古賀蒼野と尾羽優、森を駆ける 八頁目
この場にいる全ての人々がまだ生まれていなかった過去の歴史を、ライクルルは語り始める。
「神の教えに異を唱える貴様らの先祖は我らが宗教から抜けた。それだけならば問題はなかった! だがその者達はそれだけに留まらず、多くの民の心を惑わし離れる者を続出させ、思想の違いから戦争へと発展した!」
部屋全体を覆う程の砂が波となり、二人へ襲い掛かる。
「アタシが!」
蒼野を背後に下がらせ、優が水の盾を展開。
襲い掛かる砂の波を少しでも長く防ぐために水の盾を補強し続け、時間を稼いでいる間に砂の波の届かない位置まで離れていく。
「百年を超える冷戦に世界を二分する程の戦争。貴様らが神と祀る愚か者の身勝手な行動によって、多くの犠牲が出た! 何十億人が傷つき、命を落としたと思っている!」
「だからその恨みを神教全体にぶつけるってのか! 言いたいことはわかったけど、ぶつける相手を間違えてないかそれ!」
隙を突くように蒼野が放った風の刃を、ライクルルは拳で叩き落し、血走った目で蒼野を睨む。
「間違えてなどいない! 何故なら現神の座・イグドラシルこそ、千年前、我らが賢教に属しながら裏切り、多くの事件の契機となった中心人物なのだからな!」
「なんだと?」
その事実を聞き……息を呑む。
元々は一つであった宗教を二つに分離し、その上戦争を起こし多くの犠牲を払った上で世界の支配者となった当事者。
確かに、賢教側からすればこの上ない邪悪な存在であることに疑いようがなく、千年もの間生き延び世界を支配しているとなればそれは確かに、この上ない屈辱となって身を襲うだろう。
だが蒼野にはまだ解せないことがあった。
「あんたは神の座がやった行為にそこまでの怒りを持っているのに、なぜ同じことをする。それじゃあ、お前らが嫌う神と一緒じゃないか!」
「そうだ! 我々は貴様らの神が行った愚行を再現する!」
怒りの混じる声を発するライクルルの真下から砂が舞い、嵐のような激しさをもって二人に叩きつけられる。
「無数の死体を山の如く積み、貴様らの信ずる哀れで、愚かで、醜悪な、忌々しき邪神に見せつけてやるのだ。自らが起こした罪の代償を!!」
声高らかにそう叫び、天井を見上げるライクルルを見て、蒼野と優は確信した。
この男は狂っている。会話が通じる相手ではない。
「っ……二頭の動きが!」
優が外を眺めれば、二頭の巨馬の動きが穏やかなものに変化しており、タイムリミットが近づいてきているのが嫌でもわかる。
その事実に二人の動きがこれまでよりも更に切羽詰まった物に変化。
「この!」
「らぁ!」
「邪教の犬が足掻くな!」
もはや負傷の具合すら気にせず、死に物狂いで肉薄する。
二人は理解しているのだ。どれだけの無茶をしてでも、二頭の巨馬が止まるまでにこの男を仕留めなければ自分たちは終わりなのだと。
「ああああぁぁぁぁ!」
雄叫びを上げ、自らの皮膚が削られ肉が斬りつけられることさえ顧みず、蒼野がライクルルが操る砂の波を突破する。
「馬鹿が!」
迫る蒼野を見てライクルルが嘲笑う。それは罠だと心中でほくそ笑む。
左右後方から囲うように現れる鋭利な切れ味の刃を備えた砂の壁に、前方から迫る男の拳。
逃げ場のないそれは、ライクルルが敷いた必殺の布陣であった。
「時間回帰!」
それを前にしても、蒼野は怯むことなくその名を唱える。
「な…………」
蒼野へと迫る拳が半透明の丸時計に衝突し、ゆっくりとした動きで時間が巻き戻る。
「なんだこれは!」
憎き邪教の身に向けて放った拳が戻っていく光景を前に、ライクルルの顔が悪鬼の如きものへ変化し叫び声を上げるが、どれだけ力を込めようと抗うことができない。
「優!」
「ええ!」
千載一遇の好機に蒼野と優が動く。
二人の狙いはただ一つ。拘束状態が解除された瞬間にできる僅かな隙を突き渾身の一撃を叩きこむことだ。
「「!!」」
挟みこむように二人が動き、想定していたよりも早くその瞬間はやってくる。
