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新世界日常記 二頁目


 神の座イグドラシルの逝去から九年が経ち、世界は大きく変化した。


 まず第一に挙げられる点は『泰平期』と呼ばれる僅かな時間の終焉。

 神の座イグドラシルの死後からおよそ二年ものあいだ続いたそれは、犯罪もなければ争いや喧嘩さえない戦星『ウルアーデ』において嘘のように平和な時間で、観測した他の惑星の様子を見ても『奇跡』としか言いようのないものであった。


 これが終わることで世はかつての騒々しく戦いが延々と続く日々が始まるはずであったが、そうはならなかった。


 『泰平期』が続いていた二年の間に四大勢力の代表者達が動き続け一致団結し、より良い世界を作るためのシステムが構築され始めたのだ。


 その代表的でわかりやすい物が、霧に覆われた賢教の総本山エルレインの一般開放。それに余人が入る事の許されなかった竜人族の里ベルラテスの開放である。

 他にも様々な制度を整える事で、賢教と神教による対立や亜人種に対する差別意識は見えなくなり、その辺りが原因で起きていた事件の数々が消失。

 四大勢力の主の尽力によりロッセニムで行われていた闘技大会が、規模の大小はあれど世界中の様々な場所で日夜行われるようになり、人々が内に秘めていたフラストレーションはそちらで解消されるよう誘導された。

