勝敗を隔てたもの 二頁目
今現在の状況をこの場において最もフラットな目で見られる者は、意外な事に戦いとは無縁のイレ・スペンディオであった。
「貴方、は」
「もしよければなのですが、こちらの色紙にサインをいただけますか? 『エラッタ・リードへ』という文字も添えていただければ!」
「…………その手のものは断っているんだ。すまないな」
この場に現れたゼオスは当然の事、頭に血が上ったシェンジェンは言うに及ばず、終始自身のペースを保っていたヌーベとどちらかに偏ったことのない平等な審判を心掛けていたエラッタの二人も、『神の座の懐刀』の異名で通っているゼオスがこの場に現れたとなれば、普段とは異なる態度を見せており、
「失礼しましたっ」
「出過ぎた真似をしました!」
「………………ここに来たのは私用だ。楽にしてくれ」
かと思えば二人は片膝をつきながら頭を垂れ、ゼオスがそう言うと、しばし時間をかけて元の姿勢へ。
「…………それよりシェンジェン。お前と彼の差が何か、まさかわかっていないわけではないだろう?」
九年前には注がれなかった視線や感情。
それに対する自身が行わなければならない立ち振る舞いに煩わしさを覚えながら話しかけると、シェンジェンは唇を尖らせながらそっぽを向いた。
「……では生徒会長殿に聞こう。今この場で戦うまでの一日ほどのあいだに、貴方はなにをしてきた」
であれば矛先は彼と戦っていた少年に移るが、話しかけられた彼の様子は数秒前とは異なる。
ゼオスの意図を汲んだ彼は、いつも通りのマイペースな様子に戻ったのか表情が穏やかなものになっていた。
「公式、非公式問わず、これまでに記録されていた彼の戦闘データを見直し、どんな手が繰り出されても対応できるよう対策してきました」
ただ内心の緊張が隠しきれていないのは強張った声を聞けばすぐにわかり、けれどシェンジェンは彼のそんな様子を笑わず、悔しそうに唇を噛みながら自身の服の袖を強く握った。
「…………対するお前はどうだ? ただ強敵と戦えることが嬉しくて、なんの対策もせず一日が過ぎるのを待っただろう? それこそ『知識ゼロで挑む方が新鮮味とワクワクがあっていい」と思ったんじゃないのか?」
「な、なんでそこまでわかって!」
「無意味な攻撃を何度も繰り返してたのを見てたら、戦いとは無縁のワタシだってわかるって」
シェンジェンがそんな反応をした理由はゼオスが告げた通りで、頭の後ろで手を組みながらケタケタと笑うイレをシェンジェンは睨み、
「…………準備の差。言葉にしてしまえばそんな簡単なものが、勝敗を分けた。ただそれだけの事だ」
そのまま空気があらぬ方角へと向かうより早く、場を収めるようにゼオスが言い切る。
「でも………………」
「?」
「でも! こんなの納得できないですよ! 全力同士の戦いだったはずが! 場の状況が原因でルールのあるゲームに代わって! 単純な力比べとは別の部分で勝負が決まった! そんなの納得できるわけがない!」
それでもシェンジェンは矛を収めない。
大袈裟な身振り手振りを行いながらそう訴えかけると、『もう一度全力の勝負をしたい』と声を荒げるが、これが彼個人のわがままなのは誰の目で見ても明らかだ。
「シェンジェン君」
「!」
ゼオスはこれうぃ『見苦しいぞ』と一言ですっぱりと切り捨てるつもりであったが、そう告げるよりも一歩早く前に出て口を開いたのは、挑戦を申し込まれたヌーベ本人である。
「君の言い分はわかる。しかし少し考えてみて欲しいんだが、誰彼構わず挑戦を受けていては、ボクに休む暇がないと思わないかい?」
「………………っ」
「オルレイユ全八校におけるトップ。個人ランキング第一位………………そんな立場にいると、勝負を挑まれるのは二度や三度では済まないんだ」
戦う前と同じのんびりとした声を発するヌーベであるが、彼の言う事にはシェンジェンを含めたこの場にいる全員が納得した。
