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猫目メイの騒動 三頁目


 アハティーを出る直前、シェンジェンの持っている端末に送られてきた内容は、以下のようなもの。


 一週間後、オルレイユ第八ターミナル内にあるホテル『グランバリエ』で行われる舞踏会。

 そこに参加者であるお嬢様たちに対し悪意を持った者が忍び込み、何らかのテロ行為に及ぶとの通報があり。

 現場にいるシェンジェンはこれの対処をするように。


 ということだ。

 

 問題なのは送り主は神教本部である『神の居城』になっているのだが、この内容が『第三者からの通報』であるという事で、しかし事件を見て見ぬふりをすることはできないという事で、現場での作業を任されていたシェンジェンは指示に従うことに。


「貴方がメイさんの彼氏様ですのね! 私、火鼠サキと申しますの! お会いできて光栄ですわ!」

「アタシはリン・湖狼。よろしくね」

「ええ。よろしくお願いしますお嬢様方」


 結果、心底不本意ではあるが、事態はアハティーで話していたメイの思惑通りに動くことになる。

 一週間後の午後七時。夏ゆえにまだ日没にまで至っていないその時間に、シェンジェンはメイは舞踏会の会場であるホテル『グランバリエ』十八階に足を運び、彼女の彼氏役として潜入。

 十日前に話していた面々を含む、中高大学生のお嬢様二十人をメインとしたその中に、心底不服ではあるが参加していた。


「あ、あの! お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか!」

「かまいませんけど、人の相手に色目を使うのは感心しませんよサキ様!」

「わ、わかっております! けどその………………あまりにも、タイプの理系イケメンでして」

「それくらい構いませんよ。私は――――」


 とはいえシェンジェンにとってどうしても避けたいことはあった。

 自分の正体がバレた結果、学園生活に支障をきたす事である。

 なので此度の彼は変装をしていた。

 黒のフォーマルなスーツに相応しい格好ということを大前提として、肩にかかる程度のまで伸びた髪の毛をオールバックにすることで裏側に隠れていた水色の地毛が表側に。

 更に少し分厚いレンズを使った黒縁眼鏡をかける事で目元を隠すと、中性的な美青年という普段の様子から一変。

 今の彼は、理系の優男という風貌になっていた。


「ヒュンレイと申します。よろしくお願いします皆さん」


 ここから更に声から普段の小生意気な要素を完璧に取り除けば、そこにあるのは普段の様子を完璧に隠したもので、白い手袋をはめた右腕を差し出し握手を求めると、相手の大学生らしき女性サキは顔を真っ赤にしながら応じ、踵を返し、着ていたドレスの裾をつまみながら足早に去って行った。


『上出来ですわ。貴方を誘ったワタクシの目に狂いはなかったですわね』


 そんな時間がしばらく続いた後、メインとなるダンスの時間が訪れる。

 とすると穏やかと軽快さが混ざった音楽に包まれながら参加者とその両親たちが踊りだし、その途中でシェンジェンの頭に流れ込んできたのは、共に舞っているメイの嬉々とした声だ。


『そういえば気になってたんだけどさ、なんで僕だったのさ。顔がいいってだけなら、他にも候補はいたじゃないか』


 これに応じるシェンジェンであるが、その顔はやや曇っている。


『そりゃいましたよ。第一候補は生徒会長のヌーベさんですわ。けどあの方、つかみどころがなくて話をうまいこと持っていく事ができませんでしたの。他にもう一人いましたけどこっちは素行に問題があり。そういう経緯があって貴方にお鉢を回しました』

『最高の答えをありがとう。第三候補ってのも気に入らないけど、生徒会長の代役って知れて腸が煮えくりかえったよ」


 その顔が梅干でも食べたかのように渋くなったのは彼女の話を聞いた直後で、これを見たメイは彼の心境を察し猫のような目を丸く。


『あとはですね、イレ・スペンディオに関する点もあります』

『思わぬ名前が出たね。アイツがどうかしたの?』

『今回は参加していませんが、彼女もこの舞踏会に参加できる資格を所有していますのよ。まあ当然ですわよね。父があの三賢人の一人アル・スペンディオなのですから』

『言われてみれば、確かに』

『問題なのはあの美貌と頭脳ですわ! そのせいで彼女が出る場合はほとんどの話題が彼女中心になって、多くの殿方がメロメロになるなんて不快な状況になるんですの! けれど、貴方は違った。むしろぞんざいに扱った。その点に関しては他二人なんかとは比べ物にならないくらい評価していますのよ』


