猫と戦士と逃走と 二頁目
短いながら極々一般的な十代後半よりは濃い人生を過ごしてきた中で、シェンジェン・ノースパスは多くの神器を目にしてきた。
九年前、『果て越え』ガーディア・ガルフの元で復讐のために生きていた当時の時点でシュバルツ・シャークスが持つ神器『ディアボロス』を見ており、それから九年のあいだに他にも多くの物を目にしてきたのだが、ことこの状況において、断言できることが一つだけあった。
(か、回避をぉ!)
自身の目と鼻の先にまで迫っている弾丸の神器。
これはこれまで目にした中で、単純なサイズだけで考えれば最大クラスのものだという事で、自身を包み込める大きさから推測するに、当たれば命はないという事実だ。
「ッッッッ!」
全身から脂汗を流し歯を食いしばった状態で、シェンジェンが大急ぎで飛翔。
目前に迫った死から遠ざかるために動き出す。
「あっぶな! 今のは本気で死んだと思った!」
風属性を多量に使い行われたそれは見事果たされ、紙一重で躱したシェンジェンは空中で姿勢を正しながら感想を告げるのだが、その顔には戦場の真っ只中にいるにはふさわしくない安堵の笑みさえ浮かんでいた。
「………………うっそぉ………………」
だがその笑みはすぐに凍りつくことになる。
「そうかそうか。君はそういう奴なんだな! わかったよくわかったよクソッタレ!」
「敵になんと言われようと、痛くも痒くもないな」
セロの姿を観察しようと視線を移した先にあったのは、巨大な砲台に装填される二発目の弾丸で、シェンジェンが動き出してから一拍置いたタイミングで発射。
音を、雷を超えた速度で迫る巨大な弾丸は、再びシェンジェンの体を掠めた。
「中に爆弾が入ってるような見た目をしてたから、着弾と同時に爆発すると思ってたんだけど、流石にそこまで無茶苦茶ではないんだね! 安心したよ!」
「………………そこまでしたら隠密性が完全になくなるからな。それは俺とて控えるさ」
「やろうと思えばできるってことだね。君は本当に最悪だ!!」
攻撃はシェンジェンが空を舞い続けるあいだ絶え間なく続き、それが数分続けば心底腹立たしい事であるがシェンジェンは悟ってしまう。
このまま中・遠距離戦を挑み続け特大の死の塊に晒されるよりは、距離を詰めた方がマシであると。
「嫌だなー嫌だなー」
ただこの選択に関しても、シェンジェンは最適解であるとは思えなかった。
特大サイズの弾丸による死の危険に晒されないとはいえ、近距離戦は自身ではなく敵方が得意とする領域。つまりこちらでも変わら劣勢を強いられることになるのだ。
「でもまあ、遠距離であれの相手をするよりはマシか!」
だからこそシェンジェンは『距離』について注意する。
敵の持つ棍がギリギリ届かない距離を見切り、その上で必殺であることが察せられる砲撃の邪魔をできる範囲を見定め、自分だけが攻撃を撃ち込める状況を形成。
「ちっ!」
「悪いねお兄さん! それ以上僕には近づけないよ!」
若いとはいえ『超越者』クラスである彼が全力を注いで行えば、それは難攻不落の砦を形成するのと同義であり、風と氷の二属性を用いて繰り出される攻撃が、セロの持つ棍が効果を発揮しないギリギリの距離で撃ちだされ続ける。
「………………侮るな!」
「流石に超えてくる、か。やっぱり強いね!」
とはいえシェンジェンが相対する敵も『超越者』の位置に座す強敵であり、同じ状況が延々と続けば、時折とはいえ攻撃の隙間を見つけ防戦状態から抜け出す事はある。
その際に大地を揺らす勢いと共に繰り出される反撃の一手を、シェンジェンは真正面から相手にはしない。
踏み込みにより迫られた距離を正確に測ると同じだけ後退し、射程から逃れた上で一方的な攻撃を再開する。
「むん!」
ただそんな展開も数百万回攻撃を繰り出し続ければ一度くらいは崩れるもので、回避しきれない一撃が迫った事でシェンジェンは、これを防ぐために両腕を交差させて体を守るよう前へ。
それだけでなく訪れる衝撃をその場で耐えるようなことはせず、攻撃を受けた瞬間自発的に背後へと吹き飛べるよう算段をつけ、
(――――――そういえばおかしいな?)
