新時代のその先に
「俺が神の座って………………お前がなるんじゃないのか!?」
積の身に起きた騒動が終わり五人が帰路に就く中、自分に向け告げられた突然尾提案を聞き蒼野が目を丸くする。
「いいのかよ。お前は善さんの意思を継いで、神の座に座るためにこれまで頑張ってたんじゃねぇか。それをそんな簡単に手放せるのか?」
無論その提案に驚いたのは蒼野だけではない。残る三人も驚き、全員の意思を代表して康太がそう口にするのだが、質問を受けた積はというと薄っすらと微笑みながらかぶりを振った。
「そうだったんだけどな、いざなるだけの環境が揃って初めてわかったんだ。俺には自分の目指す『未来のカタチ』がわからないって」
「どういう事?」
「なりたいと思ったのは本当だ。でもいざなる環境が整って『兄貴の目指した世界』を作ろうって思った時、それがどんな形で、どうすれば実現できるかを具体的に思い浮かべる事ができなかった。そんな奴がなるよりは、目指すべき世界をしっかりと思い浮かべてる奴が、空白の席に座るべきだと思ったんだ」
「…………なるほどな。それで蒼野か」
「そうだ。俺達の中で一番目指したいビジョンを持ってるのは蒼野だろうからな」
それから行われた返答を聞くと、優も康太も、それにゼオスも異論はなかった。
『誰もが微笑む事ができる争いのない世界』
そんな世界を目指す蒼野が神の座に就くことを認めたのだ。
とはいえ反論する者はまだ一人いた。
「いや待て待て! 俺以外のメンツで盛り上がるな納得するな! この件はそんな軽々と決めていいもんじゃないだろ! てか俺は世界を統治できるほどの器じゃねぇって!」
当然ではあるが突然の指名を受けた蒼野で、顔をやや青くしながら早口でまくし立てるが、積は自身の決断を曲げない。
「当然お前ひとりだけにこんな大役を背負わせるつもりはないさ。立候補してた俺は相談役になるし、他の奴らにだって協力してもらう」
「オレ達もってことか?」
「そうだ。それにエルドラさんやレウさんを中心とした各勢力の長や幹部。厄介な問題が起きて武力が必要になった時には、ガーディアさんやシュバルツさんの手を借りるつもりさ」
「これまでみたいな一個人や少数による統治じゃない。もっと広い人材を登用した上で決めていく合議制ってことか」
「そーいうことだ」
「ぬ、むむむむむむ………………」
新しい時代の具体的な形を説明し、蒼野の逃げ場を奪っていく。
それでも煮えたぎらない様子の彼を見ると、積は善の夢を追う以前の悪戯小僧のような笑みを浮かべ、
「なら多数決だ! 蒼野が新たな神でいいと思う奴は手ぇ挙げて!」
「ちょっと待て! 今の流れからのそりゃズルだろ!」
などと言いながらいの一番に挙手。蒼野を除く面々も続々と手をあげていき、
「あ、ゲイルだ」
「………………………………」
「どうしたんだよ。随分と難しい顔してるじゃねぇか」
「ん、ああ。おたくらか。ちっとな」
その途中で自分達と同じように宴会場へと向かうゲイルと遭遇。深刻な表情をする彼の様子に積や優が首を傾げるが、蒼野はこの状況を好機と見た。
「そういえばだ! お前がものすごく興味を持ちそうな場所を見つけたんだ! ぜひ案内したいから一緒に来てくれないか!」
「お、おい!?」
「風属性を纏ってまで逃げやがった!」
「全力ね」
「…………目的地がわかっているんだ。俺の瞬間移動で先回りできるのだがな」
とすれば続く行動は迅速だ。
ゲイルの腕を掴み、その場から全速力で逃げ出す。
そのスピードはかなりのもので、光の速度に手をかけるほどであり、瞬く間に目的地へ到達。
「ここだ! 絶対に気に入ると思うぞ!」
「わけがわからん。説明をしろ」
「悪い悪い。えーとここはだな、遥か昔から今に至るまでの色々な事を記録してある図書館でな。元々は賢教に」
入り口への鍵を見つけると先ほどと同じように中へ入りながら説明を行い、
「………………………………え?」
瞬間、二人の頬を違和感が駆け抜けた。
「世界を滅ぼす危機を防いで一件落着! これからは平和でみんなが微笑む未来がやってきます………………………………なんて話だったら、簡単でよかったんだけどなぁ」
軽薄さ極まりないその声を聞くものは誰もいなかった。
場所はこの惑星『ウルアーデ』において最も不可思議かつ正体不明の迷宮アルマノフ大神殿。その中にある余人が入れぬ真っ白な正方形の部屋の中で、声が木霊した。
