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猫目メイの騒動 一頁目


「期末テスト終了~。このテストの結果が帰って来たら晴れて夏休みなわけだけどさ、二人はどこか行く予定とかあるの?」

「僕は家族旅行に行くくらいかなぁ。シェンジェン君は?」

「特になし。家永君は?」

「射撃の練習を毎日やらなくちゃいけないからあんまり遠くには出かける予定はないけど、お父さんの実家には顔出ししなくちゃいけない気がする」


 六月末のある日の事。

 終礼を告げるチャイムが鳴り響き、シェンジェンが肩の力を抜きながら教室から退出。

 肩を並べる二人の友人らと話すのは、二十日後にまで迫った夏休みに関してだ。


「ならさ、みんなで旅行にでも行かない? 予定空いてるでしょ」

「いいね! 僕は賛成!」

「僕も賛成だけどお父さんとお母さんの許可がいるから、一度聞いてみるよ」


 数多の戦場を潜り抜けた身とはいえ、シェンジェンはまだ十六歳の若者だ。

 体験したことのない『友人との長期休暇』というものに憧れを持っているのは当然の事で、友人二人の前に、後ろで手を組んだ状態でステップを踏み移動するその顔に浮かぶ表情は、普段よりも明るい。


「弓道場に向かうからここら辺で。いき先に付いては僕の方でも考えとくけど、何かいい案があったら教えてね!」

「うん。そうするよ!」


 三人は旅行の予定は当然の事、他にも様々な事柄について談笑し長r校門の前まで歩き、そこで部活動に所属している馬郎が離脱。弓道部へと続く道を歩いていく。


「旅行に関してだけどさ、どっか行きたいところとかある?」

「色々あるけど、お小遣いの事を考えると結構場所が限られちゃうよねー」

「そんなこと気にしないでいいって。色々な任務でお金を稼いでるのは勿論のこと。親しい人だって多いんだからさ。行きたい場所さえ言ってくれたら、僕がどこにでも連れてってあげるよ!」

「それはそれで行きたい場所が多すぎて迷うなぁ。おすすめとかない?」

「色々あるから、せめて要望くらいないとキツイなぁ」

「お待ちなさいな小市民! そして未来のフィアンセ!」


 残る良照とシェンジェンの二人はなだらかな下り坂を歩き続け、人通りの多い繁華街までたどり着くのだが、ここで彼等の前に立ち塞がる姿があった。


「このワタクシが! 直々にやってきましたわ! 平伏しなさい!」


 その人物は栗色の長髪を二本の縦ロールにしている、猫を彷彿とさせるツリ目に童顔が特徴の小柄な少女で、学校指定の制服を着ている彼女は、自身の胸元に右手を置きながら甲高い声をあげ、二人を見下すように顔を持ち上げると得意げな笑みを浮かべたまま静止。


「お嬢様、二人共無視して先へ進まれましたよ」

「は、はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!? なんでですの!? なんでですのよ!?」


 その状態が五秒ほど続いたところで、少し離れたところにいた紳士服の青年の言葉を聞き、彼女は腹の底から発するような怒声をあげる。

 するとその勢いで周囲にある建物の窓が粉々に砕け、周囲にいた多くの人らが何らかの対応をするため動き出す中、当の本人は流れるような所作でそれらの人々を躱し、シェンジェンと良照の前に。


「お待ちなさいな! どーして無視なさるのですか! ワタクシがわざわざ声をかけてあげたのですから、そこは尊敬と敬意をこめて返事をするのが礼儀でしょう!!」


 と同時に再び声をあげるが、それを受けたシェンジェンの反応はよろしくない。


「いや知らないよ。というか僕たちに話しかけたの? 僕の知り合いの中に、君みたいな子がいた覚えなんてないんだけど?」


 ただそれも当然のことだ。

 なにせシェンジェンは、今しがた口にした通り彼女とは一度たりとも顔を合わせた覚えがない。

 となれば尊大な態度にイラついたりする以前の問題として、自分が呼びかけられた自覚すらなかったのだ。


「な、なんという事でしょうか! ワタクシとフィアンセで、ここまで意識の差があるなんて!? かくなる上はそこの小市民!」

「ぼ、僕?」

「貴方ならワタクシの事は知ってるわね!」

「え、えっと…………うん」

「なら説明!」


 猫のように鋭くも愛らしい目をした彼女が次に視線を向け指さしたのはシェンジェンの隣に居る良照で、すると彼はシェンジェンとは違い彼女を知っていることを示すような反応を行い、気になったシェンジェンが視線をそちらへ。


「彼女は猫目メイさん。僕達と同じクラスに所属してる人だよ」

「クラスメイトって事? けど今日まで一度も来てた覚えがないけど?」

「それは彼女のお仕事、お家の問題だね」

「お家の問題?」

「猫目家は、大手化粧品メーカー『キャッツアイズ』を展開しているんだけど、そこのご令嬢のメイさんはここ数週間取材やCMの撮影をするために休学してたんだ。だからシェンジェン君が転校してからは、まだ一度も顔を出してなかったんだよ」

