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イレ・スペンディオ 二頁目


 まず初めに弁解しておくと、シェンジェンがイレと一緒にお風呂に入ったことは嘘ではなく本当のことだが、オルレイユ第7高校の生徒諸君が思っているような桃色の世界は決して広がっていなかった。


 というのもイレがシェンジェンとお風呂に入ったのは今から八年前。彼の前に顔を出したシュバルツとの訓練の際に強烈な一撃をもらったためで、怪我の回復をしたはいいが、痛みや疲労が原因でお風呂に一人で入れなかったためだ。

 入った際のシチュエーションもイレは子供用の水着を着ていたし、シェンジェンはと言えば鼻の下を伸ばすような余裕はなく、シャワーの勢いだけで痛む体に悲鳴を上げていたのだ。


「コノヤロォォォォォォ!!」

「俺達みんなのアイドル! いや女神とお風呂だとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「うらやましいぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

「けしからんぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「あ、今羨ましいって言った奴はリンチな。抜け駆け禁止の項目を破ろうとする不穏分子だから」

「「はい!!!!」」


 とはいえだ、そんな実情を彼らが知るはずもなく、怨念の籠った絶叫が廊下一杯を埋め、規律正しい声に続き、先の発言をした一名に対し殴る蹴ると言った行為が集中。

 その切り替わりの速さに百戦錬磨のシェンジェンさえ呆気にとられ、開いた口が閉じなくなっていた。


「………………いやん。怖い」

「「!!!!!!」」


 とはいえ二秒後には正気を取り戻したシェンジェンは、側にいる良照の服の袖を掴み、この隙に逃げようと画策。けれどここで予期せぬ不意打ちが襲い掛かった。

 既にシェンジェンに抱き着いていたイレが、彼の足を引っかけ態勢を崩すとそのまま豊満な胸にシェンジェンの顔を押し付け、やや不自然なほど黄色い声をあげる。

 するとそれに反応した者達全員の視線が再び二人に、いやイレの胸に顔を埋めているシェンジェンに注がれ、彼等の目と鼻から血が流れ、顔が憎悪で歪んだ。


「ごろじでやるー!!」

「死ねぇクソガキィ!!」


 直後、彼等の意思は一つになる。

 自分たちが崇め奉るアイドルにして女神。いや宗教における象徴のように崇め奉る少女をたぶらかす悪の化身を、細胞の一片さえ残さないように完璧に滅ぼす。

 ただそれだけのために動き出し、各々が持っている術技や能力がシェンジェンへと注がれた。


「こんのっ!」


 その全てが自分へと到達するよりも遥かに早く、シェンジェンは良照とイレを抱えその場から離脱する。

 側にあった壁をショルダータックルで砕きながら外に飛び出すと、虚空を一度だけ蹴り上空へ。追い縋るような追尾攻撃は掌から出した風圧で蹴散らし、屋上へと着地。


「もういっちょ!」


 しかしそこで止まる事はせず、自分がいたという痕跡だけをしっかりと残した上で、視界の端に映った巨大な噴水の影まで一直線に折りていくと、風の膜を周囲に張り姿と音を消した。

 かと思えば抱きかかえていたイレと背負っていた良照を下し、右手で握り拳を作り、


「おーまーえ! 僕を意図的に巻き込んでるな!!」

「てへ………………ぇぇぇぇぇぇ!!? 拳か頬にめり込むよぉぉぉぉ?!!」


 その拳をかわいく誤魔化すイレの顔面に優しく押し付け、その上でグリグリと押し付けた。


「べーんーかーいーは~~!」

「ごめん。ゴメンってシェンジェン君! でもこっちだって必死なんだよ!」

「はぁ? どういうことだよ?」

「行く場所行く場所であいつらの監視があるんだよ? そりゃ気が滅入るしどうにかしてほしいって思うでしょ。で、そんな状態で全部何とかしちゃいそうな正義のヒーローがやって来た! なら頼るのが人ってもんじゃないの!?」

「お前のは頼るじゃなくて利用するだろ!」

「じゃあ素直に話してたら協力してくれてた?」

「………………いやだ!」

「ダメじゃん! やっぱダメじゃん!」


 続けて話を聞けば相応の理由がある事を理解したがシェンジェンの返答は彼女の思った通りのもので、これを傍から見ていた良照はというと口を開いた状態で静止。

 かと思えば彼の髪の毛が自然と持ち上がり、それより一歩早くシェンジェンが空を見上げ、凄まじい勢いで落下してきた投げやりをキャッチ。


「なんでバレた!」

「イレちゃんファンクラブの者の位置は全て我らが情報将校が握っている!」

「僕はそんな気色の悪いものに入った覚えがないぞ!」

「お前ではなく良照殿だ!」

「お前かぁ!」

「待って! 完全にこれは事故だよ! そんなことされてるなんて知らなかったんだ!」


 凄まじい勢いで言葉のキャッチボールが行われた後に、良照はアルファベットのIとRとEを重ねて作ったキーホルダーを取り出し明後日の方角に投擲。

 すると長槍を持ったやや濃い顔つきの青年が激怒するが、彼が何かをするよりも早くシェンジェンの繰り出した拳が腹部に突き刺さり意識を奪い、


「刀を抜けぇ!」

「「ワカリマシタァ!」」


 その間に第二波として五十人ほどの者が同じような太刀を持ち突っ込んで来る。


「めんどくさいな本当に!」

「か、勘弁してくれよぉ!?」

「強すぎだろぉ!?」


 シェンジェンはこれを指先を持ち上げた事で生じた台風で真上へと持ち上げ、横に吹き荒れる突風で校舎の壁に突き刺し無力化したが、既に第三波が迫っており、空が茜色に代わっていく中、覚悟を決めた。


「どうやらどれだけやってもキリがないみたいだね。なら話は変わるんだけどさぁ、僕がこいつと思われてるような仲じゃないって説明するなら、誰にするべきなんだい?」

「お!」

「た、多分ファンクラブの中でもトップを仕切る五人………………いや兵頭さん辺りに直訴しに行けばいいんじゃないかな?」

「なるほどね。けどまずはさっき話に出た情報将校が先か! 居場所の特定手段をまず潰す!」

「ならならぁ!」


 その胸中の変化はこの事態を起こしたイレにも伝わり、彼女は満面の笑みを浮かべながら先を促し、するとシェンジェンは目の前から迫ってくる第四波を退けながら心底嫌そうな表情を浮かべ、


「お前の思惑に乗ってやる! お前に付きまとうストーカー紛いの奴らを振り払って! その上で望んでる日々を手に入れる!」


 堂々と、そう言い切った。





 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

皆様お久しぶりです。作者の宮田幸司です。


ファンクラブ殲滅編。開幕。

信じられないかもしれませんがコレ、シェンジェンの登校初日の出来事です。彼は泣いていい。

ここからはちょっとおバカなノリで必死の戦いが見られます。

なお、前回の話の閲覧数が多かったので、奇声を上げる運命も決まった模様。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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