積の深層
「死を覚悟した積が真っ先に向かうとしたらここしかないだろ!」
切羽詰まった声をあげたルティスに言われ動き出した一同であるが、蒼野が真っ先に向かったのはまごうことなき正答。つまり積が足を運んだ原口善の墓がある海沿いの崖であった。
彼はそこに積がいると確信を持っており、乾いた土を踏む革靴の足取りは確信に満ちていた。
「………………いない! ここじゃないのか!?」
がしかし、見つけられない。
墓の見えるところまで行っても探していた積の姿は見当たらず、その事実が信じられなかった彼は善の墓の真正面にまで急いで移動。風属性粒子を舞い散らせて周囲の探知までするが、やはり積の姿を見つける事はできず、額から大量の冷や汗を流した。
「………………クソ!」
青野は間違いなく正しい答えを引き当てた。だというのに遭遇する事ができなかったかと言えば、運が悪かったと言わざるえない。
積が危険な状態であることを知った後、彼は大急ぎでこの場所を訪れたのだが、その速度は倒れる寸前の緩慢な足取りでこの場所に向かっていた積を追い越しており、遥かに早く到着してしまったのだ。
「ここにいないとするなら優と康太が向かった方か!」
もしこの場所で待機していたのなら、彼は一時間も待たぬうちに積を見つけて無事保護できていただろう。
「こちら蒼野! 善さんの墓にはいなかった! こうなると一気に候補が増えるが、虱潰しに探していくぞ!」
だが今の彼にそれだけの時間ここで過ごす選択をする余裕などあるはずもなく、瞬く間に移動。
口にした通り康太と優の向かった先に希望を持ちながら、太陽が傾き出した大空へと飛び出し、他の者同様別の場所の探索を行い始めた。
「積の奴、善さん墓の前にいなかったって!」
「こうなるとオレ達の向かう先が最有力候補になってくるな………………ただ」
「ただ?」
「最悪を想定して言うがな、その場合手遅れな気がするんだよな。キャラバンにある自室に閉じこもってする事なんざ、ロクな事じゃねぇだろ!」
「………………………………」
「………………………………スマン。今の発言は忘れてくれ」
一方の康太と優が向かう先は、つい先日『神の居城』に向かう前に襲撃された自分たちの暮らすキャラバンであったが、これは積が自室に籠っているのではないかと考えていたためである。
「「積!!」」
目的地である半壊状態のキャラバンに辿り着くと、襲撃によりやや傾いた入り口を躊躇なく蹴り破り、大急ぎでロビーへと飛び込む両者。
だがそこに探し人の姿はなく、やや落胆したものの優を先頭にして二人は奥へ。
会議室兼食堂として使っていた部屋をくまなく探し、それでも見つからない事を確認すると居住区に移動。
廊下の奥にある階段を登っていくと積の部屋の前に立ち、やや乱暴な手つきでノックを三度。返事がない事を確認すると、先頭に立つ優雅強烈な拳の一撃で粉々に破壊。
「邪魔するわよ!」
有無を言わさぬ勢いで入った優は声を荒げながら中に入り周囲を見渡したが、直後に気分は勢いよく沈んだ。
「ここにもいねぇ、か」
理由は後ろからやって来た康太の言う通りであり、しかし彼女はすぐに気を取り直す。
ここにはいなかったが、自室ならば何らかの手がかりが残されているのではないかと考えたのだ。
「そういえばアイツの部屋に入ったの始めてだったな」
「そりゃそうだけど………………それは当然でしょ。個々人のプライベートってもんがあるんだし………………あら、これって」
すると康太がぼやき優が応じるのだが、直後に気になる点を彼女は見つける。
入口から見て左側にカーテンが設置され閉じているのだ。
なぜこのことに関して気になったのかというと、向かい側に窓ガラスを覆う別のカーテンがあるからで、ここに積を探す手がかりがあると判断した優は、内心で勝手に開く事に対して謝罪しながらカーテンを開き、
「………………………………………………これって!?」
「んだこりゃ!?」
二人は見る事になるのだ。
原口積という青年が抱えてきた感情。その正体の一端を。
親族のみならず多くの知人友人を失った大災害を生き残った積が目を覚ましてすぐに思い浮かべたのは、生き残ったことに対する安堵や周りの人らを失ったことによる悲しみではなく、『なぜ自分が生き残ってしまったのか』という後悔と落胆であった。
夢に向かって真っすぐな友達がいた。
深い愛情を注いでくれる両親がいた。
自分を引っ張ってくれる兄がいた。
他にも『気弱で何かを決める事ができない自分』よりも『生きていた方がいい人』が大勢いた。
それが、齢十歳にも満たない積が思い浮かべた最初の感想であり、次に考えたのは『ならばどうするか?』という事である。
最初に思い浮かべたのは『自殺する』という選択肢であったができなかった。
