『ありなし』じゃんけん
まず初めにワタシ自身の自己紹介をさせていただきますと、私はオルレイユ第六高校二年生のアヤ・シンシャと申します。
学業の成績は中の中…………いえちょっと盛りましたすいません中の下くらいで、運動面は中の上と上の下の間を行き来しているくらいで、『報道部』に所属しています。
この『報道部』というのは校内で起きた様々な事柄を新聞や動画で皆さまに面白おかしく届けるという仕事なのですが、口達者な人や語彙が多い人、他にも知識の範囲が広い人が多いという事で、対抗戦の解説役なんかを任されちゃったりもするんです。
ワタシにしたってその枠組みに入っていて、つい先ほど提出されたオーダーを見た時なんかは『上位クラスに属する第七高校のメンバーに見覚えのない一年生が登録されている! これは光り輝く新星か!』なんて思ってたんですよ。
で。第七高校VS第一高校の実況を行う解説席に座ったんですけど、そこでワタシは見たのです。
学校単位ならば下位クラスに位置するものの、個人で見れば上位クラスとも十分渡り合える第一高校の大将パンディラスさんが初撃で地面に沈み意識を失った光景を。
それを成し得たのが、思わず涎を垂らしてしまいたくなるほどの美少年であると!
「ねぇねぇ、意識を失ったら負けなんじゃないの?」
「え、あ、はい! しょ、勝者シェンジェン・ノースパス!」
「………………なんで解説席に座ってるお姉さんが鼻血を出してるのさ」
おまけに発せられる声にさえ気品と優雅さが漂っており、この瞬間ワタシは確信を得ましたね。
この子は台風の目になる。第七高校のみならず八つ全ての高校を牽引できるだけの『何か』を持ってるって!
同時にこうも思いました。
このきゃわいくてかっこいい彼にお近づきになりたいと!
「いやーすごかったねシェンジェン君。迫る攻撃全てを凍らせたかと思えば最初の一撃で相手をノックアウト! あの瞬間の会場の湧き具合ったらすごいもんだったよ!!」
「僕のところに来た悪い家庭教師を倒した時から薄々わかってたけど、シェンジェン君はホントにすごく強いんだね」
「褒めたたえるのはいくらでもしてよ。気分がいいからさ!」
第一高校と第七高校の試合が始まった三十分後、シェンジェンは決戦の舞台から離れ、桜並木の間に設置されたベンチに座っていた。
先の戦いはというと先鋒のシェンジェンが勝った後、副将の我龍が相手の反撃などものともせず必中の拳を数度撃ち込み勝利。
これにより第七高校の勝利に終わり、今の彼は良照と馬郎と一緒に出店で買ったお好み焼きやチョコバナナを頬張っていた。
「ところでさ、リングから撤退した時に耳にしたんだけど上位クラスと下位クラスってなにさ?」
その最中にシェンジェンが口に出したのは先に告げた通りリングから離れる時に耳にした言葉で、それを聞くと人参のピクルスをおいしそうに頬張っていた馬郎が、側に置いてある鞄から何も書かれていない白紙とペンを取り出した。
「簡単に言うと実力的に拮抗してるグループの事だね。勝率が高くて優勝圏内にいるのが上位クラス。それ以外が下位クラスで、今年は上位クラスが三校。下位クラスが五校だよ」
「僕らのいる第七高校は?」
「上位クラスで同率二位。成績は一周した第三期までで6勝1敗で、さっきの勝負に勝ったから7勝1敗になったね」
それから図と文字を書きながら説明をし終えるとシェンジェンの視線は別の方角、すなわち今回の対抗戦の予定の方に注がれ、午後の部における相手を目にして目を丸くする。
「てことは午後の予定って!」
「俺達にとって重要な試合。同率二位の第三高校との勝負だよ」
「うわ!?」
それは午後の試合の相手が同じ優勝圏内に踏み入れている第三高校との試合であったためだが、答えたのは一緒にいた良照でも馬郎でもなかった。
「ひょ、兵頭我龍……さん!?」
真っ黒な学ランに身を包み、十代とは思えぬ身長と肉体、それに老けた顔をした兵頭我龍であり、彼の突然の登場を前に良照と馬郎が悲鳴に近い声をあげながらベンチから立ち上がり後退。
「いきなり来てびっくりしたじゃないか。で、どうしたのさ?」
残るシェンジェンはというと言葉とは裏腹にさして動揺した様子もなく、手にしていた炭酸飲料の入った感を飲み干しながら視線を頭上にいる巨体へ。その際にやや警戒した空気を発すると、そのような意図はないと示すように我龍は息を吐き肩をすくめ、
「次の試合のオーダーに関して相談に来た。あの女は俺達に任すと言ったが、お前どうしたい?」
そう説明。シェンジェンは二度三度と瞬きをするが、すぐにニヤリと笑い、
「ちょうどいま聞いたところなんだけどさ、次の相手はさっきの奴らよりは強いんだろ。ならせっかくなら歯ごたえのある戦いがしたい。つまり大将首が欲しいなぁ」
体を持ち上げながらそう宣言。
