猫と戦士と逃走と 三頁目
時刻は23時直前。状況が動く。
背後に百体のロボットを携えた一団がログハウスへと接近し、囚われた狗椛ユイの救出に動き出したのだ。
「しかし刃渡君」
「どうされましたか?」
「予定より動くのがやや早いが大丈夫かね? 合図を待った方がよかったのでは?」
一団の先頭を歩くのは腰に刀を携え、右目に十字の傷を刻んだ浅黒い肌をしたスーツの男。
すなわち狗椛ユイの彼氏である刃渡東一郎なのだが、その隣にいるふくよかな体系をしたタレ目気味の中年が彼にそう尋ねる。
「私のそのつもりだったんですがね。先ほど遠くで起きた爆発を見るに、あっちの方は既に佳境と見ました。とくれば悠長に待ってられる余裕はありません。シェンジェン殿も細かい部分は現場にいる人らに任せると言った以上、この程度の事なら想定しているでしょう」
その問い掛けに応える彼の様子に迷いはないが、これは彼の実戦経験の豊富さから来る。
それというのも刃渡家が古くから武器製造に関わる一家であり、ナーザイムにいる職人らとは違い、自分らが作った試作品を、自分達自身で戦地に赴き試すという習慣があったため。
つまり数多くの戦場を渡り歩いて来て生き延びっているゆえで、彼の予想通り、この時真逆の位置で戦っていたシェンジェンは、本隊の予定より早い突入に期待していた。
「………………近くに伏兵が潜んでいる痕跡はなし、か」
「何をしているんだね?」
「敵の残した足跡や残留粒子を探っているんです。攻め込むはずの我々が不意を突かれて防戦に回るなど、可能なら避けたい事態ですからね」
先頭を歩き続ける彼の動きには無駄がなく、背後から見守る他の面々はその心強さに感心する。
「手際がいいな。見た目通り中々多くの戦場を超えてきたようですな」
「………………ちなみに、自分いくつに見えますか?」
「さ………………二十九といったところか。メイ君も中々見どころのある大人の男を連れて来たと、我々皆が感心していたんだよ」
「………………十七です」
「え?」
「自分、十七です」
「そ、それは………………………………すまなかったね………………うん。本当にごめんよ」
オルレイユにある八つの高校によるリーグ戦。
その中で今年度においてトップを走っている高校の中堅を任せられる実力を持つ彼が、しかし一つだけ悩みを抱えていた。
それが自身の老けた見た目にあり、その点を悪気なく指摘され僅かにだが肩を落とす。
「――――引いてください!」
しかしそんな時間は長く続かない。
ログハウスまで残り三十メートル。木々生い茂る森の中こそ抜け出したものの、未だ彼らの体を包めるほどには雑草が伸びている場所で、近づいて来る気配を感じ取った東一郎が腰に携えた刀に手を添え右足を一歩分前へ進め、
「むん!」
一呼吸置いたところで、刃が月光を弾き三日月を描く。
そうして繰り出された居合斬りはプールへの飛び込みをするような勢いで迫って来た二十五兄弟の次男ドスの顔面に直進。
そのまま鼻先を捉え、奥へ奥へと進んでいく。
「こいつぁ!?」
はずが、上手くいかない。
固い皮膚や筋肉、もしくは防御系の術技や能力で防がれたわけではない。
何にも触れていなかったかのように、刃は彼の体をスルリと通り抜けたのだ。
「ヒャハ!」
「ッ!」
対して東一郎と交差する瞬間にドスが繰り出した蹴りは彼の体にしっかりと突き刺さり、右肩の肉と骨が砕ける嫌な周囲に反響。
「こ、こいつ!」
「大丈夫か東一郎君。回復術をすぐに!」
「いえ大丈夫です。それよりも彼を見失わないように! おそらく彼は!」
この戦いに参加する事を決意した紳士淑女が慌てて彼の側に近寄り、そんな彼らを東一郎は制するが………………遅かった。
「オォォォォォォォォォォォ!!!」
初撃を見事に当て彼我の実力差を知った男の口から、獣の如き咆哮が飛び出る。
「「!!」」
「な、なんですのこの声は!? 猛獣!?」
これに反応したのはログハウスの中で狗椛ユイの側で待機している残る二十三人で、彼らは同じような見た目の棍棒を生成すると、誰に言われるまでもなく一直線に外へ。
「ガウ! ガウ!」
「アガガ!」
かと思えば最後尾。狗椛ユイに最も近い位置にいた四体が口論らしきものを始め、その結果二体を置いて残る二体は外へ。
「ワタクシを見張っている、という事でしょうか?」
混乱のあまりうまく頭が働かない彼女であるが、それは幸運だったのかもしれない。
これからしばしのあいだ、外では地獄絵図が繰り広げられるゆえに。
「自分の事は自分で何とかします! 皆さんはロボット兵たち協力して敵への対処を!」
「わ、わかったぞ! 君も気をつけてな!」
「来るぞ! 総員迎撃準備!」
斯くしてもう一方の戦火が上がる。
