新世界日常記 一頁目
その日は僕こと天草 良照にとって最悪の一日だった。
朝から鳥の糞に当たるし、ホースの水がかかって学生服がびしょびしょになった。
お昼に学食を食べてたらお腹が痛くなって午後の一限目はトイレに籠りっぱなしで、その様子を見たクラスの人らに『トイレマン』なんて弄られたりもした。
「よぅ坊ちゃぁん。君の事を少し見てたんだけどねぇ、通ってるあの場所ってぇ、確かかなりの金持ちしか通えないボンボン高校だよねぇ」
「え、あっ………………?」
「つーことはだ! お坊ちゃんな坊主は、懐に結構な額を持ってたりするんじゃないかと思うんだが、実際のところどうなのさ?」
だけどそのどれと比較したって、今の状況が一番マズイのは疑いようがなかった。
時刻は午後六時半過ぎ。空が茜色に染まっている頃。
学校での自主学習を終えた僕は、塾の先生がやってくる時間が迫ってるのを確認すると急ぎ足で校舎から飛び出し、一刻も早く自宅につくため普段は使わない裏道を使い、その結果として今のような状況に陥っていた。
「そ、そんな事はないですよ。お金なんて全然………………全然! 持ってないです………………!!」
「そうなのかい? 実はおじさん達、結構な額の借金を抱えててね、このままじゃ明々後日の朝には、養豚場の豚みたいな扱いを受けなくちゃいけなくなるところなんだよ」
「現物を持ってないのならね! 君自身をお金に変えてくれてもいいんだよ! ほら! 君って男の子の癖にかわいい顔してるし、体も女の子っぽいじゃないか! その顔と体で稼いでくれるならさ! おじさん達は十分満足できるんだ!」
「もしくは健康な内臓をくれたらぁ、おじさん達嬉しいなぁ」
相手は僕よりも二回りも三回りも上のおじさん達で数も六人と多い。そんな人たちが体格の大小や肌の色は違えど、みんなが同じようにギラギラとした欲望を向けてくるんだから、当然だけど恐ろしい。
両足がガクガク震えるし、不意の尿意が襲って来る感覚がある。
「………………………………かわいい?」
だけど僕には、どうしても許せない事があった。
『小さい』と言われる事はいい。『貧相な体』って言われても我慢する。
だけど『かわいい』と呼ばれるのはダメだ。
目指す将来の夢が立派な戦士や騎士である僕にとって、『かっこいい』はいいけど『かわいい』はダメだ。
だからこの瞬間、ぼくの頭は湯沸かし沸騰機でも使ったかのように強烈な熱を発し、思考回路が切り替わった。
『ここからどうにかして逃げ出したい』という後ろ向きで貧弱ものから、『目の前の腐った奴らを蹴散らしたい』という強気かつ暴力的なものに変わる。
「鎧よ来たれ! 友よ続け!」
「うぉ!」
「銀の………………騎士!?」
「それに同じような鎧来た小人まで居やがるぅ!」
そんな僕の意思を具現化したのが、頭部から足先まで全てを覆ったフルプレートの銀の鎧。それに拳サイズの宙に浮かんだ仲間達で、僕は手にした鋼鉄の突撃槍で、一番前にいた僕の倍くらいの大きさの大人の膝をめった刺しにしてやった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「強さに図体のデカさは関係ないんだ! 勇ましく戦える僕はかっこいいんだ!」
「このガキィ!」
すると悲鳴と共に彼の仲間である大人たちが攻撃して来るけど――――効かない。
「か、固ぇ!?」
「待て待て待て待て! 攻撃の威力が減衰してねぇか!」
僕の纏う『減衰の銀鎧』はただ固いだけじゃない。接触時に攻撃の威力を十分の一に抑える能力が施されている。
これを使えば銃弾なんかは豆鉄砲に等しいものになるし、たとえ強力な攻撃を受けても、元々の丈夫さもあってはじき返せるという事だ。
「行け!」
その鎧を僕の側を漂っている小人たちも纏っており、手にした小さな突撃槍と盾を駆使して、残る数人全てを退けていく。
「………………お前ら何してんだ?」
「あ、兄貴ぃ!!」
「金がねぇから賞金首でも捕まえるぞって時に、こんなチンチクリン相手に苦戦してるんじゃねぇよ」
このタイミングで現れたのが、浮浪者染みた大人たちの元締めらしき人物。
逆立てた真っ白な髪の毛に退屈そうな表情。それに鍛え上げられた肉体が特徴の二メートルにギリギリ届かない男の人で、情けなく涙を流す子分達を横に退け一歩前へ。
「悪いな坊主。さっさと終わらせてもらう」
「っ!」
瞬きほどのあいだに繰り出された大砲を連想させる拳を受け、衝突地点を起点とした爆発を受けながら僕は確信した。
「はぁ!」
「効いてねぇのか? それと、いい突きしてるな坊主。筋がいい」
『勝てる』と。
接触した瞬間に起きた爆発を前に強烈な不安感が襲ってきたが、実際のダメージは軽微だ。
こちらが繰り出す突撃槍も躱されたが、それでも持久戦に持ち込めば勝てるように思えたし、ちょっと情けない話ではあるけど、最悪でも撤退することくらいはできる自身があった。
「こりゃ手を抜いてはいられねぇな。死んでも恨むなよ坊主」
僕の思惑が崩れる音がしたのは直後の事。
