなさそうだから安心したわ。まぁアンタが負けること自体かなり珍しいけどね!」
頭上を見上げればログハウスの屋根には神教における、いや惑星『ウルアーデ』において有数の回復術者にして拳闘士である尾羽優の姿があり、続けて彼女は伝えるのだ。
「それと、情報収集に関して気にしてるなら無意味よ。アタシ以外にも心強い援軍が来てるんだから」
「心強い援軍?」
「アンタの事が気になってるのは、アタシだけじゃないってこと!」
「うわ! 多い!」
「むさくるしい! キモイ! 近寄りたくない!」
「援軍も来た事だし、ワシらの出番はこれにて終了かのう」
その一方、セロの足止めをしていた風の神らが手を引く。
「ダイジョウブカ! セロ!」
「ああ。問題ない。みっともない姿を見せてしまったな」
「気に、する、な。生きていれば………………どうとでも、な、る」
これは相手側が撤退を決めたことで任された最低限の仕事をした故であり、これにより襲撃者一行は撤退を開始。
「俺の友が残した遺産に、ずいぶんと好き勝手してくれたな」
「!」
するのだが、彼等の前に立ち塞がる影がある。
「ナンダオマエ!」
「ジャマダジャマダ!」
「ヒカナイナラコロシチマエ!」
叫ぶ原始人たちの前に立ち塞がるのは、オレンジ色の美しい髪の毛を携え二本の剣を腰に携えた青年。
「アレ? オマエチョットセロニニテル?」
加えて原始人たちを纏める青年と並ぶ美貌を兼ね備えた現代最高峰の剣士が一人。
「待て。こいつの相手をするな!」
亡き原口善の友にしてシェンジェン・ノースパスを守る最大の盾。
レオン・マクドウェルその人である。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です。
此度の戦いもこれにて終了! エピローグへと突入するわけですが、五章も中々に進んできたので、少年編以来の出番となるキャラクターもどんどん出てきます。
そしてこのエピローグが終われば夏休み編!
シェンジェン、友達と一緒に旅行に行くの巻です!
ただ申し訳ない。
9月末の賞の応募に向けて、明日から30日までお休みをいただきます。
大変心苦しいのですが、続きは1日になりますのでよろしくお願いいたします
それではまた次回! 御休み明けにお会いしましょう!




