オルレイユ全高校合同対抗戦第4期 三頁目
グーツヘラー・C・クロムウェルはわからなかった。
頭の中が無数の配線コードが絡まったかのようにグチャグチャになり、そのまま爆発してしまうような錯覚を覚えた。
「なぜだ。なぜ風属性を展開できる………………?」
意識せずとも開いた口が発した言葉。
それを告げた彼の視線の先には、大量の風属性粒子を纏った状態で浮かんでいるシェンジェンの姿があるのだが、問い掛けの答えは、右手の中指から発せられた。
『内蔵粒子。使用者の所有粒子。共に枯渇。能力の展開が解除されました』
機械音声が告げる意味を、彼はすぐには理解できなかった。
己の理解できない言語が勢いよく耳に飛び込んできたような錯覚から目を丸くし、しかし時が経つにつれ脳に染みこむと、比例するように顔が青くなっていく。
次いで理解する。
理解を『できなかった』のではない。理解を『したくなかった』のだと。
「馬鹿な。この指輪に内臓されてる属性粒子は常人数十人分だぞ!? その全てをたった数分で使い切り、あまつさえオレの粒子まで奪われただと!? ありえん! そんなことが………………ありえるわけが!!」
唾を吐き出しながら否定の言葉を発し続けるが、指輪が嘘を言っていない事はすぐにわかった。
試しに簡単な粒子術を行使してみようと画策するが、全身を巡っているはずの粒子は微動だにせず、彼の周りに目立つ変化はなにもない。
「いやそもそも………………どのタイミングで使って」
「そんな事もわからなかったなんて。その程度の腕で『超越者』を仕留めるなんて、笑っちゃうね」
「貴様!」
そんな中で聞こえてきた己を嘲笑う声に、彼は憤りを覚えた。
ぐちゃぐちゃかつ呆けていた意識はしっかりと現実を捉えるようになり、戦いが始まる前以上の闘気が全身を駆け巡る。
今すぐにでも目の前の存在を手にした棍で殴殺せねばという衝動に駆られる。
「僕はずっと風属性を吐き出してた。だから延々とその指輪は効果を発揮してたわけなんだけど、本当にわからなかったの?」
「………………………………ぁ」
だがそれは本当に一瞬の事である。
頭が正常に働くようになり、瞳はより鮮明に目の前の光景を把握できるようになる。
すると彼の優秀な頭脳は、誰に言われるまでもなく悟ってしまうのだ。
もう、自分に勝ちの目はないと。
「………………なるほどね。ゼオスさんの危惧がよくわかったよ」
「な、なんの………………なんの話をしている!?」
「言う必要はないんだけど………………あえて言うなら見積もりが甘い。いや、危機管理能力がなさすぎるってことかな」
続くシェンジェンの発言に関しては今度こそはっきり理解する事ができずにいたが、それでもわかることがただ一つだけあった。
「せい――――――」
自身へと向けこれまでにない密度の敵意が向けられ、強烈な攻撃が迫ってくることである。
「の!」
その予想が正確であることを示すように縦に一回転したシェンジェンの足から三日月の形をした風の刃が撃ちだされ、それをたった一度受けただけで、グーツヘラー・C・クロムウェルの身を守っていた透明化していた鉄の盾が崩壊。
周囲に散らばると棘のついた破片が姿を表し、その破片もシェンジェンが軽く放出した風圧の勢いに負けリング外へと吹き飛んでいく。
「さてどうするんだいお坊ちゃん。君が恐れるに足らずと言い切った『超越者』は未だ健在。しかもさっきまであった傷は完治してる」
「!」
言われて顔を守るように交差させていた腕を緩めシェンジェンに視線を向ければ、確かに先ほどまであった傷が全て無くなっており、万全の状態に戻っていた。
「あれだけ大きな口をきいておきながらこのまま終わるのはあんまりにも情けない! 次世代を担う雄が聞いて呆れちゃうよ! こんな事じゃあ『万夫不当』の座も嘘なんじゃないかと疑われてしまうね!」
「き、きさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その状態で発せられる全ての言葉がグーツヘラー・C・クロムウェルの神経を逆立て、怒りが彼の正常な判断能力を奪う。
感情の赴くまま、下賤な獣であることを選んだ彼は駆け出し、迫る風の大砲全てを手にした棍で明後日の方角へ。
「――――はぁ!」