ダメな大人達を率いる兄貴分の声が剣呑なものに変化したタイミングで、彼は初発以上の速度で前進。
僕は守りは固いけれど速度に関しては自信がないから回避は捨て、背負っていた盾を前に出し守りの構えに入り、
「ふん!」
「っっっっっっ!?」
直後、盾が砕けた。鎧が弾けた。その奥にある僕の肉体が強烈な衝撃と熱に襲われた。
たったの数発当たっただけだったのだけど………………そうとは思えない衝撃が男の人の拳を起点に迸り、僕は真っ赤な空を見上げる形で倒れていた。
「『一発十中』っていう能力の効果でな。俺は一度の攻撃で追加で九回分の拳を接触点にぶつけることができるんだよ。威力はそのまま。かかるコストは能力発動分だけ。一か所に集中する分、貫通力もすさまじいっていう優良っぷりだ」
「た、助かりましたぜ兄貴」
「このガキはどうします?」
「身元を確認しろ。で、金持ちかつ脅してもヤバイ奴が出てこないようなら身代金を要求する」
そうなった理由を、僕は地面に沈みながら耳にして、続く物騒な会話を聞きながら自分の軽率さを呪った。お父さんとお母さんに迷惑をかけてしまう事を心の中で何度も謝罪し涙を流し、
「子供一人相手に二桁近い数の大人が寄ってたかって虐めって。かっこ悪すぎない、それ」
その時、声が聞こえてくる。
傍目から見ても物騒極まりないこの状況で響いた声は、闘気を纏っていることから僕を助けるために動いてくれるつもりらしい
けど大人にしては若々しい。というか多分僕と同じくらいの年齢の声を前に、嬉しさよりも心配が勝ってしまう。
『この状況を切り抜けられる大人を呼んでほしい』なんて思うけど声が出ず、その気持ちを表情で示すために顔をあげ、
「!?」
僕は見た。瞬く間に兄貴分らしき人物の周りにいたダメな大人を退け、頭を壁にめり込ませたという結果を。
それだけの事をしたというのに、真っ黒な学生服を羽織り、水色のインナーカラーをした桃色のボブヘアーをした中性的な見た目の救世主は、息一つ乱していない姿を。
「………………あいつら今日は厄日だな」
「これから同じような目に遭うんだ。お兄さんも同じように厄日さ」
残った兄貴分の強さは、子分たちの比ではない事を僕はよく知っている。
だから喋れない僕は、今度は念話で『気を付けてください!』と必死に訴え、それが伝わった彼は、僕の方に振り返り頬を緩めながら掌をヒラヒラと振って返し、
「よそ見はだめだろ。油断大敵って言葉をしらないのか?」
その隙を、彼は逃さなかった。
接触と同時に十発に代わる拳。それに爆発の能力を乗せた物が目にも留まらぬ速さで数えきれない回数繰り出され、
「油断じゃない。余裕だよ。アンタの実力は、一目見てわかったからね」
「な!?」
「能力を鍛えるのもいいんだけどさぁ、その能力にとって重要なのは基礎能力の高さでしょ。そこを怠っちゃダメでしょ」
その全てを僕と同年代の彼は見ずに止めた。
爆発と拳による衝撃全て右手の掌で楽々と受け止め、焦げ跡一つ付けずに受けきった。
「ていうか爆発もいらない。その分を威力と速度で補えばさ」
「ガッ!?」
「ほら。こんな風に簡単に再現、というか上回れる」
その後の光景に関しては現実を疑った。
僕と同年代の彼は、兄貴分の人が反応できない速度で拳を何度も撃ち込んでいき、最後のアッパーを撃ち込んだところで彼の首が壁に埋没。小刻みに震える事しかできなくなり、
「安心しなよ殺しちゃいないからさ。ところで君の方は無事かい? 治した方がいい場所とかある?」
「………………大丈夫です」
不安になった僕の心中を察した言葉が発せられ、瞬く間に起きた出来事を前に動くことを忘れていた僕に手が差し伸べられる。
「………………えっと」
「ん? ああ? 名前?」
その手を取ってお礼を言おうとしたところで、彼は僕の内心を再び読み取り、
「シェンジェン・ノースパスって言うんだ。また会う事があるかはわからないけど、とりあえずよろしく」
そう名乗った。
一旦休止するタイミングで完結済みにして色々な人に読んでもらうつもりが忘れていて後悔した巻
という事で皆さまお久しぶりです。そしてここまで呼んでくださりありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
始まりました第五章。タイトル通りこの戦星『ウルアーデ』の日常編という事ですが、そのメインキャラクターの一人はシェンジェン!
四章までの少年少女編から九年後の今、彼を起点として話は始まります。
この時代の詳しい話は次回となりますが、基本的には短編の連続。途中で中編くらいが挟まれる感じで、色々な能力者とのバトルと日常が繰り返される感じになります。
あ、もちろん九年後の蒼野や積も出ますよ。一部の面々は立場だけでなく性格も大きく変わってるので、楽しみにしていただければと思います。
次回は基本となる舞台背景。そしてシェンジェンの身の上話も出来ればと思います。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




