猫目メイの騒動 四頁目
「これは………………何事でしょうか」
「停電ですかな?」
「もしかして何らかのテロなのでは?」
「馬鹿な事は言わないでおくれよ。怖いじゃないか!」
「もしそうなったら、若い頃はプロボクサーだったワタシの腕を披露しますよ!」
舞踏会が行われていたホール全体が暗くなった直後に響いたのは、突然の事態に困惑する声の数々。
参加者の多くが思わぬ事態に様々な言葉を吐き出している様子であった。
『皆様お静かに。すぐに周囲の様子を探るので、慌てず、お静かにしてお待ちくださいませ」
そんな彼らが拳大の光の塊を持った老紳士の勢いのある声を聞いた瞬間口を閉じ、指示が出されるよりも早く屈んだのはこのような事が起きる事は十分に想定していた惑星『ウルアーデ』の民であるゆえで、周りの態度を手にした明かりで大まかにだが判断した老紳士はすぐに探知系粒子術を発動。
何が起きたのかを知るために動き出し、
「よーし太郎共! 手筈通りに動きやがれ!!」
このままいけば何事もなく終わるだろう。
そう思った者達の予想を引き裂く声がホール全体に響いたのは直後の事で、続けて聞こえてくる一発の銃声が、場を混沌としたものに変えていく。
「太郎共ってなんだよ」
そんな状況が訪れるよりも遥かに速く動いていたのは、数秒前にこのような事態が起きる事を隣に立っていた執事から説明されたシェンジェンである。
「そこは普通『野郎共』でしょ」
彼は説明を受けた瞬間、他の者に先んじて自身が体内に宿す風属性粒子をホール一帯に散布。
ホールへと続く階段の踊り場を超えてやってくる十の影を察知すると、真っ暗になると同時に登って来た彼等が何らかの武器を構えたのを確認したと同時に、自身の得意技が発動できるだけの準備を整え、
「エアボム」
「アガッ!?」
掲げられた腕の先端にある銃の引き金が絞られるよりも早く、必勝を誓った声と共に夜闇を吹き飛ばすような華が咲く。
周りの人を怯えさせぬよう、規模だけでなく音も最小限になるよう調整されたそれは、彼等の足元で咲き誇ると、足首を軽々と吹き飛ばし姿勢を崩した。
「みなさまお待たせいたしました。電源をつけます!」
このタイミングで明かりの復旧のために動いていた老紳士が機嫌のよい声でそう告げると、ホール一帯がつい数秒前と同じ状態へと回帰。
シェンジェンはすぐに襲撃者の元へと近づくのだが、思わず顔をしかめてしまった。
「三郎、四郎………………八郎九郎………………こんな結末あんまりだぁ」
「言い間違いだと思ってたんだけどね。太郎ってのはアンタが呼んだっぽい黒子たちの事か。紛らわしいな」
彼が目にしたのは、同じような黒子服に身を包んだ九の影で、渦巻き模様の仮面を被った本体らしき存在がすすり泣きながら彼らの名前を呼んでいくと、役目を果たせなかった九つの影は、体の端から黒い煤となって消えていった。
するとそれを一瞥したシェンジェンは舞踏会の参加客を見渡すために振り返り、
「色々ありましたが、これで面倒事は終わりです。参加者一同におかれましては………………」
変装を解くことなく、普段とは異なる声でこの事態の終わりを告げていき、
「た、大変です! 下の階でいつの間にか火事が! このままここに留まっていれば、十分後にはこの階も火の海になると思われます!」
「………………残念ながらもう一波乱ありそうかな」
しかし即座に撤回。未だ安心できぬ状況であることを認めたが、正直なところそこまで切羽詰まった気持ちではない。
「水属性の使い手は?」
「わ、わたくしが使えますわ!」
「俺も行けるぞ坊主!」
「若いもんだけには任せられんな! おっちゃんも頑張ろう!」
下の階を埋めている火事は、厄介ではあるが火である以上水属性を使えばあっさりと消せるのは予想できることで、一酸化炭素中毒で意識を奪う煙に関しては風属性で吹き飛ばせる。
もちろん伏兵が潜んでいる可能性を考慮して様子を探ってみてもいるが、怪しい影は一つとして存在しないときた。
つまり冷静に事の対処に当たればさして問題のない事態であり、
「待て待て諸君。わざわざ危険な火事の中を通り抜けなくとも、ワープ装置を使えば一発で安全地帯じゃないか!」
「それをするなら先に転送先の確認をよろしくお願いしますね。相手の目的が誘拐の場合、向かう先を弄ってる可能性が高いですよ」
「………………坊主の言う通りだ! よくわかったな!」
仕掛けられていたトラップもシェンジェンは楽々突破。
『窓を突き破って外に出ればいいのではないか?』という意見に対しては、『殺人が目的の場合、狙撃を筆頭とした遠距離攻撃をされる可能性がある』と説明。その上で『全員が一丸となって下から降りるのが一番安全』と説明すると、不満を漏らすものも多少はいたが、冷静な状態であった大多数の者達が宥めて行動開始。
エレベーターは使わず階段でしっかりと降りていき、煙は風で吹き飛ばし、炎は水で消しながら先へと進み、
「到着っと。今度こそ一件落着でしょ」
十数分後。
彼らは屋内で起きた火事を全て鎮火した上で外へ。
「お疲れ様ですグラン殿」
「いえいえ。シーボル殿こそお疲れ様です。見事な粒子術でしたぞ」
「あ! 熱にやられて服の端が焦げてる!」
「本当ですわね。ですけどまあ、命に別状はないどころか、怪我一つ負ってないんですからいいではありませんか」
「そりゃそうなんだけどさぁ!」
多くの人らが自分や他人を褒めたたえ、中でも陣頭指揮をしたシェンジェンの元には老若男女大勢が集まっており、
「戦いの『た』の字も知らない烏合の衆だと思ってたんだがな」
「!」
「どうやら腕の立つ奴が混ざっていたようだな」
直後、空気が一変する。
ビルの屋上から急降下を果たし参加者たちのいる空間のど真ん中に降り立ったその存在は、綺麗な藍色の髪の毛を携えた金の十字を刻んだ仮面が特徴の青年で、シェンジェンが急いで首をそちらに向けた時には既に駆け出しており、
「最低限とはいえ、仕事は果たさせてもらうぞ!」
「え? キャッ!?」
(早い!)
照準を合わせ終えたシェンジェンのエアボムさえ掻い潜り前へ。
狗椛ユイの首根っこを掴むと、瞬きする暇もない速度で戦線離脱。
「どうやら一人、ガチ寄りの奴が混じってたみたいだね」
その後ろ姿を見届け終えると、苦々しい表情をしながらシェンジェンはそう呟く。
それはまだこの夜が終わらない事の証左であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
前半戦終了。お馬鹿な話題から始まった今回の話ですが、後半戦はちょっとばかりシリアスになります。
自分が書く話の中ではおなじみの仮面という厄介な代物が登場。
事態がこれまでにない形で動いていきます。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