獣のように、否、獣そのものとなった状態でログハウスから飛び出た二十一人の原始人たちが、棍棒を片手に雄たけびを上げながら愚直に突き進み始め、既に敵方の情報を猫になった状態の猫目メイから多少なりとも得ていた紳士淑女たちがロボット兵たち前に出し壁としながら遠距離攻撃を繰り出していく。
「アァァァァァァァァァ!」
「ぬぅ!」
「こ、こ奴ら! 痛みというものを感じないのかぁ!?」
その戦況は互角。
背後に控える紳士淑女の繰り出す攻撃が原始人たちの体を抉り、対する原始人たちの繰り出す棍棒による殴打が、守りを敷くロボット達にまで伸びていく。
「修復します!」
「頼む!」
そうなれば当然数が減っていく紳士淑女側が劣勢を強いられるはずであるが、それに対応するだけの策はあり、二十歳を少々過ぎたメガネをかけた美女が、壊れたロボット達へと向け掌から飛び出したケーブルを伸ばし接触。
能力『リペア』を発動させることで、砕けたロボット兵たちの修復が瞬く間に終わり、戦況を膠着状態に戻す。
いや原始人たちが回復してこない故に、徐々にだが優勢に傾いていると言えるだろう。
「と、止まらん! 止まらんぞ!」
「いったいどうなっているんだこいつらは!?」
だがそれは単純に、すなわち個々人の感情というものを完璧に捨てた状態で盤面を見た場合の話で、両陣営の戦意には大きな違いがあった。
延々と雄たけびを上げ続けながら突き進む原始人等は劣勢を跳ね飛ばすだけの闘気を発し続け、それを間近で見ている紳士淑女は、自分たちが見たこともない泥臭い戦い方に恐れ慄き腰が引ける。
「アァァァァァァァァァァァァ!!」
均衡が崩れたのはそれから十数秒後。
思考を完全に放棄した瞳をした原始人の一人が、ロボット達による守りと降り注ぐ攻撃の雨を突破し、血だらけの状態のまま更に前進。
「デブ、ウマイ! オレ、オマエ、マルカジリ!!」
すぐ側にいたタレ目の中年男性の肥えた腹に噛みつき、本能の赴くままに体を引く。
結果、事前に敷いておいた守りの術式もあり、噛みつかれた側は皮膚とその向こう側にある脂肪を僅かにはがされるだけに留まるが、両軍に与えた影響は大きい。
「ニク! ニクニクニクニク!!!!」
「オンナヤワラカイ! デブ、イッパイクエル!」
怪我が目立つ二十人の原始人たちは最初に攻撃を与えたものを褒めたたえながら、自分達も食事にありつこうと体から血を流しながら嬉々とした声をあげ、
「こ、こいつら! 人を喰うのか!?」
「グールだ! 人食い鬼だぁ!」
依然として優勢を保っているはずの紳士淑女の方が取り乱す。
そしてそれは戦況を覆す要因となり、勝ってるはずの紳士淑女たちが背を向け走り出す。
「物体をすり抜ける能力か。全く………………面倒でいけねぇ!」
「ニゲルナァ! シンゾウヲワタセェ! チシブキヲアゲロォ!」
本来ならばこの状況を立て直すのがまとめ役である刃渡東一郎の仕事である。
しかし彼の前に立ち塞がる原始人たちのまとめ役が一人ドスがそれを許さない。
こと戦いに関してならば知恵が働く彼は、接近してすぐに一団のまとめ役が東一郎だと野生の勘で判断。
司令塔を自身が抑え込むことで、傾いた戦況を立ち直らせない事に専念していた。
「ハハッ!」
「………………中々にきつい!」
この状況を覆すために東一郎は全力を尽くしたが、その全てが躱され無為に終わる。
つまりこちら側の状況が好転する事はないと言ってもよかった。
「………………ッ」
「完璧に決まったと思ったんだがな。今のを耐えるのか」
であれば希望はただ一つ。
総大将であるセロを止めているシェンジェンにあり、
「………………本部に連絡。非常事態が発生。閉めておいた鍵を開く許可を頼む」
業腹ではあるが、彼はここで奥の手を切る覚悟を決めた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
シェンジェンから離れた本隊側の話。
なお今回明確には語られませんでしたが、まとめ役である東一郎君は『万夫不当』クラスです。
他の面々に関しては『一騎当千』クラスさえいない感じですが、名乗り出ただけあってしっかりと戦えるだけの実力はあるはずでしたが、逆転された理由はやはり経験値の差でしょう。
原始人一同は個々人が強いのもありますが、昔から戦ってたこともあり『どうすれば勝てるか』を考えずとも体で覚えてる感じなのです。
さて次回は初期から力を隠していたシェンジェンの全力全開。
これまで浸かってこなかった秘中の秘です!
何でこれまで使わなかったのかに関しては………………次の次くらいかもです!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




