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グーツヘラー、ガチロック


 貴族衆第三位。六大貴族の一角を束ねる男ファルツ・C・クロムウェル。

 彼の息子であるグーツヘラー・C・クロムウェルは頭がよく、肉体面に関しても優れており、おまけに何をやってもすぐに覚える要領のよさもあった。

 それゆえ年齢が二桁になるよりも早く大人たちに混ざって会話をしたり戦ったりすることが出来るようになったのだが、それからしばらくして、一つ大きな不満を抱いた。


 神の座イグドラシルの死と共に訪れた新時代において、あるべき更新がなされず、古くかび臭い考えが未だ根強く残っていると思ったのだ。


 それは今なお残っている人々の『強さ』に対する意識で、平和な新時代になってなお、汗臭い『努力』や一握りの存在だけが持つ『才能』に執着する姿を彼は毛嫌いしていた。


 なにせ古賀蒼野が先頭に立った新時代はそんなことをせずとも簡単に強くなれる。

 鍛冶師の島ナーザイムで作られた物を筆頭として、市場に出回る武器の数々は九年前と比べ物にならない練度にまで上がっていた。

 科学技術の台頭により能力は『学んで』覚えるものではなく、『買って』慣れるものになった。

 体づくりに関してだってより良い鍛錬方法が編み出されいた。


 つまり今の世の中は、既に用意された答えの数々を貪欲に集め、それをしっかりとこなしていけば誰だって猛者になれるのだ。

 その証拠に去年一年のあいだに自分を含め過去最高数の『万夫不当』の戦士が現れており、自分を含めた彼等がより良い武器と能力を買えば、かつては本当に極少数だった『超越者』にだって至る事ができると彼は確信していた。

 だというのに、彼の父は、周りの大人たちは、首を横に振った。

 『そんなに簡単な話ではない』『まだその段階には至っていない』と彼を諭した。


 だから彼は此度の戦いで証明することにした。

 自分より『遥かに優れている』と評価され、それを裏付けるように様々な戦果を挙げるシェンジェン・ノースパスを、完膚なきまで叩き潰そうと画策する。

 『天才』と『努力』が一番に評価される古い習慣を、踏みつぶし、破壊する事に躍起になるのだ。




「もらった!」


 拳を切り裂き、溢れ出した血と迸る痛みを認知しながら後退するシェンジェン。

 その姿を前にしたグーツヘラー・C・クロムウェルが、嬉々とした声をあげながら手にした棍を勢いよく前へ。

 その一撃は正確にシェンジェンの頭部に付いているフラッグへと向かっており、このままなにもなく突き進めば、見事に目的を果たすだろう。


「そんな簡単にあげるワケないだろ」


 だが『なにもなく』などありえない話だ。

 攻撃が迫れば対処するのは当然であり、シェンジェンは先手を取られ拳を傷つけられたが顔色一つ変えず、自身の優位が揺るいでいない事を示すようにため息をつきながら、体をやや傾ける。

