白い闇と死神 二頁目
「なるほどな………………わかった。ならば私が現場に向かおう」
貴族衆の中でも頭一つ抜けているとされる六大貴族。
その一角ロータス家が統治するオルレイユの中を歩く男の姿があった。
『――――! ――――!』
彼は電話越しにいる人物に対し自分の意思を伝えていたのだが、かえって来る返答は辛辣だ。すぐにその場から離れ戻ってくるように訴えかけられており、その理由までしっかりと聞いた上で男は、何度目かもわからぬ同じ返答をした。
『――――! ――――!』
「……実のところ、これはただ応援要請に従ったゆえの結果ではない。私としても気になる事、つまり他の者に任せるわけにはいかない案件が関わっているからなのだよ。ワガママと思うかもしれないが、こちらとて退く気はない。悪いが押し通すぞ」
とすると電話越しの相手も同じ返答を繰り返し、流石に言葉が足りなかったかと思った彼は、それまで話していなかった個人の事情に関して軽くだが説明。
それを聞いても電話の向こう側にいる相手は了承しきれない様子であったが、男はこれ以上会話を続けても平行線が続くだけだと判断し切断。数秒後に震え出す携帯端末を気にも留めず、神の居城から送られてきた座標へと向かって行った。
「痕跡が示したのは学校周辺だったわけだけど、どうやらこの白い霧も件の殺人鬼が張った物みたいだね」
これから仕留める相手に関する情報を受け取り、粒子痕跡を辿るためにオルレイユ全域に自身の風属性粒子を撒いたシェンジェンであったが、実際に動き出したのはそれから十分ほど経った後のことであった。
「即死させる希少能力以外にも色々持ってるってことかな? 多彩だね」
そうなった理由は現在オルレイユ第七高校を包み込むように広がっている、一メートル先さえ見通せないほど濃い白い霧が原因で、濃霧が張られている範囲内には風属性粒子を飛ばす事ができなかったのだ。
「…………構築の簡単な術技なら余裕で使える程度。けど繊細なコントロールが必要なエアボムはダメか。そう思うとちょっと面倒かな?」
なので警戒しながら中に入ったところ、粒子を練る事が通常時よりも困難になっていた。加えて内外を隔てる効果もあり、結界の内部から外部へ。外部から内部へと移動しようとした場合、シェンジェンほどの実力者でも一筋縄ではいかないほど抵抗されたのだが、後者の情報に関しては『いらないかな』とも思っていた。
どのみち目標を仕留めるまで出るつもりはなく、応援を呼ぶつもりもなかった故だ。
「言うなれば『霧の結界』とも言える物が張られてるわけだけど………………探知せずに足で地道に捜査するとかいつぶりだろ。標的にされてる人物がわからないっていう頭の痛い問題もあるけど、久しぶりの事をするとなるとちょっとワクワクしちゃうね」
客観的に見れば今のシェンジェンの状況は歓迎できる類の物ではない。
しかし当の本人の顔には余裕の表情が浮かんでおり、先が見えない事に関してはやや億劫に思いながらも前へ。
首を上下左右前後に動かし、標的らしき影はないかを探っていく。
「………………うん? これって?」
そうしているうちにシェンジェンが見つけたのは、校舎に並ぶよう作られた花壇を踏み荒らされた跡だったのだが、それは少々どころではなく意識を引くものであった。
その足跡は自分と同年代の生徒にしては明らかに大きく、視界が奪われたこの状況でも落ち着いていることを示すように規則正しいものであった。
その上で咲いている花を無遠慮に踏んでいる。。
「…………アタリかな?」
となれば最初に浮かんだ感想はそのようなもので、他に手がかりもないためシェンジェンんはその足跡を追跡。花壇を荒らすのは気が引けたため僅かに浮きながら移動していると、足跡は花壇を超え石畳へ。
そこから先には足の裏に付着していたであろう土が散らばっているのを目印にして進んでいたのだが、校舎に入ってすぐに消えてしまう。