そのまま空中で静止しているシェンジェンの真横にまで瞬く間に駆け寄ると、今日まで磨き抜いた必殺の連撃。
すなわち薙ぎ払いと振り下ろしによる十字斬りを繰り出していき、
「う、あ、ぐぅ!」
「君が本当に『超越者』の座に相応しい実力を持ってるならね、少なくとも何の殺傷能力もない、ただの風圧の壁くらいは突破できてたよ」
呆気なく防がれる。
振り下ろしに続く前の薙ぎ払いの時点で、シェンジェンの周りに滞留する風のクッションに阻まれる。
鋼鉄の棍はどれだけ足掻こうと残り三十メートルの地点から進むことなく、シェンジェンがさらに力を籠め風属性の噴出量をあげれば、簡単に弾かれ地上へ。
「もしも本当に『超越者』が相手だとするなら、この風の守りは簡単に破られてたよ。粒子術なんて使わない、素の力で誰だって突破してた。僕の知る限り最強の怪力自慢なら、それこそ指一本動かすだけで何とかしてただろうね」
「っ!」
「そんな簡単な事が、今の君にはできない。いやそれ以前に、自身の粒子が枯渇したことにさえ気づかない」
と同時に、首から下が凍結。
粒子を失った彼は頭を動かし必死に抵抗するが意味はなく、
「そんな君が『超越者』の座に至るだって? そんなこと寝言だとしても言っちゃいけない」
「ッ!」
「はっきり言って十年早いよ」
空から降りてきたシェンジェンが、その腕をグーツヘラー・C・クロムウェルの頭に付いているフラッグへと伸ばし、九十度右へ。
『試合終了~~!! 本日の目玉! 第三高校対第七高校における副将戦は、第七高校に突如舞い降りた彗星! シェンジェン・ノースパス選手の勝利! これにより第七高校のストレート勝ちとなります!」
アヤ・シンシャはその光景を見届け、戦いの終わりを告げた。
それから先はみな慣れたもので、なんの滞りもなく終わった。
今日一日で行われた対抗戦の成績と総合順位の発表を行い、その後は屋台を中心とした優秀賞の発表があり、それが終わると片付け作業へ。
これに関しては本日最高の成績を残した第七高校の面々は一部を除き免除され、みな意気揚々とした様子で帰宅した。
「で、なんでお前が付いて来てるんだよ。他の奴と一緒に帰れよ」
そんな中、校舎の中を歩く二つの影があった。一つはシェンジェンのもの。
「いやいや。ワタシのこれもお仕事だって!」
もう一つはイレ・スペンディオのもので、彼等は肩を並べながら最上階へと続く階段の踊り場を抜け上へ。
「お仕事ぉ?」
「実はパパから二人の戦いを記録に残しておけって言われてね。だから不本意かもしれないけど、こればっかりは勘弁してほしいな!」
「抜け目がないなあの人は!」
更に奥へと進んでいくと分厚い木の扉を開き中に入り、その先で目にするのだ。
「お疲れシェンジェン君。よくやってくれた………………となりにいるのはイレさんか。二人は友人だったのかい?」
此度の対抗戦の結果を見届け、満足げに微笑みながら椅子に座る第七高校生徒会長ヌーベ・レイの姿を。
「まあそんなところだよ。それより僕のお願いは?」
シェンジェンはと言うと彼の問い掛けに対し適当な返事を行い、続けてそう尋ねるとヌーベ・レイは立ち上がり、
「働きには正当な報酬が支払われて然るべきだ」
「つまり?」
「君の要望を受理しよう」
穏やかな声色や姿勢からは想像できない量の粒子を全身に。
延長戦がここから始まる。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
前回から始まったクロムウェル家の息子グーツヘラーとの戦闘はこれにて終了!
振り返ってみればシェンジェンの圧勝でしたが、もしも粒子の減りに関してもっと早く気付いていれば、粒子術をそっちに回せたのでもうちょっとマシな戦いができたでしょうね。
まあその辺りに気づかないので『まだ未熟』という判定を『超越者』に関して詳しい人らからは下されてるわけですが。
さて次回からはこの第四回対抗戦編のクライマックス。
エルドラが行ったお願い事。すなわちシェンジェンとヌーベの戦いへと移ります。
なぜそうなったのか? どんなふうに戦うのか?
などなどは次回で!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