「だろうな。俺も同じ考えだ。でだ、あの女は腹の立つことにこの展開を読めてたらしい。だからその時はじゃんけんで穏便に決めろだってよ」
「なるほど。エラッタさんはかゆいところに手が届く人なんだね。形式は」
「試合前に殴り合いをするつもりはねぇ。『ありなし』だ」
「いいよ。やろうじゃないか」
対する我龍の返答も同じものであり、どちらの案を採用するのか決めるために二人はじゃんけんをしようとするのだが、その様子は尋常ではない。
真正面から向き合い神経を集中させるその姿は、戦いに赴く戦士そのものなのだ。
「いくよ!」
「じゃんけん!」
なぜ二人がここまで神経を集中させているかと言うと、それはこの惑星『ウルアーデ』に広がっているじゃんけんの文化によるものだ。
この星におけるじゃんけんには三種類あり、一つは『なしなし』と呼ばれるなんの変哲もないじゃんけん。すなわちただの運任せの行為。
二つ目が逆に『ありあり』と呼ばれるもので、この場合は心理戦に持ち込むような言葉や反射神経を用いた腕を振り下ろすまでの手の変更や粒子術や能力の使用が許されており、しかも相手自身に直接攻撃する事で意識を奪う事さえ許されていた。
残る『ありなし』はその二つの一部分を取ったもので、心理戦や反射神経を用いた手の入れ替え、それに粒子術や能力を使うによる出す手の変更は許されていたが、相手自身に攻撃するなどの妨害行為は許可されていない。
なお、この三種類のじゃんけんをやった場合、『ありなし』と『ありあり』における最強は、比肩する者のない速さを誇る『果て越え』ガーディア・ガルフであり、『なしなし』をやった場合の最弱は、凄まじい運の悪さゆえに『果て越え』ガーディア・ガルフである。
「「ポン!!」」
気合の入った声と共に繰り出される一手は互いにグーだが、これは振り下ろすまでに相手の掌の形を見て、互いに繰り出す一手を何度も変えた結果である。
「「あいこでショ! ショ! ショ! ショ!!」
(まずい!)
それは三度四度と続くのだが、最初に危機感を覚えたのはシェンジェンで、これは何度もあいこを繰り返しているのだが、最初に出す予定の手の形で彼が勝てた事が一度もなかったゆえ。
よくて引き分け、悪くて敗北という結果が続いており、その状況を覆すためにシェンジェンは毎回先に出す予定の手を変えていた。
そしてそれが重なれば腕にかかる疲労はシェンジェンの方が重くなり、元々の身体能力の差も加わり、いち早く限界が迫っているのを感じていた。
「あいこでショ!」
(馬鹿力なだけじゃなくて反射神経もいいっ! 腹立つなコイツ!)
ゆえにシェンジェンは頭を回し、我龍が見間違えるのを期待し、出す手をギリギリまで変更しないように画策するが、彼の反射神経はそれにさえ追いつき、シェンジェンは敗北を認める。
目の前の大男は自分以上の反射神経と筋力を秘めていると理解する。
「クソッ。ギャンブルするしかない!」
しかしだからといって、勝負を諦めたわけではない。
手の変え合いをした場合に勝ち目はないと理解したシェンジェンは、自分の掌を包むよう風属性粒子を放出。
彼が愛用する『風の膜』を掌を包めるサイズで発動すると、出す手がわからないようすっぽりと隠した。
「おいおい。これじゃ『なしなし』じゃねぇか。つまらねぇよ!」
「勝つための戦術なんだ。グチグチ文句を言うのはなしだよ!」
これを何とかしたい我龍であるが、相手へ危害を加える事を禁止されているため妨害する事が出来ず、
「「ポン!!」」
そのまま二人の掌が良照と馬郎によく見えるように前へ。
このタイミングでニヤリと笑ったシェンジェンは自身の手を包んでいた風属性粒子を解き、
「おい」
「………………」
「なんで策を弄して得意げになってる方が負けてるんだよ!」
「仕方がないだろ! この作戦だと運の部分が多いんだからさぁ! てか譲れよ! 先輩なら広い心で後輩にいい席譲れよぉ!」
「負けた後にいうセリフじゃねぇだろ………………」
結果、シェンジェンがチョキ。我龍がグーを出し、じゃんけんは終了。
オルレイユ全高校合同対抗戦第4期における目玉の戦い。
優勝候補二校による決戦のオーダーは、
先鋒 エラッタ・リード
副将 シェンジェン・ノースパス
大将 兵頭我龍
となった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
久方ぶりの一人称視点のお話。彼女はこれからも厄介ファンとしてシェンジェンの前に現れるでしょう。
それとは別に後半戦は息抜き。日常回とも言えますね。
さて次回からは対抗戦後半戦。
再び学生同士の戦いが始まりますが、特殊な立場である第三高校に関してちょっと紹介しようと思います。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




