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拳の先に


 シェンジェン・ノースパスという少年に『学校とはどのような場所であると思う』と問いかければ、彼はさほど迷わず『勉強や部活を行い、同世代とワイワイと騒ぐもの』と答えるだろう。そしてその答えに関して本人はおおむね満足するものの、爪楊枝で刺されるほど小さい不満を抱くだろう。


 『平凡だけど物足りない』と。


 日々の半分ほどを戦地で過ごし、残る半分の日常においても無茶な事をする同僚や先輩との日々を送っていたシェンジェンにとって、穏やかな日々というのは心休まるものであるのと同時に、少々ではあるが物足りなさを覚えるものであったのだ。


「昨日戦った人より強いのが、同年代にいるなんてね。いや九年前のゼオスさんや康太さんはもっと強かったことを考えればおかしくないか」

「なんだぁ? ボゾボゾと何を言ってやがる」


 がしかし、そんなシェンジェンの思い込みは転校初日に音を立てて崩れる。


 目の前にいる男。すなわち兵頭我龍と出会った事で知るのだ。


 自分がこれから通う高校という場所は、自身の思っているほど生ぬるい所ではないと。意識し努力すればもっと刺激的で、充実した日々を送れる場所なのだと。


(さてと………………ここからどうしようかな?)

「!」


 その結論を僅かな時間で叩き出したシェンジェンの顔には野犬染みた笑みが浮かび、危機感を覚えた巨体が大きく後退。

 立ち上がれるだけの余裕を得たシェンジェンは平和ボケしかけていた脳を回転。


 兵頭我龍渾身の一撃を受けた事で右肩が砕け片腕が使えなくなった状態であることに、手持ちの術技で回復しようにも腕に巻かれた頑丈な鎖が原因でそれができない事を把握。


(………………三十分ってところかな)


 とすれば砕けた骨が何もせずに治ってくれる事を期待するしかないが、この星に住む人間が持つ優れた自己再生機能をもってしても、砕けた骨がくっつくには相応の時間がかかる。


(いやいや。彼を相手にそれはキツイな。却下だ)


 逆に言えばそれだけ時間を稼げば万全に近い状態に戻る事ができるのだが、シェンジェンはこの案を不可能なものであると断じた。

 こちらが時間を稼ぐ素振りを見せれば、自分に渾身の一撃を叩きつけた兵頭我龍はそうはさせまいと動くだろう。即座に鎖を引っ張り自分を引き寄せ、時間稼ぎなどさせないよう動く事は容易に想像できる。


 そして残念ながらそのような動きをされた場合、シェンジェンはなすすべがなかった。

 粒子術や能力を使わない単純な力比べをした場合、目の前の男は同年代とは思えぬほどの備えていた。

 おまけに皮膚が分厚いのか、はたまた身に纏っている筋肉の鎧がよっぽど強固なのか、シェンジェンが繰り出す攻撃を受けても足を止める様子は微塵もなかった。


(ならやれることは――――一つしかないよねぇ!)

「終わりだコラァ!」


 つまり極々単純な『喧嘩』をした場合、シェンジェンは目の前の男に勝てないのだ。回避不能の拳の殴打と強固な体という二つの要素を崩す事ができず負けてしまうのだ。


 であればシェンジェンが繰り出す手は一つ。戦いの位相を変える事だ。

 中高生の行う『喧嘩』というラインを戦場で行われる『戦い』に変えること。

 つまり自分優位の土台に変える事が重要で、やるべきことを決めた瞬間、今度こそシェンジェンを仕留めるべく巨大な拳が迫り、


「………………あ?」


 その一撃はシェンジェンに突き刺さるが、兵頭我龍の思うような結果には至らなかった。

 本来なら砕けるはずであったシェンジェンの中性的な顔面は接触箇所が僅かに赤くなる程度で済み、攻撃を打ち出した兵頭我龍が腹部にこれまで感じなかった重い痛みを感じながら吹き飛び、受け身も取れず尻餅をついた。


「――――――来なよ」

「調子乗んな!」


 それは一度だけに留まらない。

 動く左腕をまっすぐ伸ばし挑発を行ったシェンジェンに対し、兵頭我龍は拳を撃ち込む続ける。するとその度にシェンジェンの体が弾けるようにぶれるのだが、その直後には攻撃をしている彼の体に強烈な痛みが迸る。


「カウンターか!」

「自前の筋力だけじゃ足りなかったんでね。足りない分は君のパワーで補わせてもらったよ」


 そんな時間が数分続いたところで夕日を背にした彼は、自身が普段とは比べ物にならないダメージを受けている理屈を理解するが、一歩も引かない。


「っ!」

「うぇ!?」


 反撃が来ることを承知の上で、歯を食いしばりながら拳を打ち出した。


「いやいや何やってるのさ。もうちょっと考えて攻撃しなって!?」


 シェンジェンはそれを体を傾ける事で当然のようにダメージを減らすと、残った衝撃を自身の体を回転させる動力とし、駒のような勢いで一回転した勢いを上乗せした拳を顔面に叩き込む。

 このときシェンジェンは『理解ができない』と言った具合の声をあげるが、それを耳にしたところで兵頭我龍はまるで動じない。


「お前は………………」

「?」

「そこらにいるような軟弱者とは違う。俺みたいな強面を相手にして、粒子術や能力を使えなくなってもなお、勝負を挑んで来る。そんな奴がなぜ涎を垂らしながら女の尻を追いかける?」


