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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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少年少女、奇襲をする 一頁目


「止まれ。ここが目標の地点。濃霧から五キロ離れた場所だ」


 辺りを警戒し足音を殺しながら進んでいた一行が康太の声に従い足を止める。


「こっからさらに南下して目的地を目指す。もちろん、これまで以上に警戒してな」


 康太が待機場所として選んだのは、周囲を大量の葉を付けた木々で覆われた、座るにはおあつらえの石が複数存在する休憩にはうってつけの場所だ。


「へぇ、あんたにしてはいい場所を選んだじゃない」

「クソ犬が。もうちっと素直に褒めやがれ」


 その場所に到着してすぐに周囲の状況はどうであるかを残りの面々が確認すると、優が川のせせらぎを聞き、周りを警戒しながら側に近寄り、川の水を掬いあげる。


「すぐ行くのか?」

「いや、余裕をもって動いた甲斐もあって時間に余裕がある。体力を温存してたとはいえ動いたら疲れる。ここで五分程休んでから動く」


 そうして心を穏やかにしている彼女をチラリと捉えながら蒼野が手ごろなサイズの岩に腰かけ、四人の中で最も周囲を警戒している康太に話しかける。

 その間ゼオスは木に背をあずけ、腕を組み目をつぶっていた。


「にしても思ったよりも順調に行けたわね」


 これまでの道中、探知されるような事もなければ接触も全くなかった。

 敵は複数と聞いていた優はこれには拍子抜けし、時間も体力も思ったよりしっかりと残すことができた。


「まあな。お前に同意するのは心底残念だが、その点については同意見だな。もう少し警戒されてると思ってたんだが、この分だと敵の数自体はそこまでなのかもしれないな」

「うわ……」


 とその時、康太の返事を聞き優が顔を歪める。


「なんだよ」

「いや、アンタがアタシの発言に答えるなんて珍しいと思って。明日は雪ね」

「テメェの事は嫌いだが、的を得てる発言を私情で否定するほど落ちぶれちゃいねぇよ」

「あら、そうなの」

「ああ。つまり常日頃は明後日の方向の発言ばっかりしてるってことだ」

「…………まあ猿並みの知能には人間様の考えは理解できないってことね」


 それに対する優の返事を聞き康太は悪態を吐き、それを聞いた優の眉間にしわが作られる。

 その後彼女が煽り返した所で康太の纏う雰囲気が重いものに変化したのを蒼野が察知し視線を向けると、彼の腕が銃にまで伸びていた。


「なんだと」

「なによ」

「ちょ、こんなところで喧嘩するなよ。一発で相手にばれるぞ」

「……下らん」


 小学生のような理由で喧嘩を一触即発の空気を放つ二人を見たゼオスが誰にも聞かれぬほど小さな声でそう呟くが、その時ふと妙な引っかかりを覚える。

 この展開は優や康太の言う通り順調だ。いや、順調すぎるのだ。

 古賀康太の話を聞く限り、今回の相手は『熟練した兵士団』のようなものだ。

 話を聞くにその集団の戦力バランスもよい。加えて上司部下の階級制度もしっかりしている。


 ただのゴロツキ、等という言葉で片付けるには危険すぎる相手だ。

 そんな相手が完全に後手に回るとは、中々考えられない。

 最低限こちらの居場所を突き止める策は張っておくはずだ。


「……尾羽優」

「ん?」


 ゼオスの脳裏に一つの仮説が浮かぶ。

 水属性の粒子を川に流すことで相手の居場所を感知する術技や風属性粒子を飛ばし居場所を感知する術技。その存在の気配を察知しゼオスが喧嘩している途中の彼女を呼びかける。


「……貴様の腕で川の水に誰かの属性粒子が混ざっていないか確認できるか」

「ええ。できるわ。それと、貴様なんて呼び方は止めてよね」

「……善処しよう」


 突然呼ばれたことね目を丸くした優だが、その真意を理解し水に触れる。


「何もないわ。この水は触れた相手の痕跡を辿るとか、そういう類のものは一切しかけられていないわ」

「……なに?」


 川の水を探った結果を口にする優にゼオスが困惑の声をあげた。


「な、なんだ。何にもないんじゃないか。たく、お前は心配しすぎだって」


 優同様ゼオスが心配していた物事の正体を知った蒼野が、優の答えを聞き額に浮かんだ汗を拭く。


「「…………」」


 けれども、残る三人の表情は一向に晴れない。

 属性粒子を使った探知術は基本的に諸刃の剣とされている。

 うまくいけば相手の居場所や現状を確認できる便利な力だが、相手に利用され逆探知に使われる可能性も十分にあるからこそ、そう呼ばれているのだ。

 逆に言えば居場所が完全にばれている場合、ノーリスクでそれを行えるという事でもある。


 目的地から十キロ離れたこの場所で周囲への警戒を最小限に留め体を休める彼らはまさに格好の獲物で、キャラバンを乗っ取ったまま動いていないとするならば、これを行う際のリスクも存在しない。

