九年後、オルレイユ
「僕がオルレイユに在中するってどういう事? 突然過ぎてびっくりするよ」
16歳になったシェンジェンが高校に進学する事になる経緯に関して話すため時は半日前。地下闘技場での争いが終わった直後にまで遡る。
ラスタリアに帰ることなく予約していたホテルで報告を行っていたシェンジェンは、通話先にいる蒼野が切り出した話に目を丸くした。
なにせ数日前まで遡ってもなんの前ぶりもなく、突然行われた提案であったのだ。そのように至った経緯を問い詰める事に関してさほど不思議な事ではない。
『地下闘技場の件を速攻で片付けた腕を見込んでだ。お前が適任だと思ったんだよ』
「それだけが理由じゃないんでしょ。詳しく説明してよ」
『察しがいいな。少し時間をもらいたいんだがいいか?』
「大丈夫だよ。夕食も済ませてあとはシャワーを浴びて寝るだけだからね」
とはいえ蒼野からしてもそのような結論を出した理由があり、シェンジェンに促され説明していく。
曰く、ウルタイユでは先に頼んだ二件以外にも大小さまざまな問題が起きており、それだけでなく近辺の土地でも問題を抱えているということ。
さらに言えば数年前に亡くなった女傑ダイダスの跡を継ぎ長として就任したルティスの疲労が目に見えるもので、シェンジェンには彼女の右腕としていくつかの仕事にも携わってほしいという事であったが、ここで彼は眉を顰めた。
「前者はいいよ。文句なんて一つもない。けど後者に関してはどうなの? 多分だけどさぁ、本人の疲労を回復させるだけならもっと適任がいるでしょ」
『というと?』
「積さんだよ。あの人が四六時中一緒にいれば、それだけであの人は超ハッピーの元気百倍じゃん。フィールドワークにせよデスクワークにせよ問題なくこなせるんだしあの人に任せるべきじゃない?」
シェンジェンの考える限り、この件に関する最適解は自分ではなく別の人物だったのだ。なので持ってきたミネラルウォーターを飲みながらベットに腰掛け遠慮なく指摘すると、画面越しにいる神の座は視線をシェンジェンから離しながら苦笑いを浮かべた。
『それはそうなんだが………………あいつ本気で泣きついて来たんだよな』
「積さんが? 珍しいねどうしたのさ?」
『ルティスさんからの応援要請が最初に届いた時さ、シェンジェンの言う通り俺達は積を送ったんだよ。けどダメだった。仕事の方は万事そつなくこなすんだが、四六時中抱き着いてきたり愚痴を言って来たりするのが耐えられないらしくてな………………それだけじゃなくリラックスのためとか言う理由で抱き着いたまま臭いを勢いよく吸われたりしたことや、襲われそうになったこともあったらしい』
「それは大変だけどさ、ルティスさんって世界的に知られてる超絶美人じゃん。むしろ男としては誉れ? とかなんじゃないの?」
とすると積が彼女から離れた経緯を蒼野は隠さず説明するが、シェンジェンの中には未だに疑問が残っ
ておりそう指摘。すると蒼野が渋い顔に。
『いやいや、いくら超絶美人だからっていきなり襲い掛かられたら怖いもんさ。それに臭いをスーハ―スーハ―言いながら勢いよく吸ってる様子を考えてみろよ。完全に変質者だぞ。しかも見た目の美しさから邪な考えを抱こうものなら心を読めるあの人は『合意です! これは合意の上の行為! つまり正義の御旗が掲げられているのです!!』なんて言ってアクセル全開になるらしくてな。はっきり言って状況を着てるだけでヤバイ』
「な、なるほど、ね」
『さらに厄介なのが周囲の目でなぁ。積は嫌がるけどさ、その立場を欲してる人らは無限にいるわけよ。そんな奴らが積に対してどういう視線を向けて、どういう行為に及ぶのかなんて想像がつくだろ?』
「あ、はい。これは任せられませんね。僕が受けます」
一通り説明を終えるとため息を吐き、シェンジェンもこれ以上の追及は辞め、続けてシェンジェンならばそのような問題がない事を説明されると任務を受ける事を承認するのだが、ここで事態は彼の思わぬ方向に動いた。
『そうか。助かるよ。ならお前が通う高校についてなんだが………………』
「ちょっと待って蒼野さん!? え、僕学校に通うの!? なんで!??」