 たったそれだけの事で、グーツヘラー・C・クロムウェルの放った渾身の一突きは対処された。


「………………やはり今日は運がいい! ここまで腑抜けたアナタと戦えるとはなぁ!」


 だがそれで終わりではなかった。

 先ほどまでシェンジェンの頭部があった場所を素通りした棍の先端部がいきなり直角に曲がり、真下にあるシェンジェンが頭にかぶっているフラッグへと移動。


「あぶなっ」


 流石にそのような変化まで完璧には読んでなかったシェンジェンの口から動揺が零れ、慌てて一歩二歩と後退するが、棍の先端部は構わず追跡。


「どうした? 数多の戦場で華々しい結果を残した強者とは思えない乱れようだな!」

「ッ」


 シェンジェンはこれを捌き続けるが、その動きにいつもの機敏さはない。


「風と氷属性を封殺する能力まで用意しておいてよく言うよ。道具なしじゃ僕に勝てない…………いや何もできないって言ってるようなものじゃないか」


 これはシェンジェンが放出する全ての風と氷属性の粒子が本来の効果を発揮するまでもなく霧散しているゆえであり、シェンジェンは敵対者を挑発。

 頭に来て能力をオフにするよう仕向けるが、グーツヘラー・C・クロムウェルに対し効果はない。


「道具もまた力だ。文句を言われる謂れはない」

「………………ッ」

「手持ちの手札を活用し! 効率的に勝つ! それの何がおかしい!」


 堂々と、胸を張りながら繰り出す棍の連撃は、属性粒子を纏っていないシェンジェンが反撃する隙を与えない。

 『相手の攻撃が届かず、自分の攻撃は届く』距離を見極めたそれらは、頭部や腹部にも狙いを散らせ、フラッグ破壊による勝利だけではなくノックアウトまで狙っていく。


「あんまり調子に」

「!」

「乗るな!」


 シェンジェンの反撃が繰り出されたのはその状況が十秒ほど続いたところで、足に炎を纏い、風属性粒子を使う時と同じように蹴り上げ。

 繰り出された三日月の炎がグーツヘラー・C・クロムウェルへと向かって行くが、届くことなく阻まれた。


「僕の攻撃を弾いたそれ、透明だったのが赤くなってるね。それに加えてあの固さに鋭さ。鋼属性で固めた不可視の盾かな?」


 シェンジェンはそこから彼を守る物の正体を早々に看破。

 このとき初めてグーツヘラー・C・クロムウェルの顔が不快感に歪むが、かと思えば意地の悪い表情に変貌。

 唾を雨のような勢いで吐き出しながら実況しているアヤ・シンシャへと視線を移した。


『えーご本人様の許可が得られたため説明させていただきますと! 此度の戦いにおいてグーツヘラー選手が所有し、今現在行使している道具ですが、一つ目は『スケルトン・ハードシェル』! 透明化の能力は付与された棘付き鉄製の盾です! 次に指輪! 不死鳥の座アイビス・フォーカス様監修の元作られた、風と氷の二属性を分解させる能力が施された二種類の指輪です! 残る棍に関しましてはみな様ご存じの通り! 彼自身の実力となっております!」


 意図を汲んだ彼女が声高に彼の装備や能力に関し説明を行うが、これに対しシェンジェンは目を丸くした。


「言っちゃっていいの?」


 まさか堂々と自分の手札に関して説明するとは思っていなかったからだ。

 

「当然! なぜならこの戦いは証明だからだ! 古臭い『努力』と『才能』だけの論理を踏みにじり、『要領』や『効率』と言った面に人々の目を向ける! 相手の事を知り、攻略するだけの材料を揃えれば! 誰だって『超越者』の座に勝てる!! 至れることを!! 示すのだ!!!!」


 対するグーツヘラー・C・クロムウェルの返答は意気揚々としたもので、自らの言葉が正しいものであることを証明するため更に前へ。

 合わせて繰り出される攻撃の勢いは増していき、観客たちはその姿を無数に棘を伸ばしたハリネズミであるかのように錯覚した。


「!」


 シェンジェンはそれを真正面から捌く。

 折られれば勝負が決まってしまうフラッグの防御を最優先に、意識を失う可能性がある顎や腹、こめかみや首への攻撃を、どれだけ先端部が折れ曲がろうと正確に防いでいく。


「『超越者』! 恐れるに足らず!!」


 だがそんな時間は永遠には続かない。

 熾烈になる一方の攻撃はシェンジェンが捌き切れない領域にまで至り、そのうちの一発が腹部へ。

 これによりシェンジェンの口からは短く小さいが呻き声が漏れ、体が僅かに痙攣。


「もらったぁ!」

 

 この一瞬の隙に、彼は勝負を決めに行く。

 大きく一歩踏み込むと同時に繰り出された左から右への振り払いと、息つく暇もなく続く振り下ろしの連撃。

 道具に一切頼っていない、彼が幼少期から磨き続けた最も得意な十字斬りは、シェンジェンが痙攣すると同時に僅かに下した両腕を弾き、フラッグだけでなくその下にある頭部まで叩くもの。

 フラッグの破壊と意識の昏倒というダブルノックアウトを目論んだそれは、もし失敗しても深手を負わせるだけの戦果を期待できた。


「ぬぉ!? これはぁ!?」


 その目論見が完璧に外されたことを知るのは直後、腕を弾いた後の追撃がフラッグに触れる一瞬だけ前の事で、彼はそのとき確かに感じたのだ。


 己の繰り出した渾身を弾く『風圧』を。


「もっと華麗で上品な勝ち方をしたかったんだけど、仕方がないよね」

「!」

「武器を揃えて対策を練れば『超越者』クラスに勝てる。『超越者』になれる。流石にこの驕りは見過ごせない」


 続けて目にしたのは荒れ狂う暴風に身を預け、さほど大きくはない己が肉体を空に浮かばせたシェンジェン・ノースパスの姿であり、


「君の勘違いを正してあげるよ」

「なに?」

「『超越者』がどんなものか、その身をもって知るといい!」


 右手の指を綺麗に揃えた上で前に差し出し、声をあげる。 

 それは一足早い勝利宣言であった。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


強い相手の事に関して知ってたら、そりゃ対策くらい練ってくるよね、なんてことが主題に組み込まれた今回の話はいかがだったでしょうか? 楽しんでいただけたら幸いです。

一応言っておきますと、ファルツの息子グーツヘラーはちゃんと強いです。個人ランキングが一桁台ですし、棍を扱う技術は確かなものですからね。

そんな彼がどんな終わりを迎えるかは次回で。そして今回の物語の本題へと進みます。


それではまた次回、ぜひご覧ください!



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