 

 だというのに何もしてこなかった相手に、蒼野を除く三人は同じ考えを持った。


 この敵は何かがおかしい、と。


「休憩はそろそろ終わりだ。行くぞ」


 そこまで考えたとしても足を止める理由にはならない。

 むしろここまで安全に来れていた事実を前に緩めていた空気を引き締め、再び目的の戦場へと向け歩き出す事を決意。


「ところで気になってたんだが、何で相手の動きを観察するなんていう時間のかかることをするんだ? 例え五人一組でも、見回りに来てる奴らを不意打ちでとっ捕まえてしまえばいいんじゃないのか。またはゼオスの能力で一気に特攻を仕掛けるとかさ」

「それも考えたんだがリスクが高すぎるからやめた」

「リスク?」


 歩き出してすぐ、蒼野が気になった事を尋ねると、康太は即刻その意見を否定した。


「ああ。敵は原則五人組ってことは言っただろ。その五人組の内役にも違いがあるらしいんだが、途中まで俺を追ってきた連中の大半は特有の仮面を付けていた。んで、逃げ回った後、もう一度近づいて奴らを観察して見たら、濃霧の周りを守ってる奴らは均一のデザインだった。ここからは仮説だが自由に動ける奴らってのは恐らく曲者揃いだ」

「……そいつらは奇襲の候補から外すということか」

「ああ。馬鹿みたいに手間取った挙句、援軍を呼ばれて撤退つー未来が見えるからな、見回りの奴らは基本的に放置だ。ゼオスの奴の能力に関しては、まあ出た先でどれだけの相手がいるか分からんからな、怖くて使えん」

「なるほど」


 康太の説明に蒼野が頷き納得する。


「それより三人とも静かに。前から誰か来てる」


 するとそうしている間に先頭を歩いていた優が唇に人差し指を添えながら早口でそう伝え、男三人が急いで草陰に身を潜める。

 その体勢のまま待ち続ける事数十秒。

 目出し帽にサングラスを付けた筋骨隆々の男が二人と、髑髏の仮面の男が一人。それに加えて渦巻き柄の仮面の戦士が二人が隠れている彼らの側を通って来た。

「半数以上が固有の仮面、ね。クソ猿の考察はある程度は信用できそうじゃない」

「そりゃどうも。ま、俺が危険視してる奴らの事は分かってくれたと思う」

「…………あれは一筋縄じゃいかない相手だろうな」


 ゼオスの言葉に優とゼオスも同意する。


 戦えば恐らく勝てる。

 だが必ず苦戦する。


 目さえ合わないほんの一瞬の遭遇で、彼らはなんとなくではあるがそれだけの事を理解した。


「……ここに長居する意味はない。行くぞ」


 彼らが視界の端から消えた事をしっかりと確認したゼオスがそう告げ、一行は草木を掻きわけながら濃霧を確認できる範囲にまで接近。そこには康太の言った通り濃霧周辺を守る五人一組の影がいくつも存在しており、明確な隙を探そうとしても、存在しない事をすぐさま理解した。