話の内容からある程度まとまった期間の任務になる事は覚悟していたのだが、まさか中学校までに行う教育を身内に教えてもらった自分が学校に通う事になるなど全く思っていなかったのだ。ゆえに先ほどまでとは違う意味で動揺。
『高校以降となると中学校以上に教える内容が専門的な事になる。中学生レベルの事を教えていた人らでも難しい範囲だ。とすりゃその手の先生が揃ってる場所に通うのは道理だろ。幸いウルタイユは人の出入りが多くて、急な転校生を受け入れるのなんてわけないしな』
「いや行く必要がないでしょ! 戦場に出るために必要な知識はしっかり学んだし、四六時中動けた方が便利でしょ!」
説明を受けても反発するシェンジェンであるが、蒼野は一歩も引かない。毅然とした態度で自分の意思を貫き続ける。
『いや、お前は学校に行くんだ。勉強に行くことだけが目的じゃない。これまで触れ合う機会のなかった同級生と知り合って友達になって、我が世の春を謳歌するんだ』
「な、なんでさ!?」
『善さんやヒュンレイさんが生きてたら、絶対にそうしてたはずだからだ』
「――――――――」
その理由を聞けばシェンジェンは無闇に言葉を返す事ができなかった。
なぜなら想像してしまったのだ。
自分にとって大きな意味を持つ二人の死者。
一方は戦う事で少しだけわかり合い、もう一方は姿形しか知らないが立派な人物だったと言われていた彼が、16歳になった自分に何を望むのかを。
それはどれだけ強かろうと生死を賭けるような戦場での日々ではないはずで、
「わかったよ。行くよ高校。その辺の手続きは?」
「もう済んでるよ。明日の朝から登校だ」
「完全にここまでの展開を見越してるじゃん。むかつくなー」
「あっさりと怖いこと言うねお前。俺一応神の座なんだけどね………………」
不服はあれど彼の提案を受け入れた。
「てか必要な教科書? とか他にも色々必要なものが何もないんだけど」
「それなら今お前のいる方角に向かって投げた上で時間を飛ばしたから、五秒もせず届くぞ」
「ホントだ。早ッ!」
直後に学校に通う際に必要な用具一式が『時間破戒』による効果もありシェンジェンの手元に届き、彼の高校生活は始まるのだった。
(昨日一緒に仕事をした確照君だったかな? こういう時知ってる顔がいるのは心強いね)
斯くしてシェンジェン・ノースパスの高校生活は始まる。
予想だにしておらず前向きな気持ちで始まったものではないものの、『せっかくなら楽しいものにしたい』と彼は思っていたのだが、その目論見は簡単には実現できない事が約束されていた。
「やっほー! 久しぶりだねシェンジェン君!」
「はぁ!? お前もここにいるのかイレ!?」
良照だけでなく全校生徒が注目する少女。
容姿端麗。学業優秀。誰に対しても優しくどんな時でも話題の中心にいる人間。
そしてアル・スペンディオの娘であるイレ・スペンディオに目をつけられてしまった故に。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
シェンジェン学園編への導入部。そしてこれまでもちょっと語られてたオルレイユに関してです。
そうです。九年後時間軸ではルティスの母ダイダス・D・ロータスが死去しているのです。
これによりルティスが超巨大貿易都市の長に。5章におけるメインステージとなる関係もあって、超絶美人と語られた彼女の出番もかなり増えます。
そしてもう一人語るべきはイレ・スペンディオ。
彼女に関しては9年前の時点でアルによって『娘がいる』とは語られていましたが、本編では初登場。
そんな彼女の活躍? が次回から始まります。お楽しみに!
それと今後の投稿に関してなのですが、17日がとても忙しいため投稿できそうにありません。ですので次回15日更新の後は19日となるのでよろしくお願いします。
更に6月末にはまた賞に投稿する関係もあって、一週間前くらいからお休みをいただく予定です。
こちらに関してはまたご報告しますのでよろしくお願いいたします。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




