犬と紳士と闘争と 四頁目
『アニマルフェイス』という異能がある。
ただ化けるだけではない。人間形態とは完璧に異なる、臓器の位置や匂い、歩き方まで全てが『動物そのもの』に変化できるという稀有な力で、この状態になっている場合、練気や能力を使ったとしても動物として判定される。
これは獣の血が混ざった存在が極稀に生まれつき会得している力であり、隠密行動やセキュリティー突破などに極めて有効であると評されている。
付け加えると獣状態に変わった場合、同じ動物と直接話す事ができるため、動物好きが欲しい異能ナンバーワンに度々得られているという実績もあるのがこの力だ。
「クスクスクス。いい者を見せてもらいましたわぁ。ワタクシ個人の情報網によりますと、このような貴方の弱みを求めている方は、百や千ではないのでしてよ!」
つまりシェンジェンが見破れずに引っかかってしまったことはさして驚く事ではないのだが、予期せぬ人物が側にいるという事実を前にしたシェンジェンは、右手を頭頂部に置いた。
「………………どうやってついて来たんだよ?」
「そりゃ貴方の背中に引っ付いて来たに決まってるでしょう。それ以外に方法がありまして?」
直後に口から突いて出た疑問は当然のもので、その方法を聞いたところで己の馬鹿さ加減とメイの自分勝手な無を把握してシェンジェンはため息を漏らす。
「じゃもう一つ聞きたいんだけど、なんでついて来たんだよ。戦力にならない人がこんな戦場にいるなんて、殺してくださいって言ってるようなものだよ?」
「貴方に………………」
「ん?」
「貴方にワタクシの気持ちがわかりまして!」
「うわびっくりした!」
続けて茶トラ猫になったメイを指さしながら口にしたのはこれまた至極当然の疑問であるが、それを聞いた直後、彼女は震え出した。
恐怖や悲しみではなく、怒りが原因でだ。
「無事に嘘が突き通せて舞踏会が終わると思ったら! その三十分前に襲撃があって! その流れでワタクシの嘘が皆様にバレましたのよ! 明日からどんな顔をして合えばいいのかわかりませんわ! となりゃもうヤケになって! 彼氏役の弱みの一つでも握るしかないじゃないですか!!」
更に話を聞いてみれば驚くほど自分本位な理由が吐き出され、それを聞いたシェンジェンは思わず天を仰ぎ、かと思えば猫になったメイの体を両手で掴んだ。
「いや凄いよ。凄すぎるよ。正直その無駄な心意気には賞賛の念を送るよ。でも危険だからさ、戦場からは離れましょうねー」
「は、離してくださいまし! てかどこを掴んでますの! エッチ!」
そのまま持ち上げると猫の体が『ウニョーン』なんて擬音でも発するかのように伸びていき、かと思えば爪を突き立て抵抗されるのだが、当然のことながらシェンジェン相手にその程度の反抗が意味などあるはずがなく、彼女はシェンジェンが形成した真っ白な雲の上に乗せられる。
「に………………」
「?」
「肉球! 超絶かわいいワタクシの肉球を触らせてあげますわ! ですからどうか! もう少し戦場にいさせてくださいまし!」
「………………………………むぅ!」
このまま何もできなければ戦場から放り出される。
そう確信したメイは、胸に抱いていたもう一つの目的を果たすためにそう提案すると、猫好きのシェンジェンはそれを一蹴する事が出来ず、頬を膨らませながら迷った素振りを見せ、
「…………いいよ。居残ることを許すよ。その代わり、一つ仕事を頼むよ」
「お仕事ですの?」
「捕まってる狗椛ユイさんの様子を見て、それをこれからやってくるおじさん達に上手いこと伝えてくれ。相手が想定通り機械慣れしてない連中なら、連絡する隙くらいいくらでもあるだろうからさ」
「それくらいお安い御用ですがえらく素直じゃありませんか。貴方みたいな仕事の方って、普通もっと一般人の参加に関しては渋るんじゃありませんこと? そんなにワタクシが好きなんですの?」
かと思えばため息を吐きながら承認。
これは腕の中でもがいていたメイにしても少々どころではなく意外であり、そんな感想が口から洩れるが、
「そうなんだけど残念ながら時間切れ。これ以上無駄話をする余裕はないみたいなんだよね」
