残痕拳(セカンドヒット)
戸籍がなく、親からもらったはずの名前さえ憶えていない男が持つ希少能力『一撃即殺』。
この力の正体は、脳に対するイメージの具現化である。
銃弾で脳を貫かれ、脳漿を飛び散らせながら地面に沈み力が抜けていくイメージ
鋭い刃で首を吹き飛ばされ、落下する際の風と定まらない視界を感じるイメージ
プレス機の無機質な唸り声が耳を支配し、圧殺される瞬間の骨と肉がひしゃげるイメージ
他にも様々な死の瞬間のイメージを対象の脳内に連想させ、その上で実際にそのような状態に陥った際に受ける『痛み』や『衝撃』を、電気信号で完璧に再現して脳に叩き込む。
これによって対象は、実際には致命傷を負っていないにも関わらず死んだ際に受けるあらゆる要素を体験し、その結果死んでしまうというのが『傷一つない変死体』の正体なわけだが、強力無比ではあるが無敵というわけではない。
第一に、この能力の餌食として彼がターゲットとしていた者達が全て一般人であったため通用したが、戦場で実際に瀕死の危機に陥った者が相手の場合、効果は薄い。
もし通用したとしても体に傷一つないため『魂』は五分間その場に留まり続け、このあいだに何らかの抵抗をされると生き返る可能性がある。
また蒼野や優、それにエヴァやアイビスのような強力な自己再生能力者が相手の場合、そもそも『死んでから生き返る』という無法で対応されてしまうことだってある。
さらに言えば能力の発動条件が名前の通り『一撃』入れる事であるため、回避や防御で対策をすることができる。事実この能力に関して詳しく知らなかったシェンジェンも、当初はそうやって対処する予定であった。
「――――――――」
だが手を抜かないように厳重注意されたシェンジェンが行う対策は違う。普段は使わない切り札を今回の任務においては持ってきていたのだ。
「!?」
それは攻略法という言葉では生ぬるい。ただそこにあるだけで全ての不条理を捻じ伏せる、いわば能力者の天敵であり、その存在がこの場にある事を証明する『ガラスが粉々に砕けたような音』が周囲に反響。
全てを察した『死神』は目を見開き、
「残念だろうけど、神器『アーレス』の力で即死能力は防がせてもらったよ!」
その予想が正しいものであることを、両手に付けた黒鉄色のメリケンサックを見せつけながらシェンジェンは堂々と告げ、直後に攻守が入れ替わる。
「ホントさぁ! 強い能力持ちの人はみんな同じなんだけど!」
「っ!」
「能力にかまけて基礎をおろそかにするのはいけないよねぇ!」
敵の持つ切り札が神器でしっかりと無効化できたのを把握したシェンジェンが勢いよく前に出るが、その動きはこれまでとは大きく異なる。
先ほどまでの敵対者の一挙一動に気を配り、いつどんな時に何があっても対処できるようにするための繊細かつ神経質な動きとは違う。
攻撃にだけ意識を傾けたそれは、対峙していた『死神』を気迫だけで怯ませるほどのもので、濃霧の影響など関係ないゼロ距離で、呼吸すら許さない勢いで両の拳で攻撃を叩き込み続けていた。
「っ」
とはいえ向こう見ずな猛攻には当然のようにデメリットも存在し、霧に隠れていた真っ白な刃物や壁が、シェンジェンの体に突き刺さる。
「邪魔!」
しかしである。攻勢に転じ勝負を決めにかかったシェンジェンはその程度の抵抗など気にしない。
体内に貯蔵している大量の風属性粒子を荒々しい突風として吐き出しあらゆるものを拒む『風陣結界』展開すると、自分に迫る全ての白いナイフや壁を明後日の方向に吹き飛ばし、
「おらぁ!」
「ッッッッ!」
その光景を現実と呑み込み切れず唖然としている男の鳩尾に全力全開の一撃を発射。
それを受けた体がくの字に曲がったところで目の前にある頬と顎に一発ずつ左右の拳を撃ち込み、ふらつきながら一歩二歩と後退する『死神』の脇腹に風を纏う事で普段以上の勢いで回転したシェンジェンの回し蹴りが直撃。
その場に留まる事ができなかった『死神』は側にあった校舎の壁を突き破ると教室へと飛び込んでいき、教壇を壊しその向こうにある壁に衝突したところで二度三度と大きく痙攣。口膣から粘性のあるどす黒い赤を放出した。
「………………まだ、だ!」
だがそんな状況に至ってもなお男は諦めない。
自身が果たすべき依頼をこなすため、両足を生まれたての小鹿のように震えさせながら立ち上がり、邪魔をするシェンジェンを仕留めるため前に飛び出し距離を詰め、
「悪いね。実はこの勝負はね、大分前に終わってるんだ」
「!?」
能力による即死ではない。
単純な力押しでシェンジェンの脳天を潰そうと握り拳を振り下ろした瞬間、勝敗は決する。
全身に襲い掛かる威力はさしたるものではないものの、千を超える拳によって。
「馬鹿、な!?」
それらを撃ち込まれた瞬間を『死神』と呼ばれた男は感知できず、わけもわからないまま不健康な肌の色をした肉体が宙を舞い、
「僕の持つ神器の能力は『残痕拳』なんてものでさ、一度拳を当てた場所に、元の威力の十分の一の拳を好きなタイミングで叩き込むなんて弱能力なんだけど」
彼の頭上を奪うようにシェンジェンが飛翔。
「瀕死の相手なら、相応の効果を発揮するんだよね!」
締めの言葉を発するのと同時に、『死神』が落下し始めるより一歩早く蹴りを顔面に叩き込み、そのまま地面へ落下。極小ではあるがクレーターを作り上げた。
「………………………………!」
瞬間、フローリングの床と革靴の靴底に顔を挟まれた男はピクピクと指先を痙攣させたかと思えば動かなくなり、シェンジェンは勝利したわけだが呆気にとられる。
「………………あれ?」
戦いは終わった。それは間違いないのだ。
だというのにオルレイユ第七高校を包む濃霧が晴れず、これにより枯れは気が付いた。
「しまった! 複数犯か!」
この依頼はまだ終わりではないと。
他者を即座に殺す事ができる能力者とは別に、もう一人刺客がいるのだと。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
即死能力持ちの『死神』との戦いが終了したわけですが、ここで登場しましたシェンジェンの持つ新たな力! 能力者ガンメタの神器です!
先に言っておきますとこれまでの戦いで彼が持ってこなかったのは、完全なナメプです。
以降も決戦だったり命の危機がない場合はあんまり使わないと思います。その理由に関してはまたどこかで。
本編はというと振りだしとまではいかずとも一歩以上は後退したわけですが、おそらく次回で片が付くかと思います。
と同時に色々と話が進んだりもすると思うのでお楽しみに!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




