猫と戦士と逃走と 一頁目
「はぁ…………はぁ………………ひぇ!?」
走る。奔る。猫目メイが全身全霊で四本の足を動かし続ける。
自身の身を襲ったかつてない規模の敵意。それは彼女を戦場から離すだけの効果を十分に有しており、彼女は思考能力の大半を捨て去り、動物的本能に従い動き続けていた。
褒めたたえるべき点があるとすれば彼女が逃げ出した方向で、残っていた僅かな理性は戦場から離れる事を拒み課せられた役目。
すなわち仇敵である狗椛家の令嬢がいる方向へと足を進めさせていた。
「………………………………!」
彼女が正常な思考を取り戻したのは動き出してから十数秒後。ログハウスの窓に飛び乗った時の事。
真ん丸な猫の瞳が中にいる見知った姿を捉えたからで、
「何をして、いますの?」
脳が目の前の光景を咀嚼するにつれ、困惑の念が彼女の脳を埋め尽くした。
「ひらがなすら読めないなんて…………貴方達は本当に勉学から離れた生活を送っていたのですのね。全部教えるのは大変ですので掻い摘んでお伝えさせていただきますと………………ここに書いてある文章は感謝の言葉ですのよ」
「オレ、ソレシッテル。ソレ、アリガトウ」
「アリガトウ! アリガトウ! セロガオシエテクレタ! アリガトウ!」
「なるほど。カタカナでしたら僅かではありますがわかるのですね。ならそこから攻めていきましょう」
「セメル? ドコヲ?」
「テキ、ドコ?」
「………………これは………………先が長そうですわね」
なにせ囚われた立場のはずの狗椛ユイが、明らかに頭の足りなさそうな原始人染みた連中相手に文字の読み書きを教えているのだ。
しかも豪華な見た目が汚れることをいとわず土の地面に膝を突き、原始人らの持っている棍棒を杖代わりにしてである。
(一応聞いておきますけど、この件って貴方が仕組んだ狂言ですの? だったら話は大きく変わってくるんですけど?)
とすると熱心に教え続けるユイに対しメイは念話でそう尋ね、それを耳にしたユイは慌てた様子で視線を左右へ。
それでもなお見つからないと真後ろを振り返り、その場所で知っている毛色をした猫の姿を見て、困惑と羞恥と怒りが大部分を占める絶妙な表情を晒し、
(そ、そんなわけではないでしょう! 馬鹿おっしゃいな!)
(そうとしか思えない状況なんですけど?)
僅かなあいだ無言の時間が続いた後、彼女は自分の頬を強く叩き正気を取り戻し、不倶戴天の敵を凝視。
(ワタクシがこのような事をしているのは、主犯の男性について知っている彼らに近づくためですのよ!)
先の疑問に応じるため念話でそう語り掛けるが窓際に立つメイの態度は変わらない。
猫の姿のまま胡散臭そうな空気を発し、本音を語るよう発する空気で訴えかけ、
(………………かわいそうに、思えたんですわ)
とうとう観念した狗椛ユイは、肩を下しながらその胸中を吐き出した。
一方のログハウス前戦場。
戦いはシェンジェンの企て通りに進んでいるのだが、それは攻撃が当たる場所に関しても当てはまっていた。
つまり最初に相手の素顔を露わにすることで、その正体を看破する事という目的を果たす事ができたのだ。
ただ残念な事にシェンジェンは『目の前の人物が遥か昔に生きていた人類である』という情報を持っておらず、結果、求めていた情報は得る事が出来ず空振りに終わるのだが、それ以外にも手に入った情報があった。
「うわすっごい美人!?」
仮面の奥にある素顔を晒した青年セロは、シェンジェンが驚きの声をあげた通り凄まじい美貌を秘めていた。
美しい琥珀色の瞳にくっきりとした鼻。小さい上に綺麗に整えられている口を備えている彼の素顔は、中性的なものから僅かにだが男らしさの方に近寄っており、現代で言うレオン・マクドウェルの系譜に近く一度目にすれば忘れることのないほどであった。
「………………」
「危ない危ない! 相手の顔に見惚れていて負けましたなんて、末代にまで語られ続ける恥だからね!」
「ちっ」
「まだ何か奥の手を持ってることくらいはわかるけどさ」
それは『足を止め思わず二度見する』といった表現が適切なほどのものであったのだが、幸いシェンジェンはその誘惑を真っ向から跳ね返し移動を開始。
空中にいる自分へと向け伸びてくる細長い柱の数々を、大空を自由に舞う事で躱し、
「それを繰り出される前に! 攻め切る!」
風属性による機動力に加え、氷属性による氷結や物理攻撃まで駆使して猛攻を開始。
近接戦に持ち込まれた場合敗北する可能性が高いという自覚があるシェンジェンは、中遠距離攻撃を続け、自分側に傾いた今の戦況をそのまま維持する事を画策。そしてそれがうまくいったことを示すように、美青年セロの体中に切り傷が増えていく。
(当たらないか!)
手にした棒や地面から飛び出す柱による物量攻撃は大空を自由自在に舞い続けるシェンジェンに当たることはなく、対するシェンジェンの攻撃は風属性ゆえの視認性の悪さや氷属性による妨害を駆使する事で当たり続け、両者の間に明確な差が生まれていた。
「認めるよ少年。お前は………………手加減をした状態で勝てる相手ではないとな!」
(来る!)
ゆえにセロも切り札を晒す。
シェンジェンが知りたがっていた神器をここで発動する。
「………………はい?」
問題があるとすればその形と規模で、
「隠密行動には不向きゆえ使いたくなかったんだがな。こうなってしまっては仕方がない!」
現れたそれはシェンジェンの身の丈を超える大きさと一メートル以上の長さを備えた巨大な黄金の弾丸で、セロの側に生成された巨大な砲弾の中に重苦しい音を発しながら装填。
「放て! デストロイ・ハート!」
セロの号砲に従い撃ちだされると、瞬く間にシェンジェンへの距離を詰めていった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
皆さまお待たせして申し訳ありませんでした。本日から再開させていただきます!
(といっても賞に投稿する作品の手直しがまだ続いているので、終盤にまた時間をいただく予定ですが)
その記念すべき? 第一話はセロ側の反撃。みんな大好き神器の発動です。
で、その形はと言うと、これまでになく原始的な物。
デカイ! 固い! 威力が高く撃ちだせる!
そんなものです。
そして猫は狗と合流。もう一方の戦いも始まります。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




