イレ・スペンディオ 三頁目
「それでこれからどうするの? アタシの家に来てパパから便利な発明品をもらったりする? 多分喜んで協力してくれるよ」
「イヤイヤ、あの人は『娘が異性を連れて来た』って事実にキレるタイプだよ。だからその案はダメ。トラブルが余計に増える」
「ならどうするの?」
「そんな難しく考える必要ないだろ。単純に手持ちの力を使えばいい。情報将校とかいう奴の顔写真とかある?」
「名前を中心に素性を徹底的に隠してるんだけど、仮面を被った状態ならわかるよ。これでいい?」
「十分だよ。それにしてもその人は徹底してるね。戦場に実際に出たことがあるのかな?」
戦闘開始から五分後、延々と襲い掛かっていた人の波が全て地面や壁に突き刺さり、僅かなあいだではあるが静寂な時間が訪れる。
ここでシェンジェンが行ったのは撤退でもなければ攻勢に転じる事でもなく、掌から風属性を中心とした複数属性を放出させることであり、
「僕の風は千里先さえ捉えるってね」
それらを混ぜる事で能力『風の目』を発動。
これは風属性の探知能力を単純強化したもので、飛来させた範囲内全ての場所の光景を視覚情報として覗くことが可能な能力であり、この力でシェンジェンは今さっき写真で確認した人物。
すなわち顔の部分を祭りの屋台で売っているような簡素なお面で隠した人物を見つけ、
「一刻も早く楽しい学園生活を送りたいんでね。今日中に――――片付ける!」
「う、わぁ!?」
「前振りくらいしてよ!?」
飛ぶ。
良照とイレの二人を連れ。
渦巻く大気に身を包みながら虚空に浮かび、三階部分の高さにまで移動した。
「そこ!」
この状態の彼らに興奮した一部学生が様々な攻撃を繰り出すが、三人を包み込む大気の守りは全てを弾き、その全てにさして意識を向けていなかったシェンジェンは声をあげると同時に窓を突き破り『生物室』と書かれているプレートが掲げられている部屋へ突貫。
「邪魔なんでね。悪いけどさっさと始末させてもらうよ!」
「ひっ!?」
その中で動揺している大勢の生徒の奥で、殊更動揺している影。
すなわち目標である情報将校をその視界でしっかりと捉える。
「イレ様にまとわりつく邪魔者がぁ!」
「消えてなくなれぇ!」
このタイミングで頭に血が上っていた一部生徒が気を取り直し攻撃態勢へと移行。驚いたことにその攻撃の軌道は良照やイレには一切向かわず、全てシェンジェンの肉体へと正確に向かって行き、
「馬鹿! 僕が利用されたんだよ! てか簡単に殺そうとするなって!」
その全てをシェンジェンは叩き落とす。
炎も雷も。氷も水も鋼も水も
全て前に進みながら壁や天井に弾いていき、その速度を保ったまま十人以上の生徒達の顎を正確に捉え、様々な術技同様壁や天井に埋めていった。
(すっごい手際。こりゃ本当に今日中に片付けられちゃうかも!)
この光景を目にして誰より驚いたのはシェンジェンをこの騒動に巻き込んだ張本人イレである。
彼女はシェンジェンが同年代の中でも並外れて強い事は知っていたが、それでも素手でここまで強いことまでは知らなかったのだ。
「うーん」
「どうしたのシェンジェン君?」
「いやこういうのを高望みっていうのかもしれないけどさ………………こんなもんか、なんて思っちゃってさ」
「どういうこと?」
「経験上なんだけどさ、一番強い人って信念を持ったタイプなんだよ。で、次に強い人らがどういう人かっていうと、何かを強く信仰してる人の場合が多いんだ」
「つまり?」
「『この人のためなら命を賭けれる!』みたいな奴は厄介ってこと。で、せっかくやるならそういうタイプの人らとの戦いを望んでたんだけど、思ったようにはいかないねぇ。基礎値が低すぎるからか一発で気絶しちゃう」
無理やりこのような事態に巻き込まれたシェンジェンはというと、この圧勝に物足りなさを感じていた。
当初はこのような事態に巻き込まれた事実に不満を抱いていたが、いざ乗り気になると今度は相応に自分が満足できる戦場であることを求めたのだ。
当然これは自分勝手極まりないわがまま坊主そのものな心境の変化であるが、結果としてシェンジェンの願いは果たされず、困ったようなため息が零れ、
「おいおいオメェら。束でかかってこのざまかよ。情けねぇな!」
「ん?」
そんな中、新たな影が彼等の視界に入るが、現れた男は他の者とは大きく異なっていた。
身長は二メートルを遥かに超えており、顔が濃い。それこそ中性的で幼い顔立ちのシェンジェンと比較すれば二回りほど上の年齢に見えるほどだ。
加えて服装も他の者らとは異なる。
彼はベージュ色を基本とした制服に身を包んでおらず、上下を黒の学ラン統一しているのだが、その背丈にあっていない。
極めつけがその髪型で、左右後方をバリカンで刈って前髪を極端に短くしたその髪型は、彼がいわゆるヤンキーであることを示していた。
「シェンジェン君! あの人が兵頭さんだよ!」
「へぇ。あれが」
彼を前にした瞬間、他の者達に守られていたため意識を保っていた情報将校やシェンジェンの隣にいた良照が警戒の色を強めたが、シェンジェン自身は一目で彼の事を気に入った。
それは死んだ原口善に近い『何か』を肌で感じ取る事が出来たからで、
「どけ腰抜け。こいつは俺がやる」
「こ、腰抜けだと! い、いいのかぁ! 僕にそんなこと言ったらお前の個人情報なんて全て筒抜けに」
「うるせぇよ」
「ふげゅぁ!?」
騒ぐ小さな影を拳骨一発で黙らせ、堂々とした足取りでシェンジェンの前へ。
「お前があそこで伸びてる腑抜けから連絡のあった奴だな」
「だとしたらどうするのさ?」
「女神様に近寄る腑抜け共は俺が全員ぶっ潰す!」
挑発するように笑みを浮かべるシェンジェンを見た瞬間、彼は『会話の余地なし』とでも言うように拳を振り抜き、シェンジェンはこれを防御。
「短絡的だね! 嫌いじゃないよ!」
嬉々とした声をあげながら笑みを浮かべるが、内心では腕に迸った衝撃に驚いた。
なんの威力上昇系の能力を使ったわけでもなく、つい先日戦ったダンガーと同等以上の威力を叩き込まれたからだ。
(いいね。やりがいがある)
とはいえ耐え切れないほどではない。
浮いた状態のまま即座に体勢を立て直し、反撃に移ろうと拳を握り、
「っ!?」
直後に姿勢が崩れた。
いつの間にか腕に巻き付いていた分厚い黒鉄の鎖が引っ張られたからであり、
「チェーンマッチだ! 根性見せろゴラァ!」
これを引き寄せた兵頭 我龍の第二撃が、今度はシェンジェンの顔面を捉えた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
イレ・スペンディオによる騒動編の続きです。
といっても今度の話でボス戦。前回から言われていた兵頭君との勝負ですが、これはダンガーの時と同じく肉弾戦。
大規模にしない範囲で色々と味付けを変える場合、単純な拳勝負は使いやすい印象なんですよね。
前回同様一気に決めれると嬉しいなぁ、なんて思います。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




