猫目メイの騒動 二頁目
オルレイユ内のみならず貴族衆全域、更には神教の土地にさえ存在している大人気チェーン店『アフター・ハッピー・ティーラウンジ』、通称『アハティー』。
この場所の特徴は月ごとに更新されるアフタヌーンティーと四種類のスイーツで、これを目的とした女性客やカップルが主な利用客である。
「それでねそれでね! 彼ったら私にべったりとくっついて来る甘えん坊さんなの! でも危ない事があるとしっかりと守ってくれるところもあってね! かわいくてカッコイイの!」
「かわいい、か。そういう一面があるのは憧れるわ。私の彼はカッコいいけど、可愛さとは無縁なのよね。騎士道っていうのかしら? そっち方面に寄りすぎてるのよ」
無論惑星『ウルアーデ』における流通の中心地にして六大貴族の一角が統治しているオルレイユにも複数店舗が出店しており、そのうちの一つは学園都市にあったのだが、この場所には他とは異なる点が一ヶ所だけあった。
一部の大金持ち用の特別な防音室が設けられており、中高生のお嬢様が日夜おしゃべりするために利用していたのだ。
「そういえば湖狼さんのおたくのカレシさんはどうなりましたの。良からぬ噂をよく耳にする方でしたが」
「そうよ! 今日はその事について語りたかったのよ! あの野郎アタシの体目当てで近づいて来たみたいなんだけどね! 胸を揉むまでアタシのコレが脂肪の塊じゃなくて胸毛が発達した物だって知らなかったらしいのよ! んで、『思ってたんのと違う………………』なんてぬかしやがった! だからパパに言いつけて、次の日の朝に八つ裂きにしてやったわ!」
「そ、それはそれは…………」
「本当におかわいそう………………」
「でしょ! 胸が張り裂けそうよアタシ!」
「あ、いえ。湖狼さんではなく、お相手の男性の話ですわ」
「なんでよーーーー!」
此度集まったのも世界中に支店を持つ有名企業のお嬢様たちで、主な特徴として大なり小なり人以外の動物の血が混ざっており、体の一部にそれが露わになっている者が多かった。
そしてそんな彼女らはパフェやデザートプレート、それに紅茶やコーヒーを堪能しながら嬉々として話していたのだが、その内容は年頃の少女らしく恋にまつわるものだ。
「それでさそれでさ! 狗椛さんの方はどうなったの? 確か刃渡さんのところのご子息に告白する予定だったよね!」
「ありがたいことに上手くいきましてね。つい先日もデートをしておいしいディナーの後に綺麗な夜景を一緒に堪能しました。次に会った際は………………どこまで、進むのでしょうね?」
ここで一人を除いた他六人の視線を集めたのは、スラリとした長身に黒のボブカットをした大人びた雰囲気の女性。
犬の耳と尻尾を生やした狗椛ユイで、ゆっくりと立ち上がった彼女は周りのお嬢様たちを見渡すと、顎の下に右手の甲を置きながら頬を染めてそう語り、それを見ていた他の少女たちの口から黄色い歓声が発せられた。
「ところで…………今日はずいぶんと静かですのねメイさん。もしかして具合でも悪いので?」
直後に彼女が視線を注いだ先にいるのは、唯一声をあげなかった少女。
やや表情を曇らせながら、メロンソーダの入ったグラスに刺さったストローに口をつけていた猫目メイで、彼女に話題が振られた瞬間、黄色い声は掻き消え、少女たちの間に緊張した空気が奔った。
それというのも狗椛ユイと猫目メイの二人が事あるごとに争う関係であるゆえで、彼等はすぐさま直後の展開を察し、頭をフル回転させた。
理由は至極単純。
この手の話題になった時、一度たりとも猫目メイが乗っかってこなかったこと。
つまり色恋沙汰に関しては、つい先日までの狗椛ユイと同じく、一度たりとも経験がなかったゆえだ。
「あら、体しか成長していないユイさんにしては気が利くじゃありませんこと。実はそうなんですの」
しかしである、彼女らが予期したような展開にはならなかった。
ストローから口を外した彼女はいつものように感情の赴くままに言い返すことなく、どこか憂いを帯びた表情で応じたのだ。
「それは…………ちょっと意外でしたわ。つかぬ事をお伺いいたしますが、どうなされたのですか?」
とすればそれまで色恋話に関心を寄せていた他の者達も興味をそそられる。
それというのも色恋の話題以外の彼女は常にハイテンションゆえ。
背が低く、一番幼い容姿から連想される通りの元気いっぱいなのが大きな特徴であったためで、そんな彼女が『具合が悪い』などと言うのは少しどころではなく意外だったのだ。
「実は昨晩、想定以上に長い時間愛する殿方と濃密な時間を過ごしていまして…………。もう体中がバッキバキ! ですの」
とすればその理由を彼女は語るのだが、直後に屋内に訪れたのは音の洪水とでも言うべき歓声で、防音性の壁さえ貫通したそれを前に、店内の人々の視線が注がれた。
「そ、そんな………………そんな事があるわけないじゃない! だって貴方! これまで一度たりともこの手の話に乗って来なくて!」
その状態を切り裂く稲妻のような声をあげたのは、今しがた自身の幸福を自慢していた狗椛ユイで、それまでの優雅な様子を投げ捨て、机を揺らす勢いで叩きながら向かいに座っているメイを凝視。
「それは皆さんが色恋に関してワタクシを腫物扱いするからですわ。そんな状態では上手く話せません」
対するメイは優雅さを感じさせる所作と憐れみを感じさせる声で応じると、その場に集ったお嬢様たちは乾いた笑みを浮かべながら顔を合わ沈黙。