「………………んー?」


 その意味を察した良照が彼女に関して説明をするが、そこまで聞き終えてもシェンジェンは首を捻る。

 自分が呼び止められた理由が皆目見当もつかないからだ。


「ワタクシの素晴らしさがわかった事でして? つまり! そんなワタクシのフィアンセに選ばれるという事は、とってもとっても光栄な事なんですのよ!」


 だから理由を促すよう今度は当の本人に視線を飛ばすのだが、彼女の態度は変わらない。

 シェンジェンの問い掛けに対し答える様子は微塵もなく、命令口調でそう告げ、


「ですから貴方はただ『ハイ喜んで!』と言えばいいのです! そうすれば夢みたいな将来が約束………………」

「え、普通に嫌なんだけど」


 ノリに乗ってる彼女の意気を挫くように、シェンジェンが素っ気ない声でそう告げる。


「………………………………へ?」

「いやだから。そんなの断るに決まってるじゃん。むしろなんで受け入れてくれると思ってたのか本気で疑問なんだけど」


 とすれば彼女は、本当の本当に、一切予想していなかった答えを聞いたとでも言うような声をあげ、更なる追撃を受けたところで体を震わせ、己が心境を隠そうともしない足取りでシェンジェンの目の前へ。


「わ、ワタクシのフィアンセになるという事は! 猫目家の財産が懐に飛び込んで来るという事! 贅沢三昧な誰もがうらやむような生活が約束されるんですのよ!? い、一生遊んで暮らせる極楽ニートな未来が待ってるのに、捨て去るとおっしゃるのですか!?」


 自分と結婚した場合に得る恩恵を身振り手振りを咥えながら早口で語るが、残念ながらこれが思い通りの効果を発揮する事はない。


「いやいや、そんな生活してたらどっかで修行をサボっちゃいそうじゃん。それに性格だってわがままで性悪なものになるだろうし」

「!」

「というかだよ、今の時点で十分なお金を稼いでるし、満足できる楽しい日々を送ってるんだよ。現状に文句なんて何もないのに、そんな提案を受ける理由もないでしょ」


 なぜなら彼女の思い描いた幸せはシェンジェンが思い浮かべる幸せと異なっているからで、ゆえにシェンジェンは、悪気など微塵もなく、言葉の拳でボコボコに彼女を叩き潰す。


「な、なら!」

「?」

「それなら! 力づくで奪わせてもらいますわ! ドーベル!」

「お嬢様のご命令ならばお受けしますが………………よろしいのですね?」

「お、やるのかい。受けて立つよ」


 直後の彼女の対応は、まさしく戦の星『ウルアーデ』に相応しいもの。

 欲しいものが抵抗するならば力づくで奪うというもので、指示を受けた執事服の青年は涼しい顔をして前に。

 かと思えば振り返り念押しするようにそう告げるが、聞かれた当の本人の意思に曇りはない。


「それ、確認する必要がある? ワタクシが一度出した命令を撤回することなんて、あるわけがないでしょう」

「………………失礼いたしました」


 怒りも悲しみもなく、心底から困惑した様子で返事をすると、執事ドーベルは表情一つ変えず、けれど主には気づかれないほど小さくではあるが肩を竦めると、命令をこなすためシェンジェンへと向かって行き、


「せい――――――や!」

「うぐっ!?」

「………………………………………………は?」


 一秒間のあいだに五百回以上の衝突を繰り返した末、シェンジェンの繰り出した拳が彼の腹部に直撃。

 体をくの字に曲げた彼は口から多量の唾を吐き出したかと思えば、主であるメイの横を音を遥かに超えた勢いで通り過ぎ、背後にある建物を八件壊した末に静止。


「き、気持ちいい~。やっぱり全力で戦えるのって最高だね! ここ最近ずっと力を封じられるような戦いだったから、心が晴れたよ! 快晴だ!」

「そんなことよりまずいよシェンジェン君! 建物を壊しちゃったし怪我人が!」

「人気の少ない方向に飛ばしたから、探ってみた感じ死人はもちろん怪我人もゼロ! 建物に関する被害だけは言い逃れできないけど………………そこは敗者に何とかしてもらおう! すっごく大きな企業みたいだからね!」


 ここ数か月で最高の笑みを見せるシェンジェンとは対照的に、高飛車な態度を見せ続けていた猫目メイの顔は青くなり、高慢な表情が消え去ると泣き出しそうな表情を浮かべ、


「でだよ、今すっごく気分がいいから聞いてあげるけどさ、いきなり僕にあんな提案をしてきた理由はなにさ。当然理由があってこんな無茶な事を言い出したんだと思うんだけど?」


 コンクリートの地面に尻餅をつき、小刻みに震える彼女の前にシェンジェンが移動。

 見下ろされた彼女に先ほどまであった余裕はなく、ゆえに素直に答える。


「お、お父様にお母様。それに………………親友たちに紹介しなければいけませんの。ワタクシの最高の彼氏を」

「それと僕になんの関係があるのさ?」

「う、嘘を」

「え?」

「嘘をついて、しまいましたの。見栄を張る、ために! いないのにそんな噓を!」

「………………思ったより数倍最低な理由だよ君ィ」


 それを聞いたシェンジェンは引きつった笑みを浮かべながら感想を述べた。

 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


さて始まりましたテスト明けから始まる新たな物語。

ドタバタで滅茶苦茶な波乱が予想される、新キャラ猫目メイを主軸にしたお話です。


にしても掻いてて思ったのですが、高飛車かつ人の事を考えない、見栄っ張りのお嬢様。なんて要素要素を抽出していくと、あまり褒められた性格ではありませんね。

そんな彼女の詳しい話はまた次回で。


それではまた次回、ぜひご覧ください!




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