シェンジェン・ノースパスVSヌーベ・レイ 三頁目
シェンジェンは今、拙いながらも自分優位となる仕掛けを考え、それは順調に進んだ。
であればあとは『勝利する』のみで、彼は此度の勝負を決するべく大きく踏み込む。
「考えてはいる。それは嘘じゃないよ。けどその考えは『浅い」と評価せざるえないのも事実だ。フワフワと漂う雲が、廊下に追い込まれただけで機能しなくなると本当に思っているのかい?」
後はたった一歩前に踏み込めば全てが終わるという段階で聞こえてきたのは、これまでその胸中を推し量る事ができなかったヌーベ・レイのやや落胆した声で、その言葉の真意を伝えるように、彼の得物である真っ白な雲が、二人の空間を蹂躙していく。
「そういう意味じゃなくてだね、防ぐ場所が少なくって楽ってこと!」
その進行を食い止めたのはシェンジェンが壁や床から生成した鉄の壁で、屋内一帯を埋めるはずの雲の増殖は、行く手を阻まれ停止寸前に。
これにより両者のあいだに生まれるはずだった障害物は生まれることはなく、
「決めさせてもらうよ!」
シェンジェンが、踏み出す。
両者のあいだにあった二十メートルという距離をたった一歩でゼロに。
そうなれば、あとは彼の思うがままだ。
「これは、流石に!」
既に両者が近接戦を行った場合の結果は示されており、雲の増殖が抑えられているのに加え、廊下の天井が低いため、先の衝突の時に行ったような雷による不意打ちはできない。
であれば百二百と手足がぶつかるうちにヌーベが劣勢に追い込まれる。
「避難させてもらうよ!」
「逃がすか!」
その差が勝敗を分かつ地点に到達するよりも先に、ヌーベが動く。
側にあった教室の扉を足で器用に開くと、転がるような勢いで中へ。シェンジェンも慌てて追いかけたそこは、この学校に通うようになってから彼が何度も利用していた場所。
百人以上の生徒が先生の行う授業を見聞きできるように作られた、なだらかな斜面の上に机と椅子を置いた昼白色の光に包まれた教室だ。
「ここなら廊下ほどは狭くない」
「!」
二人の訪れたその場所は、斜面を形成しているため廊下よりも上に広く、そもそも百人以上が一斉に受けられるだけのスペースが用意してあるため、外ほどではないが十分な広さを備えており、体から新しく雲を生成したヌーベが、それらを周囲に展開。
目と鼻の先にいるシェンジェンを追い払うように、雷の雨を降り注ぐ。
「悪いけど撤退する気はないよ!」
「っっっっ!」
その光景をしっかりと把握してもシェンジェンは一歩も引かない。
謎だらけの現状において今を逃せば次のチャンスがいつ訪れるかはわからず、ゆえに今この瞬間に決めてしまおうと前に出る。
拳を繰り出し続けガードを緩め、ローキックを挟む事で機動力を奪っていく。
「鋼と! 木と! 土ならいける!」
無論攻めるだけでは雷がフラッグに当たってしまうのだが、その事態を防ぐために繰り出した一手は、この段階に持っていくまでの僅かなあいだに検証してわかった事実。
ヌーベの持つ正体不明の能力は鋼だけでなく木と土の二属性も無効化できないという情報を参考にしたもので、迫る雷は全てその三属性で作った障壁で防御。
こうして作り上げた自分有利の状況を保持して、フラッグの奪取まで突き進む。
「…………事前に調べてこなかっただろうに、短い時間でよく気が付くね。たぶん地頭がすごくいいんだろうけど………………忘れちゃいけない」
「?」
「繰り出す攻撃が人や物に当たった場合の威力に関しては、十分の一になる『だけ』なんだ。ゼロになるわけじゃない。つまり相応の威力を発揮できるなら、邪魔な壁だって壊せるんだ」
この状況で、ヌーベは隠していた手札を切る。
空中に滞留させていた雲の一つを急いで肥大化。
その中には風属性粒子が含まれているのだが、その量と圧縮されている密度を察し、シェンジェンは固唾を飲む。
これほどの風属性粒子を隠し持っていたヌーベに賞賛の念さえ覚え、
(いや違う! これは!)
直後に気が付く。そうではないと。
これだけの量を風属性粒子をどこから用意したかと言われれば、それは自分が持っていたわけではなく、
「僕の使ってた分を吸収してたのか!」
声にするのと同時に、切れ味に特化した風の刃が一番薄かった木製の壁を突き破りシェンジェンに接近。
切っ先は正確に頭頂部から生えているフラッグへと向かっており、このまま放っておいた場合の結果は手に取るようにわかるが、
「そんなものに当たるわけないだろ!」
シェンジェンはその思惑を嘲笑う。
木の壁を見事突破した風の刃は、しかし威力だけでなく速度面でも大幅に落ちており、頭部に到達するより二歩早くシェンジェンは体を大きく捻ることで回避。
再び側にあるヌーベの頭部に生えているフラッグへと手を伸ばすが、彼はここでヌーベが伏せていた更なる手札を目にすることになる。
「え、早っ!?」
迫る腕を前にしたヌーベが全身に雷属性粒子を纏い、シェンジェンの腕はフラッグに触れる寸前に屈んで回避。
そのまま二つの拳骨で目の前にある胴体にそっと触れ、
「ショック・ボルト!」
威力にほとんど割り振られていない、相手を『痺れさせ動きを止める』事に特化した一撃を放出。
モロに浴びたシェンジェンが体を小刻みに痙攣させながら口から泡を吐き、
「っっっっっっ!!」
(ここまで早く再起動できるのか!)
それでもなお動き続ける。
ヌーベの予想を遥かに超えた雷属性耐性を備えていたシェンジェンは、瞬時に麻痺状態から正常な状態へと回復すると、腕を目の前にあるフラッグへ。
「っ!」
もはや抜かれるのは時間の問題というタイミングでヌーベは、掌から真っ白な雲を吐き出しシェンジェンのフラッグに触れ、
直後、一本のフラッグが天高く掲げられた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
二人の戦いはこれにて終了。次回は解説編。
どちらが勝ったのか?
勝因となったのは何か?
他いくつかの隠していた事実などを語って行ければと思います。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