「康太の作戦通りならここから日没まで監視なんだよな」

「…………」

「康太?」

「あ、ああそうだな。その通りだ」


 日没までおよそ三十分。予定通りの時刻に目的地に到着し今後の展開について蒼野が尋ねるが、康太は力の入らない返事を返す。

 康太が気になっているのは先程の川の水に仕掛けられていなかった探知術についてだ。

 それに対し満足のいく答えが示せず、ドツボに嵌っていた。

 そしてその状態は優やゼオスにも少なからず当てはまり、蒼野を除く三人が脳内で腕を組み首を捻っていた。


「康太康太」

「…………なんだ」

「あの連中、濃霧の前から離れてこっちの方に向かって来てるぞ」

「なに?」


 そうして数分間、それまでここに来た元々の理由を意識の外に放り投げていた康太であったが、蒼野に示された方角を向き声を上げた。

彼らのいる方角に何も知らずに迫っているのは、黒い目出し帽をかぶった五人組だ。


「どうする康太、狙うか?」

「ちょっと待て。こいつらの行動次第で動きを変える」


 そう口にして三人を静止した康太が相手の様子を観察。


「迷うところだが……今回は見送る」


 その結果を三人に告げると、全員が眉を吊り上げた。


「理由を聞いていいかしら?」


 その結果に対しいの一番に理由を求めた優。

 それに対する康太の様子は、普段のような悪態を一切見せない真剣なものだ。


「悪いが、完全な勘だ。確証があるわけじゃねぇ」

「そう。ま、いいわ。これで後々面倒ごとになるようなら、アンタに全責任を負ってもらうわ」


 自らの直感を信じるという康太の言葉に誰一人として反抗するものはいない。

 優だけは肩をすくめて嫌味を口にするが、それに対して康太が悪態をつくことはない。

 彼自身今が一つのチャンスである事は分かってはいたのだ。ただそれが意図的に作られた罠であると判断し、奇襲を仕掛けることを控えたのだ。


 それから十数分が経ち、警備に出ている兵たちの動きが慌ただしいものに変化する。


「まずいな。康太の予想が外れた」

「……」


 一目見て日が沈んだ後への変化の兆しであると理解したのだが、蒼野達一行が動くことはない。


 その理由は単純だ。


 移動の際、敵は三組が一ヶ所に集まり移動している。

 つまりもし奇襲を仕掛けるとするならば、援軍を呼ばれるまでに十五人を蹴散らさなければならない。


 それは人数差と康太の説明から聞いた相手の実力から考えれば、少々難しいのではないか。


 苦々しい表情でそう考えながら相手を眺める蒼野だが、その横で銃弾をこめる義兄弟を目にして目を丸くする。


「こ、康太?」

「予定外の事態だが止まってる暇はねぇ。作戦は臨機応変に、ってやつだ。できるだけ固有の仮面を被ってる奴が少ない部隊を見つけて、瞬時に片付ける」

「……いたぞ。固有の仮面が三人だ。一部隊に最低一人はいると想定するならば、これ以下は望めまい」

「よし、そいつらを狙うぞ」

「ちょ、ちょちょちょ!」

「いきなり奇声を上げてどうした。敵にばれたらまずいから声は抑えてくれ」

「わ、わるい……じゃなくて、そんな現地で考えたずぼらな作戦でいいのかよ!」


 意見一つ挟むことなく進んでいく会話の内容に蒼野が嫌な汗を流す。

 このまま勢いで動いてしまってよいものかという考えが、彼の脳裏を埋め尽くしたのだ。


「ここで引いちまうと、ここまで来た苦労が全て泡になっちまう。それは困る」


 周りに聞こえぬよう声を落として話す康太にゼオスと優が賛同。

 相手はいきなり康太の頭部に銃を突きつける危険な相手だというのに、そんな事実など一切ないかのようにふるまう彼らの姿を前に蒼野が更に大量の汗を額から流した。


「いやみんなさ、相手の危険性とかは」

「ばれてもゼオスの能力で離れればいいし」

「……奇襲で崩せば勝算は十分にある。仕掛けるならば、これ以上の好機もない。動かない理由がないな」

「うわぁ。みんな血気盛んだー」


 ギルド『ウォーグレン』はゴリラの集まり

 そんな事を言っていた聖野をふと思いだす。


「別にいいんだぞ。お前だけここで待機してても。まあオレらは奇襲を仕掛けた後に安全圏まで移動するが」

「はいはい。分かりましたよ。行きますよ!」


 そうして康太が本気か冗談かの判断もつかない発言をすると、観念した蒼野が武器に手をかける。


「おいゼオス。テメェの能力で固有の仮面の奴らを別空間に移動させることはできるか?」

「……位置取りからして三人全員はおそらく無理だな。最前列で歩いている一人か、最後尾を歩いている二人のどちらかを狙うくらいだ」

「一人を狙うか、二人を狙うか、か」


 ゼオスの話を聞き、康太が三者を眺める。

 前にいるのは身長二メートルを超えそうな大男だ。黒のライダースーツに加え厳つい猿の仮面を被っており、筋骨隆々なその姿は後ろを守る盾役にも全体をまとめるリーダーにも見える。

 後ろにいる二人は男と比べれば体系は普通に見える。

 だがその内の一人、全身を純白のマントで覆い目の部分以外を隠している真っ白な仮面を被る相手の姿は、何とも言えない不安感を出している。


「後ろの二人を頼む。残った奴らは、臨機応変に対応する」

「……いいだろう」


 彼らの見ている前で、十五人の正体不明の敵が濃霧の外周を周りどこかへ向かっている。


「うし、急ごしらえだが作戦会議はここまでだ。ゼオス」

「……時空門」


 まるで神の言葉を語るような重く深い声色で紡がれた言葉。

 それに合わせ彼らの見ている先で黒い渦が現れ、背後を守っていた二人がその中に飲み込まれていき、彼らの戦いは始まった。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


という事で本編では奇襲作戦開始でございます。

と同時に今回の話から起承転結で言う承が始まった形になります。

果たして彼らは無事にキャラバンを取り返せるのか。

ヒュンレイは一体何をしているのか。

そして善さんは戻ってこれるのか


そんな感じの戦いの始まりです


明日も読んでいただければ幸いです


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