「ぐ、う………………あ………………だ、誰なんですの! ペチャパイ高飛車ロリガキの貴方を愛するような異常性愛者は誰ですの!」
がしかし、狗椛ユイだけは違う。
最初に喧嘩を吹っ掛けたという自覚がある彼女は、メイを完膚なきまで叩き潰すために吠え続け、
「ワタクシ、恋に関しては秘密主義、いえ奥手ですの。ですから人の事を見下すおバカなワンちゃんに語るなんてとてもとても………………」
「っっっっ」
その猛攻を彼女はいなす。完璧に打ち負かした事を示すように、頬に右手の甲を添えながら意地の悪い笑みを浮かべて。
それを受けた狗椛ユイはというと、デザートと飲み物が載っている机が壊れる勢いでダンダンと叩き出す。
「あ、でもさ、近々メイさんの相手が誰だかわかるんじゃない?」
「へ? どうしてですの?」
メイが呆気にとられたのは、それからすぐの事。
このままでは本当に机を壊してしまいかねないと思ったお嬢様の一人が、助け船を出した事によってだ。
「お忘れですかメイさん。十日後に私のお父様が主催とするダンスパーティーを開かれるではありませんか。で、そのお相手に関しては親密な仲の方がいらっしゃるのなら、必ず連れてくるように言っていたじゃありませんか」
「………………い、言っていましたっけ?」
「言っていましたよ。だってもしかしたら将来一緒にお仕事をするパートナーとなるかもしれない相手なのですよ。早いうちに知っておきたいじゃないですか」
「そ、そそそそそそうでしたわね! うっかりしていましたわオホホ!」
とすると話が進むごとにメイの顔から余裕が消えていき冷や汗を流し始めていたのだが、これに比例するように持ち上がっていったのは狗椛ユイのテンションだ。
「それはそれは………………ほんっとうに楽しみですわね! 今まで恋を知らなかったメイが選んだ! とっっっっても素敵な殿方なんですものね! 超! 楽しみですわ!!」
彼女は他のお嬢様と比べ鼻がよく、すぐさま彼女の心境の変化を察知。
勝利の祝杯を確信したかのような態度で接し、そのまま最後まで残っていたティラミスを食べ高笑いしながら紅茶を飲み干すと、それからさほど時間をかけず多くの面々が食事を終え、その日は解散。
「ま、マズイ………………マズイですわ! こりゃめっちゃマズイですわぁぁぁぁ!!」
自室へと帰還したメイは、ベットに顔を埋めながら悲鳴を上げた。
これが此度の一件の始まり。シェンジェンが巻き込まれた理由である。
「で、僕にその彼氏役を務めてくれと?」
「そうですの! この最高のお嬢様のワタクシの! 彼氏役という高貴なものに! 貴方は選ばれましたのよ!!」
「煽ってるか小馬鹿にしてるようにしか思えないんだけどさ………………良照君。訳せる?」
「多分『すごく困ってるから助けて』ってことを言いたいんじゃないかと思うんだよね」
そうして時は現実に戻る。
アハティーのお嬢様専用の防音室ではメイとお付きの執事に良照。そしてシェンジェンがデザートと飲み物をお供に話し始めており、良照の翻訳を聞いたシェンジェンが何度か小さく頷き、
「いや普通に嫌だよ」
「な、なんでですのぉぉぉぉぉぉ!?」
「その誘いに乗った場合さ、僕はもれなく女児性愛者…………いやロリコンなんだろ。諸々抜きにしてもそれだけで嫌すぎる」
彼女に対し当然の返答を。
とすればつい先日の狗椛ユイのようにメイはダンダンと机を叩き始めるが、シェンジェンは机と拳のあいだに風のクッションを置くことで衝撃を最小に。
「わ、ワタクシの彼氏になれば! 莫大な財が手に入るんですよ!」
「お金には困ってない」
「し、私用のトレーニングルームを持つことだって可能でしてよ! 中々呼べない猛者だって専属のトレーナーに!」
「いや神の居城に戻れば好き放題トレーニングできるし、そこにいる人らより強い人なんてまず呼べないでしょ」
「う、ぐぐぐぅ!」
投げかけられる提案もあっさりと払い除け、彼女は机を鋭い爪でガリガリとひっかき出す。
「う~~~~にゃぁぁぁぁぁぁ!!」
挙句の果てには栗色の髪の毛から猫の耳を飛び出させ、口ひげをニョッキッと生やしながら絶叫。
「翻訳」
「万策尽きたってことだと思うよ」
良照は乾いた笑みを浮かべながら、シェンジェンはヤレヤレと首を左右に振りながら立ち上がり、後ろから聞こえてくる静止の声を振り切りながら部屋を出ていこうとするが、
「あ、ちょっと待って。メールだ」
このタイミングでシェンジェンの持っている仕事用の携帯端末が小刻みに振動。
すぐにそれを確認し、
「…………うっそでしょ。こんなことってある?」
提示された内容。それに後ろで悔しそうな表情をしながら涙を流すメイと宥める執事の姿を、何度も交互に見る事になった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
時系列戻しての猫目メイの行動記録な話ですが、正直書いててめっちゃ面白く、無駄に内容が分厚くなった気がします。
高貴な身分の人らが感情の赴くまま動くと愉快になってくるんですよね。
そして現在の時間軸に戻りシェンジェンは当然のように断るのですが………………まぁ最後の反応しかり。話の内容しかり。そんな上手いこと進みはしませんよね。
では何があったかと言われれば、この先の物語で。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