男も女も、老いも若いも、どんな立場の者でも、この星に住むのなら規模は違えど『強さ』への探求心というものを持っている。
高校に通っている年齢の少年少女とてそれは変わらず、むしろ若さゆえの血気盛んさがあるといっていいだろう。
そしてその目標として、身近な場所にいる強者代表に挑もうとするのは、何らおかしなことではない。
「だからね、ボクはそんな人らに対していつも同じ言葉を返しているし、君にも同じことを言おうと思うんだ」
そんな提案を断る時のセリフを彼は既に用意しており、
「もし僕と本気で戦いたいのなら、高校生個人戦ランキング十六位以内に入るんだ。そうすれば、月一回行われるトーナメントで戦える可能性がある」
今までののんびりとした声とは違う。
挑戦者を待ち受ける王者として言葉を放ち、シェンジェンは一瞬心底悔しそうな顔をしたかと思えば、肩を揺らしながら項垂れ、
「………………ゼオスさん、確か納得できず暴れるのなら、相手になってくれるんでしたよね」
「……おい。お前」
かと思えば地の底から聞こえてくるようなおどろおどろしい声を喉奥から発し顔を持ち上げ、
「じゃあお言葉に甘えますねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
雷を置き去りにする速さで距離を詰めると、ゼオスの顔面へと向け、善の動きを模倣した最速の拳を撃ち込んでいく。
「……くだらん」
それが届くよりも遥かに早く、少年の四肢は吹き飛んだ。
ゼオスが瞬く間に繰り出した四度の居合の餌食となり。
次いで繰り出された手刀がシェンジェンの意識を奪い、
「ねぇゼオスさん。一瞬シェンジェンの動きが止まったけどさ、なにしたの?」
その光景を傍から眺めており、疑問を抱いた者達を代表してイレが呑気な声をあげながら挙手して質問。
「……殺意や敵意に自身の思い描くビジョンを乗せ、現実に起きたと錯覚させた。『気あたり』とも言う」
「おぉ~キアタリ」
「…………無傷での敵の鎮圧。強敵相手のハッタリやフェイントに使えて便利でな。ここ最近のお気に入りだ」
最後の一撃以外は錯覚であることさえ気づかず意識を失ったシェンジェンを担ぐと、その場を後にするため歩き出し、
「…………いい試合を見せてもらった」
「ありがとうございます」
「………………だが、次に戦う時はおそらく一筋縄ではいかないだろう。ゆめ努力を忘れるな」
「もちろんです。ただ」
「………………?」
「どんな状況で、どれだけ相手が強大であったとしてもボクが勝ちますよ。それが頂点に立つ者の役目です」
「…………いい意気だ。君のような若者が育っているのは喜ばしい」
振り返るとそのような会話を行った末に第七高校から退出。
瞬間移動は使わずビルの屋上を駆けていき、
「……泣くほど悔しいとはな。ライバルに恵まれたなシェンジェン」
自分に立ち向かってきた理由。
耐え切れなくなった感情を強制的に止めた証である涙の跡を横目で眺めながら、ゼオスはそう告げた。
こうしてシェンジェンにとって初めての学校行事は終わりを告げた。
同年代の少年に負けるという、初めての苦い記憶を伴いながら。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
敗因説明回その2。
聞いてみれば当たり前の、けれど決して無視できない要素のお話。
それを堂々と指摘された上にゼオスにボコされるなど、今回の戦いのシェンジェンはちょっと不憫。
なんにせよこれまでと比べるとちょっと長かった今回の第一回対抗戦編も終了!
色々と後に繋がる話も出せたので筆者的には満足です。
次回からはまた別の話題。
そろそろ本筋にも向かいます。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




