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白い闇と死神 一頁目


「クソ! クソクソクソォ! せっかくの金のなる木を手放しちまった! それもこれも! 全部あのガキのせいだ!」


 男、いや蛇道ソルタンにとって、今日は人生最悪の日であった。

 朝一にコーヒーが一張羅にかかってしまい、原因たる老人に文句を言っていたかと思えば顎を殴られゴミ箱で意識を失う無様を晒す事から始まり、仕事の都合上家に帰る暇がなかったので、そのまま仕事場に行けば同僚に笑いものにされた。

 おまけに今朝運ばれてきた幼子たちは普段の倍は手がかかる気性の粗さをしており、少々時間をかけていたところで上の連中から文句が飛び出てきた。

 極めつけは個人塾の講師をやっていた際、ストレス解消に腕を振るっていたところで今朝のガキが現れ、今度は鼻っ柱を折られ意識を消失。その間に家庭教師の契約も解消されていると来た。


「おのれぇ。おのれぇぇぇぇぇぇぇ!」


 その全てを受け止めた彼の臓腑は焼き切れるのではないかと言えるほど憎悪で燃え挙がっており、口からはドスの効いた声が延々と吐き出され続けていた。


「オイッ! どこに目をつけている! 殺されたいのですか!」


 そんな事を延々と続けていたからであろう。彼は周囲に目を向けるだけの余裕もなくなっており、気が付けば見知らぬ人物と衝突。巨木を思わせる図体をした男に押し負けた彼は二歩三歩と後退したところで木にぶつかり悪態を吐き、


「――――――――は?」


 直後、凄まじい衝撃が全身を襲う。

 それは彼の意識を完全に奪い去るに留まらずその命さえも奪いとり、こうして彼にとって人生最悪の日は、己の死という形で幕を閉じたのであった。




「殺人鬼がこのオルレイユに侵入、ね。それは中々に厄介なことだ」

『はい。つきましてはシェンジェン殿には早急に対応してほしいと神はおっしゃっています』

「もちろんそのつもりだよ。それじゃあ情報をもらおうか」


 時刻は午後十時。住処としているビジネスホテルの自室に戻ったシェンジェンは、通信機から送られてくる声に意識を集中。

 周りにクラスの知り合いはいないためその声は鋭く、内容が内容のため顔も真剣そのものであった。


『実はここ数週ほどの間に世界各地で同じような不審死が起こっています。なので我々はこの件に関して情報を集めていたのですが、その結果同じ粒子痕跡が残されていることを解明。その人物が今、オルレアンに潜伏していることまでわかりました』

「………………なるほど」

『今からその人物。つまり犯人に関する情報を送らせていただこうと思うのですが、先に言っておきますと彼に関する戸籍は見つかりませんでした。なので送らせてもらうのは世界各地に設置した防犯カメラ越しの姿が中心となります』

「戸籍がないってことは孤児の類だったってことかな。それならかわいそうな立場だけど、何件も人殺しをやってるなら見過ごせないよね。不審死っていうのは?」


 端末から飛び出した液晶画面に映っているのは季節外れの深緑色のベンチコートに身を包んでいる男の姿で、肌は蝋のように白く、二メートル越えの巨漢の顔に張り付いている目は冷たく諦観に満ちている。

 それを見たシェンジェンは『この人物ならば人を無造作に殺せる』という感想を持つが、気になったのは告げた通り『不審死』という部分に関してだ。


『………………実は、彼の粒子痕跡が残っている殺人には目立った外傷や内相が見当たらないんです。つまりあらゆる事件を傷一つなく、『即死』という結果で終えているわけです』

「はぁ? そんな事がこのご時世であり得るの!?」


 とすれば通信機の向こう側にいるスタッフが事情を説明するのだが、それを聞いたシェンジェンの口から発せられる声色は仕事用の物ではなく素の物で、とはいえ至極当然といえるだろう。


 なにせ惑星『ウルアーデ』において『即死』という能力は最も扱いずらい。

 覚えるのが困難というわけではない。惑星『ウルアーデ』に住む人間全てが『即死』という現象に対し極めて強力な耐性を持っているため、当てたとしても効力を発揮しないのだ。


 こうなったのは遥か昔に一時『即死能力』が流行り、人間の体がその時に凄まじい勢いで耐性を獲得した故なのだが、兎にも角にも現代において『即死』能力の肩身は狭く、覚える者は皆無と言ってよかった。


『残されていた痕跡から対象が希少能力の使い手である事が判明していますが、それでも解析班は『信じられない』と言っていました。しかし現実問題としてそうとしか考えられない事態が起きているため、我々は対象をSランクの危険人物として扱っています。ただ………………』

「言わなくてもわかってるよ。『即死』という結果を示してはいるけど、そこには何らかの過程が含まれてるだろう………………ということでしょ」

『おっしゃる通りです』


 だからシェンジェンやこの依頼を出した神教側は、この力に何らかの裏があると読んだ。

 ただ殺すわけではない。その過程で何かを行った結果、傷一つない死体が出来上がったという考えである。


『ですのでシェンジェン殿。今回に限っては………………』

「それもわかってる。流石に死の危険に直面して手抜きをするような真似はしないよ」


 直後の念押しするような言葉に対し、シェンジェンはやや億劫に思いながらもそう答え、目標に関する粒子痕跡情報を取得。それからもいくつか情報をもらい、


『最後に今回の標的に関して。名無しでは呼びにくいため我々は対象を『死神』と呼んでいます。シェンジェン殿も共通のアイコンとしてそちらの名を使っていただければと思います』

「ずいぶんと仰々しい名前だけど了解したよ。それじゃあすぐに動くから吉報を待っててくれ。あ、それと蒼野さ…………神の座直々に下された依頼に関してだけど、こっちに関してはもう少し待ってほしいって伝えておいてくれ。連中はかなり上手く隠れてるようでね。申し訳ないけどまだ尻尾さえ掴めていない」

『かしこまりました。そう伝えておきます』


 最後に地下闘技場といっしょにもらった案件に関する進捗を伝えると通信は終了。

 窓を開ければ夏がすぐ側にまで迫っていることを示すように熱を篭らせた風が頬を撫で、すぐにもらった粒子痕跡情報を展開。

 その状態で風属性粒子を広大なオルレイユ全域に広げる事で『死神』の痕跡を捉えようと躍起になり、


「…………昨日今日と同じ場所が戦場になるなんてね。奇妙な縁を感じるけど、今日までにしてもらいたいものだね」


 シェンジェンは目標を補足するが、その表情は明るくない。

 なぜなら目標である『死神」がいる場所。それはシェンジェンが寝泊まりしているビジネスホテルのすぐ近く。

 すなわち通学路を超えた先にあるオルレイユ第七高校であったのだ。





ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


学校で友人から出された依頼をこなし、今回からはお仕事に関する物語となります。

内容は本編で語られた通りの殺し屋退治!

熱のある戦闘やドタバタ珍走劇をやったりしましたが、今回は割と真剣な話です。

ターゲットである『死神』とは。狙われているターゲットの正体とは。


謎に包まれた事を解き明かしながら、事件解決へと向かいましょう!


それではまた次回、ぜひご覧ください

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