地下闘技場無観客試合 シェンジェン・ノースパスVSダンガー
今までの人生を振り返ってみた時、僕は別に間違った人生を送ってないと思った。順風満帆で充実した人生を送って来たと胸を張れた。
親に愛されて育った自覚はあるし、友達にも恵まれてた。不良であるとも思わないし、勉強に運動、他にも色々な事に関して努力もしてきた。将来を見据えた貯金だって少しずつしていた。
けれども、けれども僕は知ってしまったんだ。
普通に暮らしているだけでは決して到達できない世界。
一部の人しか至ることのできない領域が存在すると。
僕の目の前で今から戦う二人によって。
(さてと、あの人の強さの秘密はなんだろうね?)
口の端から垂れた血を拭いながらシェンジェンは考える。目の前にいる男の持つ『強さ』の秘密はどのようなものか。
年齢のほどは見たところ三十代。精悍ながらもどこか陰のある顔つきをしたスキンヘッドの男は、下はジーパン、上は裸といった様子で、日焼けした筋肉の鎧には無数の傷跡が刻まれていた。
そんな彼に対しシェンジェンが気になったのは、今しがた受けた一撃の重さ。
放たれた拳に対しシェンジェンは首を器用に回し、頬に突き刺さった拳の動きに合わせる事で攻撃の威力を明後日の方角に流そうとした。そしてその動きは上手く言っていた。
けれど頬に伝った衝撃の強さは想定より遥かに重く、本来ならば傷一つ負うはずでなかったのに脳にまでは響かなかったもののしっかりとしたダメージを負い、口の端から血を流す事になった。
この結果は完全に予想外だったのだ。
「………………」
「待っては貰えない、か!」
ゆえに強さの秘密に関してはっきりさせたかったシェンジェンであるが、ダンガーと呼ばれた男がそれを大人しく待つ理由はない。顔と正中線を隠すように両腕を構え腰を落とし、重心をやや前へ。
「――――シッ!」
「早いね!」
シェンジェンが構えるのを待つこともなく前進すると、シェンジェンは防御するのを諦め一歩後退し、
「!?」
かと思えば元の場所へと帰還しており、予想だにしていなかった展開を目にして目を丸くするシェンジェンに対し、ここまでの展開を完璧に把握していた男の拳が、咄嗟に急所を守るよう腕を交差させたシェンジェンに突き刺さる。踊り狂う。
「っっっっ」
その威力に再びシェンジェンは驚いた。
ただ拳を受けただけの威力では断じてない。続けてやってくる皮膚と肉を抉り骨にまで届く衝撃が、秒間千回以上まだ成長しきっていない体に響き、
「ら、螺旋、いや渦を操ってるのか!」
「………………ふむ」
二歩三歩と後退し石の壁に背を預け軽く吐血した後、シェンジェンはダンガーと呼ばれた男の強さの正体に関して指摘。
「拳の後に訪れる衝撃は螺旋状の塊をぶつけた衝撃による貫通ダメージ。後退したはずなのに元の場所に戻ったのは、僕の足元に渦を敷いて元の場所に戻るように設定したからだ!」
続く解答に関しても男はその言葉を否定せず、
「わかったところでどうするというのだ。お前は逃げる事も出来ず防戦一方。ただ殴り殺されるのを待つだけの弱者だ」
単純に現実を突きつける。
自分の方が圧倒的に優位であると堂々と告げ、その言葉が正しいものと示すように拳を繰り出す。
シェンジェンが逃げるように動こうとすると束縛するように無数の渦を地面に描いて巻き戻し、急所を守るよう交差した腕など意味がないと言うように螺旋の衝撃を全身に叩き込む。
その状況はまさに彼が口にした通りであると言っていいだろう。
「………………っ」
しかし延々と攻撃を繰り出す男は今、不快感に襲われていた。
既に十万を超える拳を叩き込み、対する自分は反撃を一度も受けていない。
つまりシェンジェンをサンドバックとして扱っている状況なのだ。
だというのに勝負が終わらない。
他の者ならば血肉に骨がぐちゃぐちゃになり、死して肉塊となるはずだというのに、目の前の自分よりも一回り以上幼い青年はまだ原型を保っている。
それだけではない。むしろ拳を撃ち込んでいる自分の掌の方が限界を迎え血を流し始め、
「そこ!」
『後退するべきか?』などと一瞬逡巡した瞬間、そんな彼の想いを見透かすようにシェンジェンが前に出て拳を撃ちだす。
「届かんよ!」
これに対し繰り出されるのは虚空に生み出した高速螺旋の盾。触れたものをドリルのような勢いで削る守りで、そこに突っ込んでいったシェンジェンの拳は挽肉に代わっていく。
――――ガキンッ!