ライクルルの姿勢が蒼野に殴りかかる一歩手前、大ぶりな構えを取っている状態まで時間が戻り能力が解除され、
「風刃・突貫!」
「震天!」
圧縮された風の塊による刺突に、鎌によって付けられた傷に撃ちこまれる体の芯から崩していくような強力な拳が、ライクルルに直撃する。
「まだだ!」
「なっ!?」
だというのに、男は執念を燃やし意識を保つ。
「おおおおおおおおぉぉ!」
地属性のパワーとタフネスを活かし、渾身の力で拳を握り、二人に対しありったけの力で叩きつける。
「ちょっ!」
「マジかよ!」
蒼野と優が全身全霊の一撃に耐えきれず吹き飛ばされ、壁へと衝突し意識混濁の状態に変化。
ほんの一瞬で形勢が逆転。
「ハ………手こずらせおって」
動かぬ両者の姿を見て、こみ上げてきていた怒りが引いて行くのがわかる。
迫る勝利の瞬間、この世界から邪魔な魂を浄化できる事実に、胸が高鳴る。
それから部屋全体に飛び散った砂をかき集め、止めを刺すために近づこうとして……突如自らの足を掴まれる。
「……なんのつもりだ、グランマ」
誰が邪魔をするのかと思い見下ろしてみると、峠は超えたが未だに満身創痍のグランマ・アマデラが、ライクルルの足を掴んでいた。
「正直俺はあんたと比べたら熱心な信徒って奴じゃない。だけどよ、殺すべき相手の見極めくらいはできるつもりだ」
「……何が言いたい」
図体だけの男の言葉に、収まりかけていた怒りが再びこみ上げてくるのがわかる。
自身の声が、震えていると理解する。
「あいつら、この場所を乗っ取った敵であるはずの俺を助けた。きっと悪い奴らじゃねぇ。神教の野郎にもいい奴、というと言いすぎかもしれんが、悪くない奴らはいるらしい……ライクルル殿、あいつらを見逃してはやれんかね?」
無数の血管が再び頭部に浮かび、無残な姿をさらす男の、考えるに値しない最後の一言で破裂。彼の頭部を血が迸る。
「この…………賢教の恥さらしが!」
積もりに積もった怒りが爆発し、ほぼ反射的にグランマの体を先端の尖った無数の土塊で貫く。
「やめろぉぉぉぉ!」
その時、時間を戻し先程までの傷を完治させた様子の蒼野が、ライクルルとグランマのいる場所へと向け駆け出した。
「きさまぁぁぁぁぁぁぁ!」
怒髪天をつき、迫る少年を殺そうと前へ飛び出て砂を繰り、迫りくる蒼野に備える。
だがしかし、それからすぐにライクルルは驚きに目を丸くする。
ある程度の距離まで近づいていた少年が、砂の射程範囲に入ることなく、いやそれ以前にこちらへ向かってくる事すらなく、彼の背後へと回り込んだのだ。
「間に合え!」
そうして叫び声をあげ、ありったけの力を込めてグランマの時間を戻し始める。
その姿を見て、ライクルルは困惑する。
命の取り合いをしているこの場において、彼の価値観では推し量る事のできない行為をしている少年に思わず虚を突かれてしまったのだ。
「アイツの今の行動が信じられないって感じね」
「ぬ!」
そしてその隙を逃す程、少女は甘くはない。
呆気にとられ硬直するライクルルの死角から近づき拳を構える。
今度は確実に決める
振り向いた時に目が合った少女の瞳にはそう訴えかける確かな強さがあった。
「こ、の……」
急いで蒼野へ向けていた砂を向けるが、
「三式……」
蒼野の行動に虚を突かれた分の隙を埋める事は敵わず、
「乱撃!」
「邪教の犬がぁぁぁぁ!」
無数の拳が全身に撃ちこまれ、男の体が宙を舞う。そのまま管制室のガラスを突き破り、馬上へと落ちていくと、今度こそ男は立ち上がることなく地に伏した。
「おめぇさん」
その一方で、
「物好きやら変わり者だとか言われねぇか?」
「はは、よく言われる」
古賀蒼野も男の命を救えたことに安堵し力を抜いた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
深夜零時ごろにお伝えしていました、連続投稿の二話目を投稿させていただきます。
こちら本日二話目のため、見逃した方は前話の確認からお願いします。
三話目は十六時時過ぎに投降する予定ですので、よろしくお願いします。




