新世界日常記 四頁目
「着いたね。ここが!」
「ルール無用。法なんて知ったこっちゃないの精神で運営してる地下闘技場、か」
細長く伸びた道を歩き続ける事およそ五分。最初の襲撃以外はなんのアクシデントもなくシェンジェンと良照がたどり着き見下ろした先にあるのは通路同様しっかりと照らされた広大なスペース。
数千人どころか数万人が滞在しても十分な余裕がある地下巨大都市で、その中に用意された公園らしき場所の一角に求めていた場所はあった。
「もっと派手だと思ってたんだけどかなり貧相だね。いや『コソコソバレずにやれる限界ですよ』なんて言われると納得しちゃうんだけどさぁ」
綺麗に整備された石畳の上に作られていたのは、人が縦横無尽に動き回り戦うには小さすぎる縦横十五メートルほどの正方形のリングで、その周囲には百に届くかどうかという程度の数の簡素な椅子設置。
たったそれだけの物が件の地下闘技場の全てであるらしく、目を細めてよく見てみると、椅子やリングを作るために使っている素材の質もさほど良いものではないようであった。
「あれを見て! あのモニターで中継してるんじゃないかな!」
「様子を見rに会場に来る人らだけじゃ試合のためのお金さえ賄えなさそうだし、ありえる話だね」
唯一お金がかかっているように見えるのはリングの四方を囲うよう設置された大型のモニターで、良照の言った内容に関してシェンジェンは同意。ただその声にはかすかな落胆の念が混じっていた。
「さてと。曲がりなりにも闘技大会を開くのなら、それを仕切るための運営があるはずなんだけど…………あれかな?」
「どうしたの? 元気がないね?」
「んーまあ、ね」
馬鹿正直に話すつもりはないが、最初に不意打ちを仕掛けてきた刺客の持つ能力やある程度は考えられていた手口を前にして、シェンジェンはこの場所に一定以上の強さを持つ強者が蔓延っているのではないかという期待をしていた。
任務を遂行するという大前提は当然しっかりと持っていたが、その上で胸躍る戦いがしたいという欲求に駆られていたのだ。
「非常時の避難施設ってだけあって人が滞在できるような建物が結構あるけど、人気はゼロ。目的の場所は………………あそこだね」
「わかるの?」
「当然」
その願いが叶わない事を予期して落胆したシェンジェンが、体内から放出した風属性粒子を視界一杯に広げ周囲の探知を開始。
磨き抜かれたその技は人の有無だけでなく紙片の束が多くある場所や場所や生活跡が多い場所の解析までする事ができ、シェンジェンは怪しい場所を瞬く間に見つけ、
「ってうわ、髪の毛逆立ててどうしたのさ!?」
隣にいる自分と同年代の少年に視線を向けたところで目を丸くし動揺した。
出会ってから今まで、シェンジェンが話していた小さな騎士見習い天草良照は、目元を長く伸ばした白髪で隠していた。いわゆるマッシュルームヘアーであったのだ。
そんな彼は今、海中で揺れる昆布のように髪の毛を逆立てていたのだ。
「実は僕には異能があってね、命にかかわるような危険な相手がいたら、勝手に髪の毛が持ち上がっちゃうんだ」
「あ、ああ。そういう類………………。身近なところに同じような異能を持ってる人がいるけど、そこまでわかりやすくはなかったよ。びっくりした」
すると良照は少々照れながら説明するが、やや驚いた後、シェンジェンの気分は僅かに高揚した。
先の暗殺者は能力ゆえに範囲外に入っていなかったかもしれないが、その前に戦った能力自慢の青年は十分に良照を殺せるだけの実力があった。
その者にも反応を示さなかった異能が目に見えて反応するというのならば、自分のお眼鏡にかなうだけの存在が居てもおかしくないと判断したのだ。
「まぁだとしてもやることは変わらないけどね」
「?」
「いや気にしなくていいよ。なんにせよあの場所に向かってみよう。見たところ人の気配はないけど、姿を見られて大事になっても嫌だからね。僕の側に寄って。包み込んじゃうからさ」
だからといって目標を忘れるほどシェンジェンは馬鹿ではない。
良照を自分の側に近寄らせると、二人を包むように『風の膜』を生成。姿に加え足音まで消し去った状態で坂を下りていき、立っている石造りの建物の中を観察しながら、闘技場の側に他同様石造りの建物の中に入っていった。
「音消しやら姿隠しの能力って色々あるけどさ、属性術をある程度の練度に持っていった方が楽だと思うんだよね。そしたらほら、こういうことだってできるし、攻撃とか防御にだって転用できるんだからさ」
当然扉を開け閉めする都合上多少痕跡が残るが、それでもここまでシェンジェンが誰かの視線に晒された様子はなく、隣に立つ良照にしてもそうであり、
「それはいいとしてさ、中に入ったけどこれからどうするの? こういうの初めてだから、教えてくれると嬉しいんだけど」
ただだからといって小さな騎士見習いの不安が解消されたわけではなく、口から零れる声は僅かに揺れており、比較するとその発言を受けたシェンジェンは手慣れている。
「現場を取り押さえるのが手っ取り早かったんだけどねー。調べた感じ周囲には誰もいないみたいだし、主催者やここで戦ってる人に繋がる情報を集めて、そっから関係者を捕まえていこうと思うよ」
多くの死地を渡り歩いたゆえに、この状況でも平常時と同じ様子で動き出し、周囲の資料をさして警戒していない様子で掴んでは覗き、掴む前の状態に戻しておく。
「あったあった。この人が主催者だ」
「え、早い! もう見付けたの!?」
「悪い人が大切なものを隠す場所なんて大体同じなんだよね。だから同じような事を何度かやってれば、簡単に見つけられるようになるんだよ」
そんな事を数十秒続けていると早速お目当ての資料を見つけ、シェンジェンは得意げな顔をしながら掴んだ資料をヒラヒラと揺らし、
「!!!?」
直後、周囲の探知をここまでずっと続けていたシェンジェンが対処するために動くよりも早く、二人のいた石造の建物が砕け、その奥にいたシェンジェンの顔面を捉えるとまっすぐに殴り飛ばし、彼はいくつもの壁を貫通。
「よーしよし。あいつが霧川の報告にあった侵入者だな。ダンガー、そいつはお前がきっちり殺せ!」
「え? え? えぇ!?」
突き出た腹を揺らし、目の下に真っ黒な隈を作ったタヌキ顔の男が、隣に立つ全身を黒いフードで包んだ、陰気さと触れた相手を怪我させるナイフのようを鋭さを秘めた顔つきをした青年にドスの効いた声で指示を出し、
「なるほどなるほど。半信半疑だったんだけど、君の異能は本物みたいだね良照君。嬉しいよ。すっごく」
貫通した壁をたった一歩で飛び越し元の場所に戻ったシェンジェンが、口の端から零れた血を親指で拭い取り、好戦的な笑みを浮かべながら自分を吹き飛ばした男と対峙した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
今回は地下闘技場到達に関する話。本当は今回もう少し戦闘描写を入れる予定だったのですが、流石にそこに至るまでの道筋も多少は必要だな、などと思い軌道修正。
本当にちょっとばかりですが、戦闘前の部分に力を入れました。
とはいえ今回の一話で戦闘に至るまでは到達。次回はしっかりと戦闘パートに力を入れていければと思います。欲を言うなら、一話の内に濃くてしっかりと書き切った上で終わらせたい所存です。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




