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新世界日常記 五頁目


「俺は…………」

「?」

「俺はお前の放った技にとても似ている技を知っている。昔一度だけ戦って、歯が立たなかった相手が使った技だ。今と同じようにトドメとしてな」


 秒間千発を超える拳が手足に突き刺さり、ダンガーが立っていられなくなったことで勝敗は決した。

 直後に地下の広大な空間を照らす明かりをぼんやりと眺めながら敗者が言葉にしたのは過去の記憶。

 今のように地下に落ちぶれるよりも前、表舞台で活躍していた際にたった一度だけ訪れた完敗の記憶。


 自分を負かしたある男に関して出、シェンジェンは誰を指しているのかを理解し、落ち着いた足取りで彼に近づきながら目を細め口を開き、


「それなら聞きたいんだけどさ、僕の技はどうだった? その人に匹敵するものだったかな?」

「………………数こそ並ぶが、威力に大きな違いがあるように思えたな。奴の拳は俺の四肢を吹き飛ばしてたよ」

「そっか、届かないか…………遠いなぁ」


 返された答えを聞き落胆の息を吐いた。

 とはいえそこに負の念が溜まっている様子はない。

 そして倒れたダンガーが立ち上がらない事から勝敗が決したことは明白であり、地下闘技場に関する一件はこれにて幕を閉じる。


「動くなクソガキ! このチビの命が惜しけりゃ! 大人しく俺の部下に殺されなぁ!」


 のであれば話は単純であったが、残念ながらそうはならない。

 この場にはまだ地下闘技場を仕切っていた主催者たるタヌキ顔をした中年男性がおり、彼は内心の焦りを隠すように怒鳴り声をあげながら、巨大な銃口に変えた右腕を側にいる良照に突きつけシェンジェンを恐喝。


「えい!」

「あ痛ぁ!?」


 けれどその目論見は呆気なく崩れる。

 銃口を突きつけられていた良照が急いで果物ナイフを錬成。自分の命を握っている男の脂肪だらけの太ももに深々と刺し、彼が地面を転がっている間にシェンジェンの側にまで移動したのだ。


「手間が省けたけど無茶な事するね!?」

「ああいうのは従ったところで人質も殺されるのが常だって学校で先生が教えてくれたんだよ!」

「いいね。危機管理のしっかりしてる先生だ」


 直後にそんな会話が二人の若者の間で繰り広げられるが、その間に目の下に隈を作ったタヌキ顔の中年男性が血が出るほどの勢いで唇を噛みながら立ち上がり、


「お、おとなしく言うこと聞いてりゃ記憶奪った上で帰してやるつもりだったのに!」

「あ、そうなんだ。意外と優しいね」

「そうだよ優しかったんだよ! だけどそれも終わりだ! 野郎共!」


 声を震えさせながら左腕を真上へ。するとその動きに従うように覆面をつけた者たちがダンガーを含む三人を囲うように現れるのだが、その手には各々が得意とする銃や弓などの遠距離武器が握られており、


「殺せ! 跡形もなくなる勢いで!」


 指示役のタヌキ顔がそう呟きながら腕を振り下ろす。


「遅いよ。何もかも」


 その直前にシェンジェンはそう告げた。

 そして見せつけるのだ。


 ここ数年で形になって来た近接戦闘とは異なる力。


 九年前、ガーディア・ガルフの元で戦っていた時から既に他者を寄せ付けぬ領域に至っていた彼の真骨頂。すなわち不可視の爆発。

 それを今日という日まで磨き抜いた新たな形を。


「エアボム」


 極々短い呟きと共に、三人を囲うように展開していた全ての覆面の前で華が咲く。

 範囲は拳大という九年前にはできなかった極小の、けれど威力は遥かに向上しているそれは、覆面等の掴んでいる得物だけを綺麗に破壊。


「えい」

「うぼ!?」


 次の威力は控えたが人一人分をすっぽり包める爆発で地下闘技場の主催者を包み込み意識を奪うと、これ以上の抵抗が何の意味も成さない事を覆面達に目で訴え、


「俺を下す方法はいくらでもあったってことか。生意気な小僧だな」

「勝ち方を選んでこその強者だとは思わないかい?」


 未だ立ち上がることのできないダンガーに対しそう告げると、電波が通っているのを確認した上でオルレイユにいる貴族衆が運営している警備会社に連絡し、地下闘技場の件は今度こそ完璧に終わりを迎えた。




 こうしてこの世界にとってはありふれた、けれど僕にとって初めての非日常は終わった。

 家に帰れば考えていた言い訳を両親に告げ、家庭教師のお兄さんに謝罪した後にお母さんが温め直してくれた夕食を食べ、お風呂に入った後は感じたことのない疲労と充足感に引きずられるようにベットに入って眠りについた。

 そうすればいつも通りの日常がやって来て、


「どうしたんだ良照。元気がない。いや心ここにあらずって感じだぞ?」

「うん。ちょっとね」


 なんて言う風にはならなかった。


 だって僕は知ってしまったのだ。

 

 画面の向こう側でしか見たことがなかった光景が現実に存在する事を。

 許せない悪というものは思ったよりも近くに潜んでいて、一矢報いるのがことのほか気分がいい事を。

 一流同士が拳を交えた際に発せられる周囲に伝播する熱気を。磨き抜かれた技の数々を、僕は見て、知ってしまったんだ。


「どしたのイレちゃん。すごくウキウキしてるわよ?」

「今日はねーこのクラスに転校生がやってくるんだよー。ちょっと楽しみじゃなーい?」

「確かにそれは気になる。かっこいい男かしら?」

「んーカッコいいというよりは………………『かわいい』かな!」

「え、何々!? 誰が来るのか知ってるの!?」


 そうなるとクラスの中心となる華やかな一軍女子の声もいつもより遠くに聞こえ、頬杖をついたままぼんやりとしている僕の身を案じた友達の声もどこか空虚なもののように思えた。


 それは僕が戻って来た日常に物足りなさを感じていたからで、十数時間前に経験した肌を刺すような空気と身を包む熱気を今すぐにでも補給したいと脳が訴えていた。


「お前ら席つけー。突然だが転校生がこのクラスにやって来た。自己紹介をしてもらうから聞いておくように」


 それからしばらくの間ぼんやり窓の外を見ていると気だるげな先生の声が耳に届き、『そういえばイレちゃんとかがそんな話をしていたな』なんて思っていると扉が開き顔をそちらに向け、


「えー初めまして。シェンジェン・ノースパスと言います。仕事の都合で来れる日は限られると思いますけど、今日から同じ場、いやクラスになったので………………な、仲良くしてくれると嬉しいです」


 見覚えのある顔が、昨日見せた余裕のある態度を崩して自己紹介を行っていた。

 するとその見た目や『仕事』という言葉にみんなが関心を寄せるんだけど、僕の脳はその全てを明後日の方角に投げ捨て、こう思ったんだ。


 ああ、非日常が始まるんだ


 なんてね。

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


五章プロローグ部分が今回で終了。

次回からは話がまた変わってくるわけですが、今回の話の後半で語られた通り、五章の舞台の本拠地は世界一の貿易都市オルレイユとなります。


ここでどんな話が始まるのか。というかなぜこの場所なのか?

その辺りは次回で。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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