頭を高速で回転させ最善手を打ち続ける過程で、シェンジェンは違和感を抱く。
(なんで弾丸なんだ?)
端的に言ってしまうとそれは、目の前の青年が持つ神器に関してである。
大原則として神器というものは、肉体を鍛え続け、拳や剣、槍や弓、斧や銃など、一つの分野を特に高い領域で修めた戦士がその証として、その上で更なる強さを求めた際に手に入るものなのだ。
その証拠にこれまでシェンジェンが見てきた神器は全て、担い手の得物の形をしていた。
シュバルツ・シャークスならば大剣
レオン・マクドウェルならば二本の剣
康太ならば銃など顕著であるし、その他の物に関しても自分の得意分野を伸ばした結果である。
これは賢教の所有する神器を生成する木から得た物に関しても当てはまり、シェンジェンが手にしている神器とて、拳を鍛えていたゆえに手に入れたものだ。
もちろん例外としてガーディア・ガルフやクライシス・デルエスクのような万能性や特殊性に富んだものが手に入ることもあるが、それとて彼らにとって『最も適した形』であるゆえの結果である。
そんな多くの者らと比較した際、目の前の青年はどうであるかと問われれば、実に奇妙だ。
なぜなら彼が得物としているのは間違いなく近接戦用の棍で、それに反し神器は遠距離の敵を討ち抜くための巨大な弾丸なのである。
これは神器の大原則に反している。
そしてこの次にシェンジェンの頭をよぎったのは、これまた神器の基本ルール。
自身に降りかかる他者からの能力は全て無効化するというもの。
逆に言えばそれは自分が使う能力の効果は無効化されないというもので、
「――――――弾けろ。デストロイ・ハート!」
自身の交差した腕に棍の先端部分が触れる直前、シェンジェンは己のした失態に気が付いた。
そして小規模ながら強烈な威力を秘めていることが察せられる爆炎が迸った。
「ずいぶんと激しくやってるな。この分ならこちらにはそこまで意識が向いていないはずだ。奇襲を仕掛けて速攻で片を付ける」
そのような戦いをしているシェンジェンとは逆側。ログハウスを挟んだ鬱蒼とした森の一角では、狗椛ユイを奪還するための別動隊が現場に到着し、突入するための準備を完了。
彼女の彼氏である青年。シェンジェンがどこかの貴族の用心棒だと思っていた刃渡東一郎が腰に携えた刀に手を添えながらそう告げ、彼を先頭とした警備ロボットと手練れ数人の部隊が目前にあるログハウスへと向け移動を開始。
「イ、イタ! ログハウスニムカウ………………ワルイヤツ!」
その姿を、二十五人兄弟の次男ドスが、荒れた白髪の奥に隠れる真ん丸な瞳で見つめていた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
続くシェンジェンVSセロ。今回はセロのターン。
彼の本当の神器が明かされる一話です。
さて彼の仕出かしたトリックに関してですが、今後本編では語り切れないところもあるのでここに記載させていただきますと、
まず第一にセロは、自身の神器を変化させ巨大な弾丸に見せかけていました。本来の姿は棍で、能力に関しては次回以降で。
で、神器を持っているシェンジェンが変化の能力を無効化できなかったロジックに関しては、セロ側の問題ではなくシェンジェン側の問題。もっと詳しく言うと、彼の持つ神器が攻撃型ゆえに、触れるまで能力を無効化できなかったゆえです。
なので身もふたもない事を言ってしまうと、死の危険を感じた時点で回避せず無理やりでも迎撃を選び触れていれば、シェンジェンはその時点で変化を無効化して相手の神器の正体を知っていたはずだったのです。
まぁそれをできるのはガーディアのような『触れて確認してからの回避余裕です』って類か、康太みたいな反則級の危機察知の『異能』餅だけですので中々難しい話ですが………………。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