「………………ンニャーーーー!?」
その意味を察するのにあまりある敵意が、直後にシェンジェンとメイを包むように拡散。
モロに浴びたメイはシェンジェンが手を離すのと同時に離れていき、何かを考えるだけの余力がなかったため、シェンジェンの指示通りに動きログハウスの方へ。
「来てくれて嬉しいよ。でもお供ゼロはちょっぴり寂しいな」
「誘いの類なのはわかっていたからな。無駄な人員は割けん」
「そこまでわかった上で君が来たってことは、中に君以上の手練れはいないんだね。よかったよかった」
「………………」
軽口を入れながら探ってみると無言の肯定が返され、これ幸いと思ったシェンジェンが更に相手側の情報を絞り出そうとするが、諦める。
「お喋りをするつもりはない」
「!」
目前にいる金の十字架を刻んだ白磁の仮面を被った青髪の青年が、僅かに腰を落としたかと思えば疾走を開始。
一瞬で距離を詰める彼の姿をシェンジェンはギリギリ目視する事が出来たのだが、彼が初撃を撃ち込むために一歩踏み込んだところで、シェンジェンは敵の得物を知る。
(三尺ほどの長さの杖? 棍? いやなんにせよ、棒術の使い手!)
距離を詰めた謎の男が予備動作を極限まですり減らした上で繰り出したのは、手にしていた一メートルにギリギリ届かない長さの質素な見た目の棒を使った突きで、シェンジェンはこれを神器アーレスを嵌めた右手で上へ弾き、
「手番は渡さないよ!」
(鋭い!)
そのまま一呼吸の間さえ置かず拳を連打。
その数は秒間千発を超える域に達していたが、男はこれら全てを攻撃の余波も含め完璧に躱し、
「そこだな」
「細かいところに割り込んで来る!」
生まれた僅かな隙間を縫うように突きを繰り出しながら一歩後退。
「っ!」
「攻撃の手をを緩めたな!」
その一撃を弾くためにシェンジェンがほんの一瞬攻撃を止め防戦に転じると、男はその瞬間を完璧に見切り、シェンジェンの拳が届かないだけの距離を正確に測って一転攻勢。
秒間攻撃回数は瞬く間に二千回を突破したが、シェンジェンの額を汗が伝う事はない。
「いい腕だね。惚れちゃいそうだよ!」
この展開を読んでいた彼は、防戦に回る直前に風の斬撃を千発発射。
それは大きく迂回しながら目標の真横から襲い掛かる不可視かつ不意の猛攻で、不可視のそれを男は見極められず、その肉体を切り裂かれる定めであった。
「………………ハァァァァァ!」
「なっっっっ!?」
その運命が今、シェンジェンの前で捻じ伏せられる。
「城壁」
能力を使ったわけでもなければ、練気を使った気配もない。
ただただ手にしている木の棒を素早く動かす事で男は、攻撃に使う二千発以上に加え、迫る風の斬撃全てを弾くという絶技を見せつけ、
「速度! 更に上げていくぞ!」
そこからシェンジェンを更に引き離すように攻撃速度が急速に上昇。
回避しきれなくなったシェンジェンは両手まで酷使して捌き始めるが、それでもなお完璧な対処をしきることはできず、
「取りこぼしたな」
逃した一手がシェンジェンの右腕をかちあげると、男はそれによって空いた空間に無理やり体を潜り込ませ、握手の肘鉄でシェンジェンの左手の骨を粉々に粉砕。
「嵐雨!」
続けて繰り出された突きと打撃の応酬はシェンジェンの股間から上・首から下を数えきれないほど叩き、苦痛に顔を歪めながらシェンジェンは確信した。
こと近接戦において、目の前の男は自分よりも勝っていると。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
決戦開始からの早速の劣勢。
少年時代編では何度もあった事ですが、ちゃんと十全の力を発揮できる状態で、創意工夫までして戦った上で追い込まれるっていうのは、実は五章に入ってから初めてな気もします。
そんな彼との戦いはまだまだ始まったばかり。
両者ともに手の内は全く晒しておらず、ここから勝つための手段を構築していきます。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