 無論だからといって全てが順調というわけではなく、新世界に移行してから九年経った今でも、戦士たちは日夜起こる事件や戦争を沈めるため、戦場に出る必要があった。


「ウルタイユへの出向って…………大きな犯罪でもあったの? 報道された様子はないけど?」

「残念ながら『ある』。表沙汰になっていないけどな」


 十六歳になったシェンジェン・ノースパスにしてもその一員で、神の座に就いてから九年経ち、顔に昔はなかった皺を作った蒼野が玉座に腰掛けた状態で語りだし、


「問題は二つ。一つは違法な闘技大会の開催だ」

「違法な闘技大会?」

「俺達が仕切ってる闘技大会はさ、原則として殺しは禁止だろ? それじゃ張り合いがないって奴らが集まって好き勝手やってるらしい」

「血に飢えてる輩がいるってことだね。了解了解」

「もう一つはもっと深刻で、臓器や人の売買が行われてるらしくってな。お前にはこっちの件に関して早急に対応してほしいと思ってるんだ」


 溜息交じりに語られた内容を聞き、シェンジェンは疑問を抱く。

 なぜわざわざ貴族衆の長が統治する防犯意識が高い26都市の一つで、そんなことを仕出かすのかと思ったのだ。


「なんでウルタイユでそんなことやってるのさ。他でやるより遥かに危険でしょ?」


 ゆえに素直に聞いてみれば、蒼野は他の面々と話し合った結果抱いた推測を語り出す。


 世界最大の貿易都市であるウルタイユには老若男女に亜人など全てが集まり、肌や瞳の色。それに特別な能力を持った者らが溢れかえっているためであると。

 物や人の移動の際に使われる手段も電車や飛行機、それに船と多彩であるため、上手く誤魔化す手段さえあれば、他の場所よりも大規模な事がしやすい事を。


「メリットデメリットはしっかりと測れてるってことか。なるほどね」


 最後まで聞き終えるとシェンジェンも納得する事しかできず、中性的な顔を構成する端正な顎に掌を置きながら納得するしかなく、


「で、返事は? やばいと思ったら他の奴に代わってもらうつもりなんだが」

「聞くまでもないでしょ。さっさと片付けちゃうからさ、蒼野さんは気軽に命令を出してくれればいいんだよ」

「心強いな。なら頼むよ」


 投げかけられた質問に対し挑発的な笑みで返し、蒼野は苦笑しながら正式な指令としてシェンジェンにそう命じた。




「お兄さんたち借金を背負ってるんだって? それってどうやってできたのさ? もしかしたら地下で行われてるっていう闘技大会が関わってたりしない?」


 時間軸は現在に戻り午後六時四十五分。空が茜色から藍色になっていく最中、シェンジェンは兄貴分として自分と戦った人物の真上に立ち、そう尋ねる。


「………………」

「だんまり、か。でもさーここは素直に話しておいた方がいいと思うよ?」

「………………無理やりでも吐かせるってか?」

「いやいやそんなことをする必要はないさ。僕が出向いて暴れ回る。そうすれば違法な闘技大会がなくなる。そうなったら抱えてる借金もチャラになるんじゃないの?」

「取引をしたいということか?」

「そーいうこと」


 最初は乗り気ではなかった兄貴分であるが、シェンジェンの提案は甘美なものであったようだ。

 一度だけため息を吐くと両目の間に集まっていた眉を和らげ、闘技場の会場が地下にある今は使われていない避難用のシェルターの一部を使って運営されていることを説明。

 道順やスタッフの数。それに集まる参観者に関してまで聞き終えたところでシェンジェンは目を瞑り、しばらくしたところで『嘘じゃないみたいだね』と言いながら目を開き、


「それはそれとしてお兄さんらは逮捕させてもらうよ。未成年に対する脅迫と暴行は立派な罪だからね。既に迎えの人らを呼んだから、おとなしく連行されてね」

「結局そうなるのかよ」


 かと思えば軽い口調でそう告げ、シェンジェンと話していた兄貴分は再び表情を苦いものへ変えた。


「あ、あの!」

「うん?」

「僕も連れてってくれませんか!」

「………………………………はぁ?」


 後は助けた同年代の少年にあいさつをして早々に現場に向かえばいいだけだったのだが、話は思わぬ方向に進んだ。

 声をかけようと近寄ったところで、頭一つ分以上身長差がある天草良照がシェンジェンの目をしっかりと見据えながら、はっきりとした口調でそう口にしたのだ。


「今の話聞いてた? 危険な場所だよ? あの人に負けた程度じゃ力不足な場所だよ?」

「わ、わかってます! ですけど! 自分の住んでる町で悪辣な事が行われていると知って、見過ごす事ができないんです! ですから一緒に連れてってください!!」


 当然シェンジェンは否定的な意見を口にする。

 けれど良照は一歩たりとも退くことはなく両手で拳を作りながらそう訴えかけ、聞いてもいないのに自分の持ってる能力などに関して丁寧に説明。


「邪魔はしません! 下がるように言われたら従います! ですからどうか!」

「………………………………」


 最後まで聞き終えたところでシェンジェンは顎に手を置き思案する。

 ここで帰すべきか、それとも同行させるべきか。


「遅くなる理由を両親に言う準備をしておいてね」

「!」


 結果、シェンジェンは同行させることにした。

 使役させる小人とやらを使えば少しは役に立つかもしれないと思ったというのもある。

 しかしそれ以上に『物騒な事が起きてるから事態を解決してほしい』と言われているウルタイユの夜を一人で帰らせるリスクを考えた故の結論であり、けれどその辺りの事情を知らぬ良照は満面の笑みを浮かべながら既に目的地へと向け歩き出したシェンジェンに駆け寄り、


「わかりました! 初めてのことですけどうまい言い訳を考えておきます!」

「期待してるよ」


 初めて塾をサボった事を内心で少々悪びれながら、それ以上の期待と興奮を覚え、小さな騎士見習いは声を弾ませそう言った。

 


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


5章二話目は前回で語った通りの世界の変化についてから。今回語った変化は良くなった面に重きが置かれていましたが、もちろん問題点も出てきているわけで、その辺に関してもこれから語っていければ。


そして後半では前回から出てきた新キャラが同行。

戦力的にも、出番的にも、重点を置くのはこれまでの物語で出てきたキャラクターなのですが、それとは別に日常編という事で色々な新キャラが出てきたりします。

日常面を象徴する一般市民と言った感じですね。彼らに関しても少しばかりでも気にかけてもらえればと思います。


それではまた次回、ぜひご覧ください!


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