 続けてそう力説するとシェンジェンもまんざらではない表情になり、舞踏会の時間は終了。

 ダンスが始まる前と同じように、各々好き勝手に動く自由時間がやって来た。


「探したよ。こんなところにいたんだね」

「おやシェンジェン様。この私に何か御用ですか?」


 このタイミングでメイから離れたシェンジェンが向かった先は、舞台の端にある人気の少ないエリアで、向かった先には一人の男性。

 白髪をワックスで綺麗に整えた狐目の青年。すなわちメイお付きの執事のところで、穏やかな笑みを顔に浮かべている彼の横へ。


「今回の依頼に関してはさ、第三者からの連絡からの通報があったってことなんだよね」

「ほう。そんな事情があったんですね。それが何か?」

「あそこまで完璧なタイミングなら、通報主の作為を感じるのが当然の流れだ。つまりだよ、僕はその通報者が貴方で、愛しいお嬢様のために嘘をついたと思ってるんだけどどうかな?」


 溜息を吐きながら単刀直入に聞いてみると、男は一瞬だけ薄っすらと目を開き驚いた表情を浮かべ、けれどすぐに元の穏やかな笑みを浮かべ開口。


「おっしゃる通りです。ですが一つだけ訂正を。私は嘘の報告をしたわけではありません」

「……どういう事?」

「これは私がお嬢様のお付きとして選ばれた理由にも繋がるのですが、実は私、未来を知る類の能力を持っているのですよ。しかも常時発動型の希少能力です」

「!?」


 それまでとは一切変わらぬ様子でそう説明するのだが、これに関してはシェンジェンが心底驚いた。


 予知能力というだけでもかなりレアなのだが、その上で希少能力であるというのは、様々な勢力の情報を得ているシェンジェンでも初めて聞く話であったのだ。


「といっても精度、いえ具体性に関してはあまり期待しないでください。私が知れる情報は実に断片的。『こんなことがこのくらいの間に起こる』程度なんです。ただ細かな情報はわからない代わりに的中率は抜群に高い。ですから今日起こるとされた凶行からお嬢様を守るために、貴方を側に侍らせたかったんですよ」


 とすればシェンジェンの内心は顔に出ており、彼を思って執事は自身の能力に関して詳しく説明するのだが、それを聞いてもシェンジェンの顔はよくならない。


「事情は分かったよ。けどさ、それはそれで厄介な話だよね」

「なぜ?」

「いや実を言うとね、この件は貴方が仕組んだ真っ赤な嘘で、このままこの舞踏会は終わる、程度に僕は思ってたんだよ。だけど今『私の未来予知は必ず当たります』みたいなことを聞いたわけじゃん。で、今は舞踏会終了の三十分前なわけじゃん。つまりだよ」

「起きるのならあと三十分のあいだ、ということですね」


 それは自分が想定していた事情以上の事柄が起きようとしていることを理解したからであり、


「「あ」」


 直後、舞踏会を行っているホール全体の照明が落ちた。

 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


前回までの前置きからあいだをすっ飛ばしての舞踏会当日。シェンジェン変装するの回です。

ちなみに彼は自己紹介の時にフルネームを言ってませんでしたが、フルネームを伝える場合、

『ヒュンレイ・ハラグチ』と名乗るつもりでした。自分が尊敬する大人二名の名前のハイブリッドですね。


もう一つ語るべきは、やはり名前すら出ていない執事君に関してでしょう。

これに関しては『本編に出てない中にも、ものすごい才能や力を持った存在がいるんだ』くらいに考えてくれればと思います。

まぁ流石に、単純な強さの最上位は全員本編に出ますがね。


さて次回は予知されていた事件の発生。ここから更に話は動きます。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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