表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1321/1358

行雲流氷


 全ての攻撃が叩き終えられた後、シェンジェンの体が大地から解き放たれる。


「っっっっ!!?」


 そのまま陽光を通さぬほど鬱蒼とした森を蹂躙する弾丸となった彼の身は、そのまま五キロほど突き進んだところにあった崖にぶつかり制止。

 砕けた崖の破片が真下へと落下していく様子を、兄弟からセロと呼ばれていた男は、しっかりと近づいた上で見届けた。


「………………なんだと」


 彼にとって予想外であったのは、重なっていた岩壁がすぐさま勢いよく吹き飛んでいったことで、仮面の奥に隠れていた目をやや細めながら状況の変化を逃さぬよう凝視。


「あー口から血ぃ吐いたのっていつぶりだろ。一年くらい前だったっけ?」


 数秒ほどして服についた汚れを払い落としながら出てきたのは、口から顎下にかけてを自分の吐いた血で汚したシェンジェンの姿であるが、その姿を目にしたセロは表には出さなかったが内心ではかなり動揺した。


「…………意識すら失っていないとは驚いたな。それとも、上から降って来た奴らに目を覚ましてもらったか?」


 彼の思惑通りであるのならば、シェンジェンは死にはしないものの意識は失っているはずであった。

 もし目を覚ましたとしても、全身に負った傷の深さゆえに、会話をできるだけの余力は存在しないはずだったのだ。


「いやいや、僕を助けたのは僕自身の力だよ」

「ほう?」

「大量の風属性粒子を固めてできる『エアクッション』っていう攻撃の威力を和らげる緩衝材の粒子術なんだけどね、これを僕とお兄さんのあいだに挟んでおくことで、攻撃の威力を大幅に下げたってわけ」


 そうなった理由を説明をしながらシェンジェンが両手を胸元の辺りに持っていくと、周囲の風景だけが僅かに歪み、それが大量の風属性粒子を放出したことによる影響であることを、セロはすぐに理解した。


「で、こんな風に情報提供したお返しに聞きたいんだけどさ、お兄さん神器使いでしょ。得物は持ってる棒?」


 これを消したシェンジェンが返す刀で繰り出した質問は、目の前にいる人物に関する情報。

 先程攻撃を叩き込まれる最中に神器を装着した拳が杖に当たったのだが、聞き覚えのある甲高い音が聞こえてきたため確認。

 しかし残念な事に、返された答えは沈黙であった。


「隠したってそうはいかない。その棒に能力を当てたから答えは明白なんだ。ゲロっちゃってもいいんだよ?」


 これに対し更なる追及を行うが、セロの態度に変わりはない。


「情報をくれた事には感謝するが、その報酬を俺が支払う義理はない。お前が好きにやったことだ」


 友好的な対話を徹頭徹尾避けるよう突き放すような物言いをし、それを聞いたシェンジェンは『ケチだね~』と言いながら肩を竦めた。


「それよりもどうする?」

「何が?」

「これ以上戦うのか、と聞いている。彼我の実力差は、既に身に染みているはずだが?」


 そんなシェンジェンにセロは問いかける。

 『これ以上戦う意味があるのか』と。


 それは先ほどの衝突で、シェンジェン同様にお互いの力量差を正確に測ることが出来た故の発言で、端的に言ってしまえば自身の勝ちを最後まで戦うことなく確定させたことから来たセリフである。


「馬鹿言っちゃいけないよ! せっかく全力で戦える機会が飛び込んできたんだ! 仕事云々関係なく、この好機を利用しない手はないさ!」


 この言葉をシェンジェンは文字通り笑い飛ばし、ここからが本番であると告げるように腰を落とす。


「そうか。ならもう一度、実力の差を見せつけてやろう」


 それに応じるようにセロは手にした棒を構えると同じように腰を落とし、そこまで見届けたシェンジェンが雷を遥かに超える速度で肉薄。


「見えているぞ!」


 しかしセロはそんなシェンジェンの動きを完璧に捉え、彼が手にした棒の射程に入る直前に強く握り直すと、周囲一帯に大きなクレーターができる勢いで一歩踏み込み、前へ。


「抉り抜け!」


 繰り出された突きは風の守りさえ貫くよう回転エネルギーを加えられた事で、ドリルのような貫通力を秘めたものに変貌し、とすれば目の前にあるシェンジェンの額は綺麗に繰り抜かれる――――はずだったのだが、思うようにいかない。