「な、に?」
はずなのに、彼の思うような未来は訪れない。
螺旋に触れた拳は鋼属性の硬化を使った様子は皆無だというのに金属をぶつけた時のような音を発し、吹き出るはずの血潮は全く零れておらず、
(こ、このガキはっ!)
男はそこで確信する。自分は――――――とんでもない化物と戦っているのだと。
「おおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
「どうしたダンガー!? 終始優勢なお前がなぜ焦る!?」
そういう風に認識を変えれば戦術も大きく変わり、ガードを外から崩していくなどという悠長な事はしない。
足元の渦巻を激しく動かす事で姿勢を崩し、僅かにできた守りの隙間を縫うように顎に拳をぶつけ、螺旋の衝撃で脳を揺らすよう方針を変更。
数秒経て思い通りの展開に持っていけた事を示すようにシェンジェンの体から力が抜け前に傾き、
「いいね。しっかりとしてる。ならそろそろ反撃させてもらおうかな!」
すかさず撃ち込んだアッパーは、けれど目標に到達するよりも早く掌で受け止められ、迸る衝撃を受けてもシェンジェンの顔には苦痛の表情は浮かばなかった。
「せえの!」
そしてそこから攻守は入れ替わる。
ダンガーが何かをするよりも早く彼の拳を握ったシェンジェンが体を持ち上げ投げ飛ばし、石造りの建物の天井を砕きながら外へ。
「!」
背中にぶつかった石の固さに歯を食いしばる中で彼が目にしたのは、あれだけの攻撃を受けたのにも関わらず余裕で吹き飛ぶ自分に追いつくシェンジェンの姿であり、
「ふん!」
「ぬぅ!」
男が腕を交差させたのと同時に頭上を奪ったシェンジェンの踵落としが真下へ。
その前に敷いた螺旋の盾を易々と突き破るとダンガーの両腕に突き刺さり、真下にある正方形のリングへと沈め、
「おの、れ」
「お兄さんさ、見たところ僕よりずいぶんと年上だよね。もしかしたら倍くらい生きてるかも」
「?」
「そんな子供にここまでボコボコにされて悔しくないの?」
息も絶え絶えになりながらも立ち上がったところで、シェンジェンが小生意気な笑みを浮かべながら挑発し――――切れた。
「もう二度とお前の手番は回ってこないと思え!」
これにより繰り出されるのは男が磨き抜いた技術の粋。
打ち出す拳に螺旋の塊を纏い、自分と相手の足元に幾重にも渦巻を敷く。いやそれだけではない。触れるだけで体を削れる螺旋の盾を二人の頭上や虚空に設置。
自動的に動く足元の動きを捉えられるのは彼だけがリング状を支配し、拳を撃ち込むのみならず虚空に設置した渦を障害物としてダメージを与え、
「そこだ!」
シェンジェンが自分の元へと引き寄せられるタイミングを見計らい、これまで一度も繰り出さなかった全身全霊の一撃を脳天へと向け振り下ろす。
「!?」
瞬間、自身の脳が激しく揺れる。
「今の一撃がもし知覚できてないかったのなら嬉しいな。遠くにあった背中に近づけた実感が湧くからさ」
それを仕出かしたシェンジェンはと言えば痙攣を繰り返すダンガーの前で腰を落とし、両手の拳に込める力を増し、
「参式!」
足元に敷かれている渦の呪縛を力技で押し破り、彼が目指している男がかつて使っていた技の一端を目の前にある肉体に叩き込んだ。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
宣告通りバトル一辺倒な一話はいかがだったでしょうか。
先に言ってしまうと戦闘フェーズは今回で終了。次回で五章最初の短編『地下闘技場編』は終了です。
その後がどうなるかは次々回で。
なんにせよ次回は後始末。そして天草君初めての冒険の終わりとなります。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