ただこのタイミングでシェンジェンはふと思った。『霧の広がっている外ならば難しかったが、密閉された屋内ならば探知できるのではないか』と。
「いいね。予想的中だ」
その予想は見事に当たり、シェンジェンは自身の風属性粒子を再び撒き、オルレイユ第七高校の中を隅々まで探知。
突然の事態から机の下に縮こまってる者。友人たちと一塊になり部屋の隅にいる者。職員室へと向かう者や職員室で慌ただしく動き回ってる者などを把握し、
「後ろ!」
最後に自分の背後へと向かい急接近する、花壇で見た足のサイズに相応しい巨体を知覚。考えるよりも先に屈むと、さっきまで自分の胴体があった場所を腕が通り過ぎた。
「話が早くて助かるよ!」
「ッ!」
直後、シェンジェンは立ち上がることなく、這うような姿勢のまま一回転。
これにより繰り出された回し蹴りは自分へと向け腕を伸ばした巨体の両足を捉え横転させ、続けざまに放たれた蹴りは巨体の腹部を捉え、十メートル以上先へと吹き飛ばす。
「お仕事、お邪魔しちゃうね!」
「………………」
対する男というと無様に跳ねる事もなく両手と両足を使い地面に着地するが、シェンジェンの言葉と闘気を前にしても取り乱さない。無言のまま、感情が籠っていない鉄面皮でシェンジェンを注意深く見つめ、
(確定、だね)
己の言葉に対し相手が反論せずに腰を落としたことで相手がターゲットであると確信を得る事ができ、これにより相手を『倒してもいい相手』と認識したため動きが変化。
「好き勝手人を殺してるんだからさ、相応の報いは受けてもらうよ!」
全身を包むように風を纏うと、空を縦横無尽かつ軽やかに動きながら、目の前の怜悧な瞳をした男へと向け接近。
牽制用に撃ち出されたナイフを中指一本動かし生成した突風で天井へと突き刺すと、黒い光を纏った手刀の追撃を軽々と躱し、二百以上の拳を胴体へ。
「グゥッ!?」
「兵頭さんと比べると、触ってないからパワーは未知数。速度はこっちの方が上。けど、タフネスならあっちの方が上、かなっと!!!」
「ッ!」
それだけの攻撃を腹部に叩き込んでも『死神』と呼ばれていたターゲットは止まらず、シェンジェンへと向け黒い光を纏った腕を振り抜き、これをまたもあっさりと躱したシェンジェンは、締めとばかりに頬に裏拳を叩き込む。
すると耐え切れなかった男の巨体が校舎の壁を粉々に砕きながら外に吹き飛び、
「とどめ!」
上手く態勢を整えられない様子を前にして勝利を確信したシェンジェンが、顎を撃ち抜くことで昏倒させようと考えながら大きく一歩踏み込み、
「!?」
この瞬間、シェンジェンの身に予想外の事が起きる。
全身に見えない壁にぶつかったような強烈な衝撃が迸り全身が硬直。
「………………死ね」
そんなシェンジェンへと向け、これまで無言を貫いていた『死神』が近づいていき、危機感を覚えたシェンジェンは回避に徹するために全身を風で包み、
「あぐっ!?」
そのまま空に逃げようと思ったところで、今度は脇腹に強烈な痛みが奔った。
見ればそこには真っ白な霧と全く同じ色の刃が刺さっており、これにより自分がなぜ二度も不意を突かれたのかという問題に関する推測が完成するが、時すでに遅し。
「一撃――――即殺」
多くの人らの命を刈り取った黒い光を纏った腕。それがシェンジェンの額を射抜いたのだ。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
早速開始VS『死神』。これまでと比較して殺伐とした戦いであると感じていただけたのなら筆者としては胸を撫で下ろします。
そんな戦いですがいきなり佳境へ。
明らかにやばい黒い光を纏った一撃がシェンジェンに突き刺さります。
その効果は?
シェンジェンの運命は?
まさかの早期主人公交代か?
全ての答えは次回で
それではまた次回、ぜひご覧ください!




