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紫紺の執行者


 その場所は難攻不落の要塞である。

 山中にポツンと立っている山小屋にしか見えないオンボロの建物は、実際のところは地下に続く入り口であり、その道を通った先にあるのは、さほど大きくはないが逆にその狭さを利用し守りを固める事に専念した鋼鉄の砦で、その上で百戦錬磨の強者複数人が交代で警備に当たっているため、一握りの猛者であろうと正面突破は不可能。

 たとえ籠城戦を挑む構えを見せたとしても、別の場所に繋がるいくつもの脱出経路や移動能力持ちが在中しているため無意味であった。


「……午前八時五十五分。ゼオス・ハザード、動くぞ」

『念のため言っておくが全員生け捕りで頼むぞ。そいつらから更に深いところにある組織まで繋がる可能性があるんだからな』


 しかしである。何事にも例外というものは存在し、此度の場合は彼であった。


「……言われるまでもないな」

 

 自身の正体がバレぬよう全身を黒い衣で全身を包み、山小屋の入り口を潜るのと同時に手にしていた神器『レクイエム』と顔を隠すように紫紺の炎でコーティングしたのは、九年前から十五センチ以上伸びたゼオス・ハザードであり、彼は十メートルほど下に降りたところで門を潜り、


「なんだお前? 見覚えのない顔だな?」

「その紫色の炎を消して素顔を見せな!」


 門番として佇んでいた二人の男。

 片手をパイルバンカーに改造し敵意を漲らせるスキンヘッドの男と、六本の腕全てに剣を掴んだ顎部分を鋼鉄にした男が一歩前に出た瞬間、一歩前進。


「………………………………」

「がっ!?」

「ぐぅぇ!?」


 たったそれだけで彼我の距離を零に縮めたゼオスは、敵意を向けてきた両者が自分に触れるよりも早く両腕を振り抜くと、それらは彼らの顎に吸い込まれていき直撃。勢いよく脳を揺らすと意識を刈り取り、固い土の地面に落下していった。


「………………………………」


 これを仕出かした本人はというと大した感慨もなくその姿を見つめ、かと思えば懐から長方形の鋼鉄製の端末を取り出し、片膝を突きスキンヘッドの男の頭部に接触。


「……………………機械の操作はやはり苦手だな」


 ボソボソと呟きながら操作を行っていき、今回の作戦における目的の一つ。

 先ほど蒼野から言われていた情報収集のため、彼の記憶を読み取るための準備をする。


「何者だ! そいつらに何をした!」


 とはいえだ、敵の本拠地の玄関で悠長にしていれば異変を感じた援軍が来るのは当然の事で、武器類を持っていない魚人種の男が要塞の玄関口まで到達。顔と剣を紫紺の炎で包んだゼオスを目にすると、水属性を中心にいくつかの属性を混ぜ能力を発動させる準備を開始する。


「……序盤はやはり撒き餌が一番楽だな」


 その様子を見たゼオスは自身の策がうまく嵌った事を理解し、直後その場から消失。

 能力による瞬間移動ではない。単純な脚力により瞬く間に距離を詰めると、再び目標の顎に拳を撃ち込み意識を奪い、自身の居場所が知られる事を承知の上で炎属性粒子を即座に大量放出。

 この場所にいる全ての人の居場所を即座に把握し、この行為に対する各々の行動を観察。


「……逃がさん」


 自分へと真っ先に向かって来る者。ピクリとも動かず腕を組んでいる者は後に回し、何らかの術式を発動しようとしている者と逃げ出している者を即座に選定。

 能力を使わずに駆け出すと、二秒もせぬ間に十数人いたそれらの面々の意識を顎への一撃で易々と奪いさらに疾走。それから三秒の間に自分へと向け駆けていた十の影の側にまで近寄り、同じ方法で意識を刈り取った。


「…………味方ごとか。豪快だな」


 とすると残った人影は当初の五分の一ほどになるが、このタイミングで反撃が発動。ゼオスのいる廊下を埋めるように熱と衝撃を伴った爆発が襲い掛かる。


「………………ちっ」


 先に言ってしまえば、ゼオスはわざわざこれを防ぐ必要がない。今目にしている爆発の威力程度では彼に傷一つ付ける事ができないからだ。

 しかし目の前で意識を失っている者は違う。

 爆発に巻き込まれれば良くて重体、最悪ならば死んでしまう事が見て取れ、ゆえにゼオスは迫る爆発をしっかりと見つめ、


「……消えろ」


 直後、先の大戦が終了してから取得した新たな力をゼオスは発揮。

 かつての彼は目視だけの場合、無機質の物体しか瞬間移動の対象にできなかったのだが、九年経った今では衝撃や爆風などのような気体に対し発揮できるように会っており、迫る脅威全てを頭上へと移動させ、