 鼻血を出し、数か所に青痣を作っているのにもかかわらず心底不思議そうな様子で疑問を投げかけ、それを聞いたシェンジェンが青痣だらけの顔を渋いものにしながら頭を掻き、


「違う違う。僕は罠に嵌って巻き込まれただけだよ。アイツの尻を追いかける趣味はないよ」

「…………本当か?」

「ホントホント。てか逆に聞くけどさ、僕からしたらお兄さんの方が不思議な存在だよ。話を聞く限りアイツにまとわりつく追っかけを嫌ってるんだろ? ならなんでアイツのファンクラブになんてはいってるのさ。矛盾してない?」


 返事をしたかとややぶっきらぼうな口調で質問を行い、すると兵頭我龍は目を細め返答。


「確かに俺は彼女の事が好きだ。だがな俺のような厳つい男が好ましくないことくらいはわかってる。だからお近づきになりたいとは思わない。裏で彼女を支える立場になって、邪な感情に支配された軟弱者を退ける立場になろうと考えた」

「なにそれ! おかしいの!」

「………………なんだと?」


 それを聞いたシェンジェンは左腕を腹に添えながら笑い出し、対峙する巨漢はその光景を目にして苛立った声をあげるが、


「いやだってさ。そこまでするほどアイツの事が好きなクセに、アイツのこと全然わかってないんだもん! そりゃ笑うさ!」

「っ!」

「アイツは父親に似て一に研究。二に研究。三四五と研究が続く奴だよ。だから見た目や体格なんて全く気にしないさ!」

「なん、だと………………!」

「『恋は盲目』なんて言うけど、それが適用される瞬間なんて始めて見たよ。ごちそうさまです」


 笑いながら発せられた言葉を聞くと、彼は目を丸くし息を詰まらせた。

 『なぜそんな簡単な事にも気づかなかった』と己を恥じ、それからしばらくして腰を落とし拳を構えた。


「アドバイス感謝する」

「…………僕の攻撃方法がカウンターとわかってなお、まだ真正面から攻めるつもりなの? それって馬鹿正直すぎない?」


 その姿をシェンジェンは愚かだと暗に伝える。続けて『鎖を使うなりした方が勝率は高い』と言いかけ、


「話せばわかる。お前は一端の『漢』だ。であるならば小細工は無粋だ。真正面からぶつかり『どちらの方が強いのか』を知る事こそが男の道だ?」

「………………汗臭いねぇだねぇ。嫌いじゃないけどさ」


 飲み込んだ。

 確かな意思を感じる言葉を前にして、余計な一言であると判断したゆえに。

 斯くして三メートルほど離れた状態で夕日の輝きを全身に浴びた両者は向かい合い、


「「!!」」


 数秒後、距離は零に。

 拳の嵐がシェンジェンに撃ち込まれるが、シェンジェンは自身の体をタイミングよく捻りダメージを最小限に抑え、それでも残っていた衝撃を体を回転させる推進力へと変換させ、自身の繰り出す拳の威力を増幅。


「どこまで持つかだ!」

「っっ!」


 これによりシェンジェンは強固な肉体を持つ兵頭我龍にダメージを与えるが、状況は芳しくない。

 今のシェンジェンは右腕を失っているゆえに本来の力を発揮できず、これが原因で必中の拳を全て受け流しきることが出来ず時折直撃をもらっており、繰り出す反撃の数も片腕分減っているのだ。

 そしてそんな状況が続けばシェンジェンの方が速く限界が訪れる事を両者は理解しており、


「………………うぐっ!」

「終わりだ!」


 その瞬間が訪れた事を示すようにシェンジェンの体が右に大きく傾き、その瞬間を見逃さなかった兵頭我龍の拳が勝負を決するべくシェンジェンのこめかみを捉え、


「狂い――――――」

「なに!?」

「風車!」


 その瞬間、シェンジェンの体が勢いよく回る。

 コンマ一秒もかからず頭が床に、足が天井を向き、その勢いを乗せたまま放たれた両足の蹴りが目標の顎を捉え、ダメ押しとばかりにさらに半回転した際に繰り出した左手の裏拳が同じ位置に接触。


「こ、の一撃は………………………………最初から思い描いていなければ、出せないものだ。つまりお前は!」

「一計を練らせてもらったけど、卑怯とは言わないよね。君は『満足いく喧嘩』をしたかったのかもしれないけど、僕は『勝ちたかった』わけだからさ。当然策を練る」

「ぐ、おぉ………………!」

「まぁ正直なところを言うとこれが決まらなかったら結構ヤバかった。本当に………………強いねお兄さん」


 これにより生じた全ての衝撃が脳に突き刺さった瞬間、彼の視界は歪み、体は数度痙攣した後に床に沈み、意識が闇に堕ちる。


「町から見る夜空なんて大したことないと思ってたんだけど………………」


 その姿をじっと見つめていたシェンジェンは視線を外すと真っ暗になりかけた空を見つめながらそう呟き、肩の力を抜いた。

 次いでやって来たのは勝利に対する高揚感。


「うん。案外悪くないね」


 そして視界一杯に映った星空と充実しすぎていた高校生活初日を締めくくる感想であった。

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


VS兵頭我龍戦終了でございます。

正直書いていて『コレ上手く伝えられてる!? 大丈夫か!?』なんて心配していましたので、何らかのお言葉をもらえると、後々の力に変えれそうなのでありがたいです。


それはそれとしてイレ・スペンディオによって無理やり彦起こされた騒動はこれにて終了。次回は今回の件に関するエピローグ部分。そしてまた別の短編に移るわけですが、そろそろしっかりシリアスな話が入るかもです。


その辺りに関する話は次回。賞投稿が終わった7月1日分で。

それまでは少しお休みをいただきますがご了承ください。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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