 目の前にいたはずのシェンジェン・ノースパスの姿が、いきなり消え去ったゆえに。


「どこに行った?」


 とすれば当然のように彼は周囲に意識を向けるが、その答えはすぐに知ることになる。ほかならぬシェンジェン自身の手によって。




 現代において最も優秀とされる風属性を主体とした戦士は、基本的に下記の三名が挙げられる。


 一人目が風臣や風玉、それに風刃などの風属性粒子術における基本技を極め、その上で希少能力のカテゴリーに属する時間操作能力まで使える新たなる神の座、古賀蒼野。


 二人目が属性混濁・光により光速に至る風属性攻撃を行える上、風属性の繊細な操作ならば並ぶものなき世界一。加えてシェンジェンと同様の方法で神器まで所有しているシロバ・F・ファイザバード。


 この二人に比べれば票数は少ないが後に続くのが若き雄シェンジェン・ノースパスで、そんな彼の長所はいくつかあり、一つがアイビス・フォーカスやエヴァ・フォーネスのような貯蔵量無限の例外を除けば、他二人さえ遥かに凌ぐ量の風属性粒子を体内に内蔵しているという事。


「がぁ!?」

「さぁて本番だ。ギアをあげていくよ!」


 これを潤沢に使い繰り出される攻撃の数々は、例えばただの広範囲風圧攻撃だとしても、一握りの強者の骨を軋ませるだけの威力を発揮する事ができ、他のどのような攻撃で比較したとしても、風属性粒子の量の差で他二人の数倍の威力を繰り出す事ができるのだが、彼の真骨頂は他にある。


(早い! 信じられないが地上で活動している時よりも遥かに!)


 空中に浮かんだシェンジェンは、風属性粒子が持つ固有の特徴により己が肉体を軽量化。

 更にこれから駆ける道に突風を吹かせる事で自分の動きを後押しさせ、加えて速度の上昇と共に訪れる空気圧まで自身が掌握。

 これにより『果て越え』ガーディア・ガルフが行うような際限のない加速が可能となり、更に左右という二次元的な移動に上下の要素まで加えた立体的な動きで相手を翻弄。

 そこから繰り出される超高火力かつ不可視の中遠距離攻撃は、他の二人にはないシェンジェンの強みだ。


「閉じろ!」

「これは………………鳥籠!」


 そのあたりに関して認識した数多の敵対者が行う行動は似通っており、機動力を削ぐことに力を注ぐ。

 金の十字架を刻んだ仮面を被った青年セロとてそれは変わらず、地面に手をつくと同時に天を貫くように無数の木の柱が出現。同時に周囲一帯を囲うように弧を描きながら伸びていく柱もあり、それが中心部で繋がることで出来上がったのは、無数の柱が障害物として生えてきている鳥籠であった。


「――――そこ!」

「!」


 ただなおも問題は残っている。

 それは原口善を目指すシェンジェンが近接戦でも十分に強いという事で、真正面からぶつかり合う状況ならばセロの方が一枚も二枚も上手だが、今回のように空中かつ中遠距離を警戒しており、地上に関してはさほど意識を向けていなかった状態の不意打ちとなれば話は違う。

 シェンジェンはセロが手にしている得物を構えるよりも早く拳が届く距離まで詰め、


「俺の方がまだ早い!」


 その状況で拳が撃つ出されるよりも早く振り抜かれた杖は――――――空を切る。

 そこにあったはずのシェンジェンの姿は既になく、頭上を見上げようと頭をあげたタイミングでシェンジェンの履いている革靴の踵が彼の顔に迫っており、


「氷属性、しかもこれほどの練度だと!?」


 これを迎撃をしようとしたセロは腕を動かそうとすると、瞬く間に下半身と杖が凍らされていたため思うように動かす事が出来ず、


「固いね~。もっと頭ほぐして自由に行こうよお兄さん!」


 行雲流水、いや彼の属性に合わせるならば『行雲流氷』と評される真骨頂。

 すなわち見る者の思考を凌駕する変幻自在な動きがセロを翻弄し、金の十字架が刻まれた仮面を粉々に砕いた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


五章当初から力を持て余していると語っていたシェンジェンの本領発揮回でしたが如何でしょうか?


その正体は


高火力風属性!

空中移動の方が光に迫りなおかつ高機動!

遠近両用戦闘スタイル!

加えて搦め手のクセにやけに強い氷属性やエアボム!


などなどとなってます。

これに加えて技的にはまだ切り札を秘めてもいるので、『風属性使い』という括りで見るならそりゃ最強の一角でしょうといった具合です。


ただまだまだお相手も力を出し切ってない状態なので、次回はまた形勢が変わってくるのですが、申し訳ありませんがやや長めのお休みをいただきます。


次回の更新は15日!

タイトルは『猫と戦士と逃走と 一頁目』の予定です!


それではまた次回、ぜひご覧ください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