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新世界日常記 三頁目


「昔お母さんが言ってたんだけどさ、地下シェルターって普段は立ち入っちゃいけない場所らしいんだよね」

「『有事を除いて使うべきではない。本当に大切な時に備蓄が足りなくなったらいけないから』なんて理由だったよね。立派な志だけどその考えのせいでこうやって悪用されてるわけだから、ルティスさんには一言伝えておいた方がいいね」


 路地裏での戦闘終了から十五分後、シェンジェンと良照は地下を歩いていた。

 彼らが歩くそこは地下といっても下水道などのような異臭が強く、ネズミを筆頭とした害虫の住んでいるところではない。

 細長く伸びた道全体を照らす白昼色の明かりは勿論のこと、人が問題なく歩けるだけの幅や老人用の持ち手まで配置されている快適な空間であった。


「そんな場所に僕達なんの許可もなく堂々と入れたよね。多分シェンジェン君が関わってるからだと思うんだけど、君は一体何者なの? 口ぶりからすると、領主のルティス様とも顔見知りだよね?」

「あーそれはー。まあ、ね」


 その中を皮肉げな笑みを浮かべながら歩いていたシェンジェンであるが、良照にまっすぐに見据えられながら行われた指摘を耳にすると言葉を濁した。

 シェンジェンとしてはこの件以降会う予定のない人物に自らの立場をわざわざ話す必要はないと考えたゆえで、 視線を明後日の方向に持っていき思案に暮れていたところで、都合のいいものが見つかる。

 赤を基調にした長方形のチケットだ。


「ここで違法な闘技大会が開かれてるのはこれで確定だね」

「それは何なの?」

「誰が勝つか。敗者は生きるか死ぬか。なんてくだらない事が書いてあるチケットだよ」

「………………悪趣味、だね」


 内容を見れば『メインイベント』と黄色い文字で書かれた真下に戦う二人の名前が書かれていて、更に下には勝敗予想。それに『DED OR ALIVE?』の文字が記されていた。


「ポップコンやらチョコレートの欠片も落ちてる。見たところシェルターに保管されてる類の物とは異なるけど、それにしたって床を汚す行為は褒められたものじゃないねぇ」


 更に数歩歩くと菓子類のゴミが落ち始め、シェンジェンはしゃがんで拾いながら失笑。立ち上がると右腕を前に突き出した。


「何してるの?」

「このまままっすぐに行けば目的地にたどり着けるとは思うんだけどね。一応どのくらい離れてるのか調べとこうと思ってね」


 その様子を不思議に思った良照が首を傾げながら尋ねるとシェンジェンは気軽に答えたのだが、直後に顔に浮かんでいた笑みは掻き消え、


「…………闘技場に辿り着くより前に刺客を放ってくるなんてね。地下闘技場のオーナーやそれに類する人は、どうやら結構徹底的な性格らしい!」

「え?」


 良照が困惑の声を漏らしたのとほぼ同じタイミングで、左腕を自分の首筋に持っていく。


「う、わぁ!?」


 直後にはシェンジェンの体が僅かに揺れ、かと思えば開いていた掌を丸め、勢いよく真下へ。

 すると地面に成人男性一人分がちょうど埋まる大きさの陥没跡が出来上がり、それからしばらくしたところで、彼等の見ている世界に変化が生じる。


「に、忍者!!?」

「透明化と音消しの能力を使って僕たちに迫って来たみたいだね。探知術に引っかかっちゃったから、その苦労も水泡に帰したわけだけどね」


 陥没跡を埋めるように現れたのは、頭頂部から足の指先までを黒衣で包み、額の部分に鋼鉄の額当てをつけた忍者で、彼は声一つ漏らすことなく、なおかつ微動だにせず意識を失っていた。


「さほど手のかからないお使いくらいに思ってたんだけど、これはちょっと楽しめそうだね。期待しちゃうよ僕」


 その姿を一瞥するとシェンジェンは良照に視線を向けることなく前へと進み始め、五分も歩けば到着する地下闘技場へと向かっていった。




「よし」


 仕込みは上手くいったと、男は思っていた。

 最初に向かわせた自身の傀儡。すなわち忍者が着用するような黒衣の中に組み込んでいたからくり人形は、負ける事を前提で突入させた物体で、その目的は相手の意識を自分の思った通りに誘導させることにある。


 姿が見えず音も消し去ることのできる相手を倒し、警戒心を抱かせ探知術などを使って『追撃はない』と認識させることで、本命である五感だけでなくあらゆる探知術にさえ引っかからなくなる希少能力『神秘の隠者』を持つ己が確実に仕事を遂行させる。


 それこそが彼が常用する殺しの手口であり、シェンジェンが風属性の探知術を発動しながら自分に背中を見せたのをしっかりと確認し、地下闘技場へと近づいていく二人に接近。


(狙いは厄介な方から。つまり俺の作ったからくりを仕留めた小僧の方だ)


 手にした猛毒を付着させたナイフの切っ先をシェンジェンへと向け早足で距離を詰めていき、大きく振りかぶったそれを、勢いよく目線の先にあるうなじへ。

 切っ先が彼の肉に触れた感触を覚え勝利を確信し、


「………………………………え?」


 直後、景色が一変した。

 天地が真逆に反転し、視界に映る光景が白黒に点滅した。

 次いで訪れた痛みから彼は無意識のうちに悲鳴をあげ、同時に疑問に思う。

 なぜバレた。なぜ失敗したと。


「こ、ここここの人は一体!?」

「さぁ。知らないよ」


 二人の少年が発する言葉を耳にすれば何らかの方法で事前に襲撃が分かったという様子でもなければ希少能力が破られた様子もなく、その事実が殊更彼を困惑させ、


「けどまぁ、来ることだけはわかってたよ。不出来な人形を使ってまで仕込みをしてたからね。でだよ、わかってるなら後は簡単だ。意識を研ぎ澄まして、攻撃が自分に触れる瞬間を見極める。そうすればあとは反射神経の問題だ。触れた攻撃が血肉を裂くより早く、僕が動いて対処してしまえばいい」


 そんな中でシェンジェンが発した答えを聞き、耳を疑った。

 自分の襲撃を回避した方法。それがあまりにも単純な力技であった事を信じられなかったのだ。


「あ! ど、毒! そのナイフに見覚えのある毒が付いてるよ! 速く治癒した方が!」

「これの事なら気にしなくていいよ。この程度の毒なんて効かないからさ」


 更に話を聞けばもはや天を仰ぐことしかできず、それからしばらくしたところで彼は意識を手放し、


「さっきも言ったけどマジで楽しみになって来たよ。地下闘技場………………どんな魑魅魍魎がいるんだろうね」


 その姿を見届けシェンジェンは顔に好戦的な笑みを浮かべながら前進。

 三歩歩後からついて来る良照はといえば、瞳に薄っすらとだが涙をため、『ひょっとしたら自分は誤った選択をしたのでは』などと思い始めていた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


すんごい能力者集その二。

攻撃が当たる瞬間まで絶対に見つけられない男です。弱点は今回のシェンジェンの対処法以外に当て勘の全体攻撃なわけですが、使い手が弱かったパターン。


使い手がガーディアやゴットエンドほどでないにしても、各勢力の最強クラスなら話は違ってくるのですが、一部を除いた面々はそういう類の能力の習得に躍起になるくらいなら、別の手札を増やすか体を鍛えるという残酷な事実。


それはそれとして次回は地下闘技場に到達。

各々の想いはあれど見世物として戦うわけですから、これまでとは違った類の奴らがやってきます。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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