部屋と同じく白い、けれど黄ばんでいるゆえに見る者に不快な印象を与えるスーツを着たその男は、だらしなさをありありと示すように無精ひげえを生やしており、汚れ一つない床の上で胡坐をかきながらワンカップ酒をちびちびと飲みながら独りごちる。
「だがこれは定められた運命だ。であれば受け入れる。もしくは反抗するしかあるまい」
「………………いきなり話しかけないでくれよ。おじさん驚いちゃうよ」
「それはすまない事をした。面白い見世物を見た影響で興奮し、礼儀を欠いたな」
はずであったが、彼の耳に声が届く。
低くて重くて優雅さを秘めたその声は、静かな語りの中にも仄かな熱を感じられるもので、汚れた白スーツの中年は微笑。
「ほんじゃま、動きますか」
立ち上がりながら軽快な語り口でそう告げ、
「お前が率先して動くとはな。明日は雨か」
「馬鹿いえ。今のはおじさん以外を指しての言葉さ」
蒼野やゲイルの前に一度だけ姿を表した迷宮の守護者たる男の言葉を聞くと、鼻で笑いながらそう口にした。
「カスが。無意味な抵抗をするんじゃねぇよ」
その一方で、この世界に蔓延する幸せな空気から外れ流血が滴る場所があった。
その血は全身のあらゆる場所が潰れ頭部を陥没させ死に絶えた老人。すなわちナラスト=マクダラスから流れ出たものであり、それを見下す三メートル超えの影はそう告げながら踵を返し、
「千年間ずいぶんと好き勝手してくれたなぁカス共がぁ。後はデカブツエルドラと腐れ老人ルイ・A・ベルモンドか。待ってろよぉ。すぐに殺してやるからなぁ!」
絶えぬ怒りを口にしながら闇に消えた。
「なん、で」
頬を撫でる熱の正体が強烈な炎であると気が付いたのは目の前の光景を目にしてすぐの事。二人がやってきた大図書館にあった賢教から持ち去った本が、本棚が、いや空間そのものが燃やし尽くされているのを見た故だ。
「なんでなんだよぉ!」
「待て! 奥に何かあるぞ!」
「!}
直後に蒼野が叫んだのは、このような光景を想像していなかったならば当然のもので、対するゲイルは何があるかわからず身構えていたのもあり、一足先に正気に戻り周囲を確認。
二人から向かって右側のやや離れた場所にある本棚。そこに突き刺さっている謎の物体を目にして指をさし、気づいた蒼野と共にその正体を知るために近づく。
足元に散らばる燃え尽きた本の残骸を踏みながら
吹き出る炎により自然発生した薄い壁を突破しながら
目的の場所へと距離を詰め、謎の物体の正体を目にするのだ。
「これ、は!」
「どういう………………こった………………………………どういう事なんだよこれはぁ!!!!!!」
それは心臓を含む胸板周辺を吹き飛ばされ、頭部に両掌。それに足の甲に巨大な銀の杭を突き刺された事で絶命した久我宗介の姿。
そして
『汝、真理を語るべからず』
と彼の血で書かれた文字の羅列を。
どこかで笑う声がした。
あまりにも邪悪で濁っているゆえに、年齢どころか性別さえわからない嘲笑を続けるが、途中で止めると言葉を紡いでいく。
あまりにも愚かだと。
彼らは何も知らないと。
死の森の正体を
ミレニアムを生み出したのは誰かを
黒い海を作り出した者の正体を
そして待ち受ける非業な運命さえ知らぬ事を
いやそれだけでなく他数多の事を知らぬこの星の人間を嘲り告げるのだ。
全ては十年後であると。
設置した爆弾が炸裂し、不可避の終焉が迫りくる。
その時に、この星の人らが見せる表情をその者は想像し、ひどく醜悪な笑みを浮かべた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
という事で本編完結なのですが………………はい。こうなりました。
一応弁解させていただきますと、これで少年少女編は終了。次からの話は数年後の新章となります。
というわけで今回で長かった物語は一段落。本当に大きな区切りとなるのですが、数年後の物語に移る前に一話だけ。
本来なら今回の話にいれるはずだったのですが、書いてみて『入れる隙間がない』と思って抜いた分を次回で投稿します。長さは本当に短めなので悪しからず。
それでは皆さん、ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました!
数年ものあいだ書いて来た物語が大きく一段落したのは本当に嬉しいです!
できる事なら同じように長く続く青年編も追ってくだされば幸いです。
それではまた次回、少年編最後の一話でお会いしましょう!