幸か不幸か、気弱な一少年にそこまで大胆な結末に持っていくだけの力はなく、夥しい量の涙と吐瀉物、そして延々と続く嗚咽がその選択を食い止めた。
『僕が………………みんなの想いを………………………………引き継ぐんだ』
であればどうするかと更に頭を捻り続け辿り着いた答えはそのようなもの。
死んだ者達が大切にしていた物を、思いを、目標を、周りをよく見ていたその少年はよく知っており、だから全てを引き継ぐことにした。
残された遺品の数々を集め、彼らが大切に思っていたものを慈しんだ。
そして大勢の人がやりたかった目標を、己の遺された生涯全てを捧げて叶える事にしたのだ。
『大人になったら苦くて飲めないコーヒーを飲めるようになる』というささやかなものがあった。
『商人になって露店を開く』という希望に満ちたものがあった。
『育てていた犬猫の世話を続ける』というようなものだってきっちりとこなしたし、様々な資格や知識を習得して、死んだ人らが望んだことをこなすことも多々あった。
そう。
原口積が時折口にする『夢』とは、自室の壁一面が埋まるほど張り付けていた無数のメモ帳は、亡くなった愛しい人達が現世に遺した有形無形の遺産なのだ。
そしてその無数の遺産の中でも、積にはどうしても叶えたいものがあった。
「アンタの夢はさ……眩しかったよ。誰よりも、どんなものよりも…………………………綺麗で、偉大で、叶えなくちゃいけないものだった。少なくとも俺は、そう……思ったんだ」
それが死した最後の親族である善の抱いた『夢』。
この世界を平定し、より良い方向に導くという大きくて美しい物。
この『夢』を叶えるため、積は死力を尽くした。
髪を黒く染め、遺品である黒い学ランを身に纏い、様々な努力をした。
兄である原口善が目指した世界を作るために様々な分野の勉強をして、纏う雰囲気を変え声も真剣なものにして、心臓が潰れるのではないかという緊張に襲われながら大立ち回りを演じた。
さすがに徒手空拳の実力や能力までは真似る事ができなかったが、血の滲むような努力をしたことで、自分なりにメイカーとしての力も磨いてきた。
「でもさ…………ダメだったよ。俺は…………どれだけ頑張ってもアンタにはなれなかった………………!!」
だからこそ、違いを思い知らされる。
亡き兄に近づくために努力すればするほど『自分は兄になれない』と痛感させられる。
死んだ善ならばもっと大勢の人らを率いられたはずだと。仲間を鼓舞で来たはずだと。
良い結果を残せたはずだと、自分が動く度に、周りと接するたびに思い知らされてしまう。
それでも頑張って頑張って頑張って、彼はついに玉座に座る権利を得たが限界だった。
「俺は………………世界を導けない。アンタの描いた夢の続きが…………………………………………わからないんだ」
限界になった理由は『黒い海』に侵されたからでは断じてない。先が見えないゆえだ。
いざ神の座になろうとした時、彼は善が作り上げたかった世界を想像する事ができなかった。
神の座になる権利だけが宙に浮かんでおり、その先に向かって進む事ができずにいた。
「だから――――――もう無理なんだ」
真っ赤な夕焼けに包まれながら吐露する言葉に善を真似る時の力強さはなく、かといってそれ以前のお気楽な空気もない。
家族や友人らを失う以前に存在した、気弱で幼い童の片鱗が声として零れ、膝から崩れ落ちると地面に額を擦りつけ嗚咽を漏らす。
「当然だな。お前が俺になれるわけがねぇだろ」
その時、声が聞こえてくる。
積のいる周辺が空を漂う分厚い雲に隠され暗くなった瞬間、彼の背後から声がする。
「………………………………嘘、だろ」
ここに来た時点でもはや意識を失いかけていた積が、振り返りぼやけた視線で目にしたのは真っ黒な水たまりが波打つ様子で、そこから聞こえてくる声を前に心臓が跳ねる。呼吸する事さえ忘れ、絶望の声を絞り出す。
「あに、き?」
それから数度の瞬きを経て黒い水たまりから現れたのは、目鼻口は備えていないが見覚えのある輪郭を備えた実体で、
「そもそもだ、根本から間違ってるんだよ。お前はな」
雲が去り、背に宵闇を従えながら、『それ』は聞き覚えのある声で喋り出した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
蒼野と優は深世界の形に満足して、
康太とゼオスは三章の時点で答えを出しました。
となると残された積の話になるのですがいかがでしょうか。
積の内面に関して極力描写しないようにしながらここまで進めたわけですが、納得できてなおかつご満足いただける悩みであればと思います。
そんな四章ラストエピソードですが、おそらく次回で折り返し地点。
どう考えても怪しい雰囲気を醸し出す善の影は何を語るのか。まて次回
それではまた次回、ぜひご覧ください!