「…………あと五分といったところか」


 足元で伸びている男の頭に、持ってきていた別の長方形の端末を触れさせると再度行動開始。

 力自慢も能力自慢も全て顎への一撃で昏倒させ、その足は最奥へ。

 ただ一人、この事態を前にしても一歩も動かなかったこの場所の主にまで至った。


「…………貴様は逃げなくていいのか?」

「十把一絡げの連中がやられたところでなぜ俺様が気にする必要がある。俺様さえ残っていればこの場所での業務はどうとでもなる!」


 待ち受けていたのは揺らめく青の長髪を天へと逆立てドリルの形にした筋骨隆々の大男で、背には十二の突起が付いた金の円輪を。両手には黄金の鉈と白銀の槌が握られており、その姿を目にした瞬間ゼオスは気づいた。


 円輪は別であるが、残る二つは神器であると。

 つまり目の前の男は、それを駆るだけの実力を持っているのだと。


「死ね!」


 戦いの始まりを告げるように繰り出されるのは金の円輪に付いていた十二個の突起で、使用者である男の思考のままに動きゼオスを包囲。

 ゼオスはそれを最低限の動きで躱し距離を詰めるが、この展開を待っていた男はほくそ笑む。


「思い通りに動いてくれるなんざ、いいカモだなお前ぇ!」


 右手を振り抜くのと同時に繰り出すは黄金の鉈が秘める能力『運命操作・必中式』。

 対象を選べば腕が光速で動き、目標の首へと正確に向かって行くそれは、彼の思惑通りゼオスの首への距離を詰め、


「………………………………あり?」


 嬉々として振り抜いた瞬間、気が付いた。

 金の鉈を持っていた右腕の肘から先が消え去っており、切断面が焼け焦げていることを。左手で掴んでいた銀の槌が左手ごと離れ、相手の手に握られていることを。

 そしてその直後、ゼオスは九年鍛えた真価を発揮する。


「…………貴様の負けだ」


 この九年でギルド『ウォーグレン』の面々はみな人並み以上の速さで強くなったのだが、その中で誰が一番成長したかと人に聞けば、満場一致でゼオス・ハザードと答えるだろう。

 なぜなら彼の場合持っている神器『レクイエム』の能力『強化』の影響で少しの成長が数倍に膨れ上がり、結果、身体能力面においては他四人をおいて独走。

 速度は光を超えているアイリーン・プリンセスと並び、筋力はシュバルツの時点に至るまでに成長。


 つまりである。


「お、俺様の神器がぁ!?」


 ガーディアとシュバルツのような限られた人間しかできなかった『素の力による神器破壊』さえ成し得ることが出来る領域に至り、


「お前、はぁ!?」

「…………しまったな。覆面変わりが消えていたか」


 そんなゼオスの正体が明かされたのは銀の槌を握った事で紫紺の炎が消え去ったからであり、目の前にいるのが新世界においてアイビス・フォーカスやエルドラに並ぶ世界最強の一角と知り、男は動転。声を裏返し、


「……一分もいらなかったな」


 繰り出された漆黒の剣が幾重にも振り抜かれ、この場所を仕切っていた男のプライドと彼の持つ神器は、全て粉々に砕け散った。


「…………いかんな。思考が好戦的になりすぎている」


 こうして仕事を終えたゼオスは一息つくが、その際に覚えた落胆の念を前に、自らが昔よりも無駄に好戦的になっていることを察したのだった。




ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


という事で久々のゼオス回。シェンジェンも強くなったのですが、彼はそれ以上に強くなっていたのでした………………などという話です。

補足しておきますと最後を除き全て顎への拳で済ませてたのは、それがゼオスの知る限り『最も効率的な死なさずに敵を無力化する』方法だったからです。舐めプに見えるかもしれませんが、本気になり過ぎた場合余波で殺す可能性があると考えた故です。


そういう意味では最後に剣を抜かせた男は中々強かったのですが、本気での戦闘はまた次以降で


次回はもう少しゼオス周り。そして舞台は再びオルレイユへ向かいます。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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